第六話 教授は異常者
ロビーに入ると真っ白な内装が証明の明かりを反射して眩しさに目がくらんだ。光に慣れるまで子供たちは目を細めて周りを見たが奥の通路から大人たちが現れると怯えて後ずさりした。しかし逃げ場があるわけでもない状況では数歩下がるだけで終わり、どうしようもなく固まっていると大人たちは無表情に近づいて子供たちの枷を外してレオンもやっと枷から解放された。
「部屋に案内しよう、彼らについて行きなさい。レオン、君はこっちだ。私と話をしたいだろう?」
教授は一人で奥の通路に歩き出す。
「今度は何をするつもりだ!」
勇ましく声を上げるレオンを教授は流し目で見る。
「付いてくれば分かる。選択肢は一つだ」
子供たちは腕を引かれて別の通路に連れていかれようと引きずられ。怯えて自分を見る子供たちの様子にやめろとレオンは声を上げたが止められるわけもなく、大人の腕を掴むが軽々と跳ね除けられ尻もちをつく。
「俺達は平気だ」
アシヌスはその言葉を残して連れていかれた。一人ロビーに残されたレオンは悔しさに憤りながら教授を追いかけた。
「こっちだ」
教授は最初から決めていたように数ある部屋の中の一つのドアを開けてレオンを案内する。レオンは警戒しつつ入ると中は一人用のソファがぽつんと壁際に置いてある奇妙な部屋だった。壁の一面には大きな窓が張られていて向こうの景色は真っ暗で何も見えない。そしてその大きさも位置も奇妙に思え、気味の悪さを感じさせた。
そんなレオンの警戒などどうでもよく教授はソファに腰を下ろし勝手に話し始めた。
「君は素晴らしいね、崖でのことも獣を退けたことも正直驚いたよ。その精神性は生まれ持ったものなのか思想を埋め込まれ育てられたものなのか気になるところだ」
「見ていたのか……!」
「君の行動が見たいのだから当然だろう? きちんとカメラで捉えていたよ」
冷静とは言えないがあの時のような我を忘れて飛び掛かるほどの激情も今は抑えられている。しかしこの状態がレオンにとってあまりよくない状況でもあった。怒りや憎しみを吐き出す方法も分からず湧きあがってくる憤りに戸惑い、自分を変えられてしまいそうな教授の言動に嫌悪感に満たされていく。この精神状態はレオンをゆがめようとし、その感覚の恐ろしさをレオンはまだ気づいていない。
「お前の話なんてどうでもいい! なんで……お母さんを…二人を殺したんだ!」
「今この瞬間まではただの好奇心だった、君に初めての絶望を与える事でどんな反応を示すのか知りたかったからだ」
「そんな訳の分からない理由で母さんやみんなを巻き込んだのか!」
「だが今は違う……! 君は今! 私の価値観を変えようとしている。人々にほめたたえられるほど高潔な人間がこの世に存在するのなら……私がその存在を試さなくてはならない! さあ、あと一歩だ」
教授はナイフを取り出すと投げ、ダンと音を鳴らして床に刺さる。
「君は恨みを晴らしたいはずだ……チャンスをあげよう、それで私を殺してみなさい」
予想だにしない言葉がレオンの思考を揺らし理解を拒んだ。
「なっ……なにを…言ってるんだ……?」
「怒り、憎しみ。殺しはそれを開放する唯一の方法だ。君がそれらを抱えたまま生きたいのなら別だが」
「ぼっぼくは……お前みたいに簡単に人を殺したりしない!」
「父親を頼っているのなら無駄だ。ここは断頭地区、50年も前に君の国に捨てられた土地だ。法もなければ秩序もない、その奥地にあるこの施設に君の父が到達することは出来ない」
「断頭…地区?」
「君の歳ではまだ教えられてないだろうね。さあ、早く選びたまえ」
「お父さんは諦めたりしない! 僕は人を殺さないし…人を殺すことが解決する手段じゃない! お前の言う通りになんかならない! お父さんにお前を捕まえてもらって、罰を受けさせてやる!」
純粋な精神は冷めきった教授の瞳に暖かな感情を灯らせた。
「……身近な人間が殺されてもその言葉が言えるか……なら、これならどうだろうか?」
教授は立ち上がると壁に付いていたスイッチを入れた、すると窓の向こうの照明がつき照らされるとしっぽの男の姿が見えた。
「準備できているぞ」
天井のスピーカーからしっぽの男の声が響き、その後すぐにしっぽの男は部屋から出て行った。向かいの部屋にはレオンと枷につながれたキビアとミオが椅子に縛り付けられ左右に並べられた状態で何かの器具が頭に装着されている。
「何をする気だ!」
教授はレオンに二つのスイッチを見せた。
「選んでくれ、どっちが役立たずだったか。左のスイッチを押せば左が、右を押せば右の子供が死ぬ。簡単なことだ一人を犠牲にして二人が生き残る」
「僕が選ぶと思ってるのか」
「選ばなければ君が死ぬ。私を許さないんだろう? ここで選ばなければ何もできぬまま果てることになる、良いのかい?」
教授はナイフを拾うとレオンの首に刃を当てた。だがその行動とは裏腹にレオンが何を返すのか期待するように熱い視線を向ける。そしてレオンも教授から視線を離すことはなかった。
「殺すなら…やればいい。お父さんはあきらめないぞ、僕が死んでもきっとここまで来てお前たちを捕まえてくれるはずだ。自分自身で僕の事を殺してみろ、お前の興味が僕なら……何も与えてやらない…僕は他人を殺してまで生きようとは思わない。全部無駄にして追われる日々を過ごせばいい」
教授は強く、とても強く心を打たれた。この子供に恐怖や打算などまるでない、心の底から善であり命を賭けることに微塵の躊躇もない、生まれながらに善の極致にいるのだと……自分と対極の存在。その子供の善性が今まさに輝いている瞬間を目撃している自分に感激していたのだ。
恍惚とした表情でレオンの眼差しを浴び、脳からあふれ出す快楽物質のような感情に教授の思考はしばらく止まった。その不気味な様子はレオンを戸惑わせ、この理解不能な怪物は理解することは出来ないのだと感じさせるには十分な表情を見せていた。
「ふふ……君はすごいねレオン。嘘だよ、殺すなんてそんなもったいないことするわけないだろう。あの子たちも使い道は多い、簡単に殺すことはしないさ」
教授は途端に態度が変わり、上機嫌にナイフを揺らして部屋を歩き回った。自分の気持ちを見つめるようにどこかを見て己の感情に集中していた。
「皆をどうするつもりなんだ!」
「気になるなら見ていなさい」
扉が開きしっぽの男が現れるとレオンはしっぽに巻き付かれて自由を奪われた。抵抗する力もなくそのまま別の部屋に連れていかれると椅子に縛り付けられ動けない状態で放置された。目の前にはモニターがありそこに先ほどの部屋が映って教授が手を振っている。足掻いてもほどけないことは分かっていたがじっとしては居られなかった。それから少し経つと部屋に少女が連れてこられ、レオンと同じように選択を迫られた少女の顔は恐怖で怯えていた。
「クリケト…早く押さないと死んでしまうよ」
冷たい声をかけられると少女は声にならない叫びを一瞬上げてボタンを押した。次の瞬間には子供の痛々しい叫び声がスピーカーから流れ少女は目を逸らした。荒い呼吸が肩を小刻みに揺らし教授は拍手をして称える。
「よくできたね、部屋に案内しよう。今日はゆっくりするといい」
そうして教授は次々と子供たちに選ばせていった。命の天秤に己の命を乗せられればその恐怖に抗えるわけもない、しかし皆一様に罪悪感に苛まれ空虚な表情で部屋を後にする。そして最後はアシヌスが呼ばれた。
「こんなことして…俺をどうしようってんだ」
「それは君の選択次第だ」
つまらなそうに教授は言う。レオン以外の子供など作業でしかないのだ。
「レオンは…どうしたんだ、何を選んだんだ?」
「そんなに気になるかい? 早くも影響を受けたみたいだね。でも無駄なことだ、震えてる君には彼のようにはなれない。知らないなら教えてあげよう、太陽に近づきすぎると人は焼かれて死んでしまう……美しいからと近づいてもそこにたどり着くことは出来ずそれが危険だということも分からない。気を付けないとゴミは特に燃えやすい」
教授の見下げた目の冷たさにアシヌスは自分がただの実験動物だと思い出した。
「早く選びなさい、殺してもましな方をね…ぐずぐずしてると死ぬのは君だよ」
アシヌスは口を閉じ、震えながらボタンに手を掛け汗をにじませながらムステラのボタンを押した。教授は目を逸らし震えるアシヌスの頭に手を置いた。
「よくできたね。レオンは自分が死ぬことを躊躇なく選んだよ、震えもせずにね。もちろん殺してないから安心していい。君と違ってもったいないからね」
アシヌスはうつむいたまま顔を手で覆い部屋を出ていった。




