第四話 崖の試練
まずレオンが最初に降り二人が恐る恐る続く、崖は掴める箇所が多く体を支えるには十分な頑丈さを感じた。
「大丈夫、すごく硬い。これなら楽に降りられる。ゆっくり行こう!」
二人を鼓舞しつつゆっくり時間をかけて降りていく。もろそうなでっぱりはわざと崩し続く子供たちが踏まないように処理をしながら降りる。地上までの高さはおおよそ20メートル、レオン一人ならすぐに降りられるが二人は震えながらも必死に降り時間をかけて中腹のでっぱりまで到達した。二人は息が荒く恐怖心で怯えているのが見て取れレオンは励ます。
「よく頑張ったね、もうすぐ地面に降りられる、あと一息だよ」
二人は怯えつつもうなずいた。
「大丈夫か!」
アシヌスが叫んだ、見上げるとほかの子供たちも怯えながら見下ろしていた。
「大丈夫! 僕たちがここから降りたら次の組が降り始めて!」
「二人とも大丈夫? 行くよ」
降り進んでいると段々と二人の進む速度が落ち止まる時間が増えた。しかし休める場所はない、厳しいがレオンは二人の体力が切れる前に急ぐことにした。声をかけ続け段々地上が近づいてくると二人とも気持ちに余裕が生まれ降りる速度も上がりレオンは安堵する。無事に地上にたどり着くと二人とも気が抜けその場にへたり込んだ。
「二人ともよく頑張ったね、もう大丈夫だよ」
二人は涙があふれて安堵した、見上げるとアシヌス達はもうそろそろ中腹に着きそうだった。
「だらだらするなイボメア! こんな時間がかかってたら日が暮れちまうぞ」
「仕方ないでしょ、喋らせないでよ!」
三人が中腹にたどり着きイボメアが乗ろうとしたが足場が崩れ落下する、ムステラは引っ張られて落ち三人ともども落ちそうになったが咄嗟にアシヌスが岩の切れ目を掴んで踏ん張りムステラとイボメアが宙に浮く。レオンは辺りを見回して落ちているはずのナイフを見つけると急いで拾い上げ鎖を断ち切り飛び上がった。
「踏ん張れ! 何か掴むんだ!」
「クソ! 何やってんだイボメア!」
助けてと叫ぶイボメアだがアシヌスの指が段々と滑る、ムステラも岩場を掴もうとするが体が振り子のように揺られてうまく掴むことができない。死の恐怖がすぐ手前まで来るとイボメアは叫び声すら上げられなかった。見上げるアシヌスの姿が涙で見えなくなり体が強張った、目を瞑れば最後を見ずに済むと思ったが恐怖からは逃げられずたまらず何かを掴もうともがいた。それでも手は滑りもうだめだとアシヌスの声が聞こえた瞬間、体が飛び上がった。ギリギリのところでレオンがイボメアを掴んで引っ張り上げたのだ。驚く間もなく三人とも突起につかまり呼吸を整える。
「助かった……」
アシヌスがつぶやく。
「イボメア、ふざけんな! 死ぬなら一人で死ね! 俺を巻き込むな!」
「やめろ、ムステラ。まだ半分だ、レオン…助かった……ありがとう。よくここまで来れたな」
二人の口論を遮るようにレオンが割って入った。
「僕は上の子たちを手伝いに行くから、ゆっくり降りて」
「待って! いかないで」
イボメアは震えて動けないでいるようだった、恐怖でパニックになっている。
「僕の背中に乗って、背負って降りる」
「その前に鎖は切れねぇのかよ」
「ナイフが折れちゃって無理なんだ」
ムステラは舌打ちし険悪な空気のまま降り始める、アシヌスとムステラの体力と度胸は十分なもので速度も落ちることもなく無事降りる事が出来た。イボメアは地面に立つと腰が抜けたように崩れ安堵してしばらく泣いていた、二人も倒れるように体を地面に預けて回復することに精一杯なようだった。
レオンは休むこともせずまた崖を上がった。崖上の皆を鼓舞し、全員が助かるように孤軍奮闘する。
降りる途中で怪我をする者……恐怖に怯え喧嘩する者、問題が起こるたびにレオンが対処していく。会ったばかりだったとしてもレオンはすでに皆の支えになっていた。すがるように頼り命乞いの如く助けを求める姿にレオンの育まれた善性と父からの騎士の教えが肉体を動かし続けた。8組全員が降りる頃には日は落ちかけ、明かりのないこの場所は周りの子供たちすらよく見えなくなっていた。
レオンがしゃがんで息を整えているとアシヌスが興奮して近づいてくる。
「お前すげぇじゃねぇか! 全員が生きて降りられるとは思わなかったぜ」
「うん…誰も死ななくてよかったよ……」
疲れ切った声に安堵が混じる。アシヌスの興奮は収まらず他の子供たちも次々にレオンをほめたたえ救世主を見るような眼差しを向けられていた。その光景は崇拝にも似た様に見え、ムステラがしかめっ面で急かした。