第三十五話 訓練
二日後、シバは刑務所の庭で壁際に追い込まれていた。息を切らし叫びながら飛び退いて地面に伏せ、次の瞬間には壁に槍が突き刺さる。
「寝っ転がって死にたいのか? 戦場と同じだと思えと言っただろう」
「まだ始まって二日だろ……慌てんなよ」
顔中に包帯が巻かれた状態でもそれをものともせずシバはレオンに向かって行く。
「おらあああ!」
槍を構えて叫んで飛び掛かるが槍の先端は側面からレオンのこぶしにいなされするりと顔の横を通り過ぎ、そのままよどみない動きで蹴り上げられ槍が宙に飛ばされると一瞬の間もなくレオンの拳がシバを狙う。シバは頬にかすりながらも避け地面に落ちている剣を拾う。レオンも落ちてきた槍を受け止める。
「様々な武器の扱えば戦ううちに気に入った武器も見つかるだろう。見つけたら使い方を教えてやる」
庭には様々な種類の武器が落ち、次々に変えながら戦わせる。それは個々の能力や性格で得意な武器は変わるだろうという判断だったが指導するという初めての行為にレオンの知識がないということも理由の一つだった。
その頃、城では王子がクラルスを自室に招いていた。
「今日は社会見学のようなものだ、騎士団長の仕事がどうなっているか見てもらう。気になったところがあれば聞いてもいいからな。あまり堅苦しくなる必要はないぞ」
「はい、お兄様」
クラルスは少しばかり緊張していた。理由もなく見せることはないと思っているからだ。
「ところでレトゥムとはどうだ? ルピナスは怖がってないか?」
「まだ一度しか会っていませんけど不思議と怖いとは思いませんでした…わたしもルピナスも。近い年の子と知り合えるのはうれしい事です」
本来なら二人とも学校に通うはずだったが事件の影響で教師を雇うことになった。
「なら頻繁に呼んでやれ、言わないと来ようとしないだろう。授業で忙しいだろうが人付き合いも大事にしろ」
「はい……そういえば彼は学校はどうしているのですか?」
「学校には行っていないが別口でちゃんと教育は受けている心配はしなくていい」
それを聞くとクラルスは何かを思いついたようだった。
夕暮れになると修業も終わりボロボロのシバとレオンが大通りにいた。
「明日も来い。ところで学校はいつから通うことになってる?」
「……まだ先だってよ、勉強なんかしたことねぇから覚えなきゃいけないことが多いんだと。怪我も治さねぇとだし」
「そうか、人より苦労するだろうが覚えたことや考える力は無駄にならない。騎士にならなかったとしても人間には必ず必要なものだ。しっかりやれ」
「心配しなくてもなるっての。ところであの二人は来ないのか?」
「ファラベラは基礎体力をつけるための訓練を受けてる。ローターもそれに付き合って来るのは少し先だろう」
納得して頷いていると移動販売の中年男性がレオンを見かけて話しかけてきた。
「おお、君か。アイスどうだい?」
「アイスってなんだ?」
シバはきょとんとしていた。
「喰ってみるか?」
代金を渡し、店主からアイスを入れたカップを受け取るとシバは不思議そうに口に運んでみると口いっぱいに広がる冷たさと甘さに目を輝かせた。
「つめた! 甘! うめぇえええ! なんだこれ!」
「はっはっは。そんなに喜んでくれると嬉しいね。姫様もベルルモンド家のレオン様もルピナス様もこの店の味を認めてくれたんだ。味はそこいらの店には負けないよ」
「一番ってことか?」
「さすがにそこまでうぬぼれてはないよ。だがね、レオン様が戻って来た時にまた食べておいしいって言ってくれるようにしないといけないからね。もっとおいしくなるよう努力するから、また食べに来てくれよ」
「おお! 毎日来るぞ!」
店主を見送りながら叫ぶシバにレオンはため息交じりに注意する。
「毎日はやめろ」
「金がねぇんだからしょうがねぇじゃねぇか、こっちで稼ぐ方法教えてくれよ?」
「金の問題じゃない。毎日修行できるわけじゃないんだ。守れない約束はやめろ」
「じゃあ、修業終わりでいいから食わせてくれ!」
シバはレオンに引っ付いて服を引っ張る。
「うるさい、服を引っ張るな!」
二人の騒がしい様子にどこからか現れたラニウスが微笑ましい光景を見るような目つきで近づいてきた。
「仲良くやれそうじゃねぇか、安心したぜ」
その顔を見たレオンは不満げに顔を逸らす。
「シバ、もう帰れ。遅くなると施設の人が心配する」
シバはアイスを食べながら上機嫌に施設に向かった。
「まだここにいていいのか?」
「今夜には街に戻ってる。その前にどんな感じか見に来たが…懐かしい気分になっちまった」
しみじみとした声で建物の壁にもたれるラニウスにレオンはどういう意味だと催促するように眉間にしわを寄せて見つめた。
「俺もよくお前のじいさんに怒られてた、何にも知らねぇガキだったからな…全部あの人に教えてもらった。戦い方も礼儀も……仲間との付き合い方も、生き方まで全部。いつも誰かを叱ってずいぶん苦労してたが…隊長が野良犬から人にしてくれた。辛い時代の少ない良い思い出だ」
感傷にふける声色は珍しく安らかさや喜びを感じられた。
「おじい様はどう思ってたんだろうな…あんたらの事……」
「後悔はしてなかったさ、だが謝られたことがある。戦争が終わって処刑部隊に入るって言った時だ、俺が望んで入ったのによ。自分がどんだけでかい人間か理解してない所もあの人らしい……信頼できる人間と生きる喜びを教えてくれた本人が謝るんだからまったくよぉ…」
「違う選択をしたら幸せな人生を送れたかもしれないのにか?」
「お前はあの人にそっくりだよ。恩知らずに生きさせようなんて無駄だぜ、根競べだ、お前とシバ達どっちが諦めるか。でもお前は負けるさ、人として生きさせたいからこそ絶対にな」
確信があるようにラニウスは言い切った、それを希望と見るか辛い現実と見るか……片方の現実しか見ないレオンには意固地になり思考を固くするだけだった。
翌日、レオンは早朝からクラルスに呼び出された。
「おはよう、レトゥム」
クラルスは柔らかい表情で迎え入れる。
「おはようございます。姫様」
レオンは演じるように気丈に取り繕う。
「今日はお願いがあって、一緒に授業を受けてくれない?」
「えっ?」
思わず声が出た。
「本当は学校に通うはずだったのだけど……事件が続いたから…今まで通り教師を呼んで授業を受けることになって、でも…人と一緒に授業を受けて見たいの。あなたも学校に通わずに個人的に教育を受けてるって聞いたから、一緒に受けてくれないかと思って」
胸のざわつくのは願われたからか近くにいたくない気持ちからかレオンは判断がつかなかった。
「それは……王子に頼まれでもしましたか?」
「いいえ、私がしてほしかったから。毎日じゃなくていいの、時々でいいからお願いできない?」
クラルスの無邪気な声に罪悪感の痛みが走る。騙す痛みなどどうということは無い、ただ耐えればいいだけ痛みなど自分が傷つくだけなのだから。
「……わかりました。そんなことでいいのなら」
「ありがとう!」
穢れのない礼を持て余しながらレオンは後ろをついて行く。二人で受ける授業にクラルスは楽し気で、内容について時々レトゥムに話しかけていた。その表情に満たされる感情がレオンにもまだあった。
昼になるとルピナスを迎えに行き昼食を食べることになった。食堂に行くと女王も王子も来ていてレオンの分もきちんと用意され食卓に並んでいた。久しぶりの家族での食事にクラルスは喜んでいた。
お手本のような作法の中で静かに食事が進む中でレオンは無心で料理を口に運ぶ。手に取る食器が血に染まり、出されたパンに血が染み込んでいても。
「レトゥム、あなた作法が完璧ね。どこかで習ったの?」
レオンは戸惑いながら咄嗟に嘘で取り繕う。
「ええ…ラニウスに……習いました。覚えておけと言われて」
女王が噴き出すように笑った。
「ふふ! ラニウスが? そう言えば教えていたわね……でも結局」
そこまで言うと憂いた表情になり口をつぐんだ。
「ルピナスのおじい様にいろいろ習ったと…」
「おじいさまと仲が良かった人?」
家族の話題に興味が出たルピナスが尋ねると女王は笑顔を作った。
「そうよ、戦友。彼の部隊にいて、一番なついてた。ラニウスだけじゃなく皆…彼を慕って、素晴らしい人だった。私も何度も助けられたのよ」
過去の事を話す女王は珍しかった、しみじみと話す声色にはラニウスと同じように深い傷を感じさせた。
「その人が鍛えたからレトゥムはそんなに強いの?」
クラルスが言う。
「ええ…まあ。訓練に付き合ってもらいましたから」
「ちょうどいいから午後からクラルスに訓練しましょうか」
突然の提案にレオンは思わず立ち上がって声を荒げてしまった。
「そんな必要ありません! 私や騎士がいます!」
女王はレオンを押さえつけるように言いつける。
「最低限の訓練は身を助けるわ、特にこれからはね。あなたも付き合いなさい」
拒絶することなどできるわけもなく、その後すぐに王城の外れにある射撃場で訓練が始まった。
「銃は非力な人間でも扱える良くも悪くも優秀な武器よ。きちんと扱えなければ味方も自分も殺してしまうしっかり覚えなさい」
「はっ…はい、お母さま」
女王は拳銃を片手で構え、人型の的に向かって打つ。弾は正確に頭部に穴をあけ、緊張気味のクラルスに女王は銃を差し出した。
「構えて、狙って、撃つ。それだけ、まずやってみなさい」
クラルスは慎重に両手で銃を構え、引き金を引くと反動で腕が大きく上がり弾は的を離れていった。女王はクラルスの肩を支える。
「怯えてはだめ、しっかり銃を構えて脇を絞めなさい」
「はい」
集中して引き金を引くと今度は的に掠る。
「いいわ、続けて」
何度も撃つうちにどんどん安定して当たるようになり。上達の速さにレオンは歯がゆい思いでこぶしを握り締めていた。
「あなたも撃ってみなさい」
女王はレオンに命令した。レオンは無言で前に出て銃を持ち見よう見まねで引き金を引き、撃つごとに照準を修正する。そしてある程度理解すると一呼吸置いて自分が何発撃ったか残りの弾数を思い返し、今度は並べられた的すべてに当てるように次々と撃っていき、そのすべてはほぼ真ん中に当たった。
「さすがにうまいわね」
「すごい」
「無理に覚える必要はありませんよ、姫様。俺がいますから」
「でも、何もできないよりはずっといいでしょ? なにがあるか分からないし……」
その憂いた表情にレオンはクラルスが何を考えているか簡単にわかってしまった。
「うまくできるようになったら特別な銃を渡すわ。修練なさい」
「はい」
訓練を続ける彼女の姿と銃声が心を揺さぶる、人に向けて撃つような状況を起こしてはならないという気持ちだけが強くなってレオンは息苦しかった。それでも見続ける苦しみに耐えていると後ろに気配がして振り向くとルピナスが隠れて見ていた、レオンはそっと近づく。
「ここは危ないですよ」
ルピナスは悲しみに怯えた表情で尋ねた。
「お姉ちゃんも戦うの?」
「使い方を学んでいるだけです。戦うようなことにはなりません私たちがいる限り……決して…させません」
心の底からの決意の言葉。ルピナスは無垢に縋った。
「お姉ちゃんは…死なせないでね」
何の悪意もない悲痛な感情が声に乗り、自業自得の罰がそれに応えるように纏わりつく血を動かし、血の塊で出来た皆の顔がレオンを凝視し、父の顔がロープのように変形して首を絞めようと纏わりついた。
「ルピナス!」
女王が慌てるように割って入った。
「ここは危ないから部屋に戻ってなさい」
ルピナスは頷いて戻っていった。女王は動かないレオンの肩を抱いた。
「あなたには十分力がある。恐れることはないわ」
「わかっています……わかってます……かならず」
首が締まり浅い呼吸のまま言い聞かせるようにつぶやいた。




