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断頭地区  作者: 自堕落才
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第五話 光に向かう虫のように

「話してる暇なんかねぇぞ! いつまで騒ぐつもりだ、さっさと建物に向かうぞ! 獣がいるってあいつが言ってただろうが、固まっていた方が獣も襲いづらいはずだ。食われたくなかったら早くしろ!」

 皆がその声に恐怖を思い出したように怯えて慌てだした。レオンは立ち上がろうとすると自分の体がひどく疲労している実感に襲われた、しかしそれを見せるわけにはいかないと踏ん張って立ち上がる。それをこっそりとアシヌスが心配する。

「大丈夫」

 そう返さねばならない。少なくともあの建物に着くまでは休む間はない。ムステラが焦らすように走るぞと叫ぶと皆もあせって走り出す。レオンもその後ろをついて行く。

建物の明かりが目印になり、夜目も利き始めたどり着くことは難しくはなさそうに思える。しかしこの暗闇では何事もなくというのは難しいだろう。ムステラとアシヌスはそれがわかっていた、二人は先頭ではなく間に陣取るように速度を調整し様子を見ていた。だがその思惑は相反するものだった。


 少し走ると背丈以上もある生い茂る植物が現れ、その中をかき分けて進んでいく。がさがさと音が響き、前を走る子供の姿も草に隠れて見えづらくなる、早くここから出たいという焦りが子供たちにたまって焦燥を生む。

 一番後ろを走るレオンは少しづつ遅れだした。前を走る子供の姿は見えなくなり足が鉛のように重くなる感覚にレオンもまた焦燥感を募らせていた。守ってあげなければという気持ちだけがレオンを動かしていたのだ。しかし肉体は付いて行かず思考すら重くなり始めていた。しかし突然、前から大声が飛んだ。

「右から音がする! なにかいる!」

 皆がその方向に視線を向ける、確かに並走するように草が次々と倒れているが獣の姿は見えず皆の足が速くなるが鎖で繋がった状態ではうまく逃げられるわけもなく叫び声が次々と上がった。それを待っていたムステラが後ろを走っていたキビアとミオを蹴り転ばせた。

「餌になってろ」

 吐き捨てて進もうとするムステラにアシヌスが立ち止まって鎖がピンと張る。

「馬鹿野郎!」

 助けようと手を伸ばしたがムステラに鎖を引っ張られ後ろに数歩よろめいた。アシヌスは振り向くとにらみつけ暴言を発しようとしたが獣はまっすぐに突っ込んで来ていて時間がない。イボメアは慌ててどうしたらいいか分からずに固まっている、キビアとミオも重なるように倒れてしまい起き上がるのに手間取っている。

「あいつに感化されたんならてめぇが餌になってやれよ! 一人で餌になって俺を巻き込むんじゃねぇ!」

「お前……!」

 怒りで向かっていこうとしたが獣は闇から飛び出してキビア達に襲い掛かった。二人は叫んで助けを求めたがアシヌスは獣の姿を見ると固まった。狐に似たそれの体は自分たちより大きく、長く先端がとんがった三角の耳と大きなしっぽ、黒みがかった体毛が闇夜の中でも浮かび上がっていた。そして二人の上にのしかかり口を大きく開けて嚙み殺そうとする動作に入った。アシヌスは頭が真っ白になりどうしていいか分からずただ茫然としていた。しかし次の瞬間には獣は痛々しい叫び声を上げて体をくねらせた、アシヌス達には闇夜で見えなかったが獣の片目にナイフが刺さっていた。

「今のうちに走って!」

 レオンの声が聞こえるとはっとして皆が全力で走る。レオンは折れたナイフを投げていたのだ、獣は目の前に現れたレオンに残った片目でじっと見た。が、獣は後ずさりすると闇の中に消えていった。

草を抜けると建物は目の前だった、他のみんなはぞくぞくと門の中に入っていく様子が見えレオンも追いつくと行きつく暇もなく喧嘩の声が聞こえた。

「そうまでして生きたいのかよ! きたねぇ大人たちと一緒じゃねぇか!」

 アシヌスがムステラに掴みかかって声を荒げていた。

「他人の命を利用しないでどうやって生きていくつもりだ? なんにも出来なかった口だけやろうがよ」

「俺たちが力を合わせる以外に生き残る方法はないんだよ! それができないなら見捨てられるのはお前だぞ!」

 二人の熱が上がって殴り合いになる寸前だった、だが建物の扉が開いて教授が現れると空気が一変し緊張感に場が支配された。

「みんな無事だね、すばらしいよ」

 関心したようにそう言って感情のない拍手をすると喧嘩をしている二人をちらりと見た。だが興味なさげにすぐにレオンに視線を移しにやりと笑うと全員に指示した。

「みんな中に入りなさい。枷を外してあげよう」

 まるで優しいふりをして残酷な手招きをする。その中で何をされるのか……皆が悪い未来を想像し血の気が引く。教授は中に戻っていくが誰もすぐには動けなかった、皆は怯えて戸惑いレオンを見て何かを待っている。何でも良かったのだ、どんな言葉でもいいから子供たちは声をかけてほしくて縋る何かが欲しかった。レオンがそれに応えるには自分の怒りを抑えなければならなかった、だがその選択はもうしている……優先するべき生きている命が目の前にあるのだからとレオンは強く決意した。

 レオンが行こうと声を上げると子供達は怯えながらうなずいた。ムステラはまだ自分を掴んでいたアシヌスの腕を跳ね除けて先頭を進み、繋がれた二人も仕方なくついて行く。レオンも続いて扉をくぐると明かりの眩しさに少し目がくらんだ。

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