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断頭地区  作者: 自堕落才
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第七話 獲物と狩人

 教授はわざわざこっちの部屋に来てニコニコしながらレオンに話しかける。

「やっと次の実験に移れるよ。さぁ、移動しようか。レオン、今度は本当に死んでしまうかもしれないから気を付けるんだよ」

「子供たちをだまして何をしようとしてるんだ!」

「選ばせた方は商品にするんだ。罪悪感や劣等感を与えると染めやすい、私たちにもお金は必要だからお客に扱いやすくして売るのさ。子供は特に従順になる…どう染めるかは買い手の自由」

「お前みたいなのを外道って言うんだ」

「純白のものは美しいが少し汚れただけで気になるものだ……人によってはそれだけで価値を見失うだろう、己でも他者でも……君はその汚れをどう思うのだろうね?」

「自分から汚れることと他人から汚されることじゃ全く違う」

「ふふ……だが汚しもせず汚れもしない人間がいるかな? 美しいものが素晴らしいというのは人間の傲慢さの表れだよ」

 教授はレオンを小脇に抱えると施設裏口の広間に運ぶ。そこには選ばれた方の子供たちが床に転がされていて火傷の後か、こめかみが赤くただれていた。しかし二人だけ無傷の者がいた、キヌアとミオだ。二人は教授とレオンの姿に不安と安堵が同時に湧く気味の悪い感情に身を寄せ合う。

レオンは投げ出されると土と埃に汚れた床を転がって疲れの癒えない筋肉が立ち上がることを遅らせる。その間に教授は気絶している子供たちの中からレオンの方に二人を投げ、残りの五人を隅に寄せた。

「そっちの二人を起こそうか」

 タイミングを合わせたように大人が現れた、その男はいくつも武器を抱えていて乱雑に床に下ろすと二人の子供も乱雑に持ち上げて揺らす。起きろ! と怒鳴るような声が何度か響くと二人は目を覚まして、状況を理解する間もなく床に投げ落とされた。抵抗も制止も出来ない自分に悔しさをにじませながらレオンは教授とにらみ合う。

「君たちにはチームでサバイバルをしてもらう。チームは二つ、君たちは獲物だ。もうひとつの相手チームには狩人になって君たちを追いかけてもらいそれから逃げる。山のある場所に脱出場所があるからそこまで生き残れたら解放してあげよう。人生最後のチャンスだから頑張るんだよ」

「ムステラ達の……解放条件は?」

「分かるだろ?」

 教授はなにかを期待するように笑みを浮かべる。

「さぁ、行きなさい」

「えっ…? ぶきは……あの……もらえ…ないんですか……?」

 キビアが驚いてつい声に出してしまった。言った後に教授と目が合うとすぐに目を逸らして後悔した。

「君たちに与えるものは何もない。レオンに頼ればいい、きっと守ってくれるさ」

「外には獣もいるのに…追われながら動き回るの…? たべものもなしに…むりだよぉ……」

 状況を飲み込めずに混乱する子供たちをレオンは一声を発し自分に注目を集めた。

「みんな行こう! こんな所にいるよりも希望に向かって動いて、チャンスを掴もう! 僕がきっと君たちを生かしてみせる!」

 レオンに背中を押されるように子供たちは歩き出し希望に縋る。選択肢はない、だが優しさを与えてくれる唯一の存在に子供たちが自らの心に従うのは至極道理の通った事だ。足手まといだと分かっていても子供たちのちっぽけな勇気を奮い立たせる魅力がある。憧れを感じる事すらおこがましくとも、その光に魅せられると恐怖はいつしか消えていた。

 

 扉をくぐるとまだ夜の暗闇が山を包んで建物の微かに漏れる明かりだけが目の前を照らしている。道などあるはずもないがとにかく進むしかなく、レオンは目標を決めた。

「山頂を目指そう! 上から見渡せれば脱出場所も見つけやすいはず。みんな一列になって僕についてきて」

 空元気にみんなは頷いた。茂みをかき分けながらとにかく歩み続ける、だが疲れもあり歩みも遅く喉の渇きと食料という問題を最も実感しているのはレオンだった。口内が渇き、唾液は出ない。喉が熱を帯びたように熱くなり吸い込む息が粘膜を乾かすように通っていく……歩を進めるたびに飢えもひどくなって時間の感覚すらおかしくなっていた。どれほどの距離を歩いたのかも分からなくなり足が止まる、まだほんの少しかそれともずいぶん歩いたのか、息も絶え絶えで考えつつ……レオンはたまらず木に体を預けた。体が水を欲しているのを強く感じ危険な状態だと告げている、早く何とかしなければとずっと考えていたが……集中も持たず視野も狭まっていた、ふと、いつから鈍っていたと考えた。後ろの子供たちの確認をしていないと気づき、はっとして顔を上げた。

「レオン! 大丈夫?」

 全員の顔がレオンを見ていた。きちんとついて来ていたことに安堵し力が抜ける。レオンは立ち上がろうとしたがうまく力が入らず木とくっついてしまったのかと思うほど体が動かなかった。その様子を見てキビアがそばの木にぶら下がっていた蔓を掴んでぶちっと引き千切った。

「これを吸って!」

 口に蔓を突っ込まれ言われたとおりにすると微かな水分が流れ込んで渇いた喉をほんの少し潤していく。真っ白になり吸い込んで吸い続けて、一滴も出なくなるほどになるとレオンはやっと息を吐いた。

「キビア……ありがとう、助かったよ…」

 もたれた木から立ち上がってキビアの肩に手を置いた。キビアは照れくさそうに安堵する顔を見せ、あっと声を出し生えていた草を取った。

「これ、食べられる野草だから…取っていこう」

「分かるの?」

「食べ物に困ったときはよく取ってたから」

「助かるよ! すごいじゃない」

 他の子供たちも、ほんの少しだが水分補給を済ませてそれから山菜をある程度採取した。まだまだ足りないが驚くほど体力は回復しどれほど飲料が大事なのかレオンは実感した。

しばらく進んでいるとほんのりと空が赤くなり日の出が始まった合図に空が染まった。それからすぐに遠くまで見えるようになりレオンは勢いよく飛んで木に登り一番近い山頂の方角を確かめた。すると運よく川が目に入りレオンはたまらず飛び降りて喜び勇んで皆に伝えた。子供たちは疲れなど無くなったように走り、距離があったにもかかわらずあっという間にたどり着いてしまった。

喉の渇きが途端に限界がきて皆が川に飛び込もうとしたがキビアが止めた。

「待って、生水は危ないんだよ」

 キビアはいつの間にかとっていた樹皮を取り出して水を掬うよう言った。その後慣れた手つきで枯れ草を集めて火を起こし水を火にかけた。

「よく知ってるね?」

「知り合いのおじいさんに教えてもらったんだ。僕もその人も家がなかったから……こうして生きていくしかなかったんだ」

 家族は? それを訪ねてはいけないのだろうとレオンは座って一緒に火を見つめた。

「そのおじいさんに感謝しないと、君と僕たちを救ってくれたんだから」

「うん、無口な人だったけど。僕の事最後まで追い出そうとしなかったから…感謝してるんだ」

 キビアの顔は少し嬉しそうに頬が緩んでいた、些細な変化だったが察するには十分だった。

からからと音を立てながらミオが木の枝をいくつか持ってきた。どうしたのとレオンは尋ねた。

「これで野草を焼こうと思って」

 自分の頭がうまく回っていないことに改めて気づき、レオンはお礼を言って木の枝を受け取った。少しだけ枝を折って先を尖らせると山菜を刺し、簡単にあぶって頬張るが味は良くない。だがお腹の空きもありがつがつと口に入れあっという間に全部平らげてしまった。

空腹が紛れ、頭が働くようになるとまだ二人の名前を聞いていなかったことに気付いた。少女はヒルク、少年はノルベジと言った。ヒルクはクリケトと一緒に崖を下りた少女だ、ボタンを押された時の心境はレオンには察するに余りある。そうした心境もあるのだろうが二人の口数は少なくこめかみの火傷が痛んで苦しそうな表情をしている。レオンが心配すると二人ともどうしようもない状況だと理解して諦め交じりに大丈夫と返した。

「みんなで協力すれば生き残れるよ、大丈夫」

 レオンがそう言うとみんなが不安そうに口を開く。

「でも武器を持った子に追われてるんでしょ、大丈夫かな……獣もいるし」

「武器を作ろう、簡単なものでも無いよりましだよ」

 レオンは太い木の棒を拾って石で先端を削り始めた。各々も簡単だがレオンの真似をしたり木の棒に蔓で石を巻き付けたりし武器を完成させた。


「それじゃあ出発しよう」

 集中してすっかり日が昇り、休む間もなくレオンが言う。

「まだ進むの?」

「休むのは日が落ちてからにしよう。出来るだけ進んで追いつかれないようにしたいんだ」

 疲れはあるが納得してキビア達は立ち上がった。恐怖心だけが理由ではなくレオンに対する信頼感が大きかったのだ。レオンたちは上流に向かって進んだ。段々と川幅が狭くなる様子に子供たちは進んでいる実感がわいて微かな喜びが湧く。山の中では景色も変わらず自分の位置すら分からない、この川だけが変化をくれる唯一の頼りであり道しるべでもある。

 日が暮れた頃、川も湧水程度になり今日は限界だろうとレオンは判断した。

「今日はここで休もう」

 疲れ切った体を休めるように全員が木にもたれかかった。少し休むとレオンは見よう見まねで枯れ草を集めて火をつけようとした、しばらく木の棒二本をこすりつけていると摩擦で木のカスの火種ができ、あっさりと火はどんどん大きくなっていった。

 皆で火を囲み温まって少し経つと、うとうとと次々に眠りに落ちていく。無理もない、昨日からの過酷な実験でほぼ休みなく動かされている、肉体の疲れを癒すには睡魔の誘惑に堕ちねばならない。だがレオンは起きていた、辺りを警戒する者が必要だったからだ。大人でさえこの状況には耐えがたいだろう。しかしこの子たちを生かさなければ、自分の肩に人の命が乗っているのだという重みがレオンに何度も自問させ、強い意志を沸き立たせていた。

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