第三十四話 因果応報 ②
あの時、助けた名も知らない少年がいきなり現れ自分に向かって走ってきていきなり服を掴んで声を荒げる。
「何の説明もせずにほおり出しやがって! 何様のつもりだ!」
レオンは困りながら不愛想に返す。
「あの街で生き残ったのはお前だけだ。孤児院なら苦労せず暮らせるはずだ、向こうの事は忘れろ」
「忘れろだと……あいつらは知らねぇんだぞ…生きるためにどれほど必死に……残酷にならなきゃいけねぇかを。簡単に笑えるようなこの国の奴らとどうやって馴染めって言うんだ! お前は!」
むき出しの感情で怒りをあらわにする少年にレオンは息をのんだ。ああ、それはよく知っている目だと。怒りに呑まれた眼、何度も見てきた消せない炎。
「仲間が死んだと言っていたな。もう仇もいない、そいつらの分まで生きてやれ。しばらくすれば馴染むだろう。向こうから来た奴もいる、そいつらならお前の傷も分かるだろう」
上辺な言葉だとレオンは自分を嘲った。
「あの二人の事なんかどうでもいいんだよ! 俺は戦いたいんだ! あんた戦ってるんだろ! 俺も一緒に…」
レオンの目は一気に暗く沈み威圧するようにシバをにらみつけた。
「そんなに殺しがしたいのか」
シバは驚いて手を離した、だが負けずに睨み返す。
「それが必要ならやってやる! それで心が痛む人生なんか送ってねぇ」
怯まないなら怯えさせようとレオンは手を伸ばした、しかしその前にファラベラがシバの腕を掴んで声を荒げた。
「シバ! あんた何やってんの!」
「邪魔すんなよ!」
振りほどこうとするシバの腕を握りしめ対抗するファラベラはシバから目を移すとはっとした。
「あんた……レオン…?」
驚くまま力が抜け、掴んでいた手を離す後ろでローターも現れ恩人の変化に言葉を失っていた。レオンは二人を無視してシバに冷たく言い放つ。
「お前と同じ目をした奴はみんな死んでいった。自分に何かできると思っているなら間違いだ、何もできなかった人間に出来る事はない。二人と一緒に帰れ」
レオンは去ろうと横を通り過ぎようとしたがシバは前に立つ。
「知らねぇ奴が死んだからってそれが諦める理由になんのかよ、何もできなかったのは事実だ、だったら出来るようになるまでだ。お前がやろうとしてるように俺も殺して見せる」
レオンはシバを殴った、己の弱さを思い知らせようとした。気絶するほど強く殴ったつもりだったがシバは地面に叩きつけられても痛みに耐えて起き上がろうとした、ファラベラはそんなレオンに向かって胸ぐらをつかんだ。
「あんた……その顔は何? あたし達はあんたのおかげで生き残れたのに、なんであんたがそんな顔してんの……あんたのために死んだ兄さんを背負って……あいつらみたいな顔しないでよ!」
ファラベラは悲しみのままレオンを殴った、か弱い拳に憤りをのせて。人生を諦めていた自分に、兄に希望を見せてくれた人が…それを何もかも捨てたような顔をしている事が許せなかった。
「ファラベラ! だめだよ」
ローターが慌てて腕を抑えた、レオンは表情を変えないように耐え冷たい眼で見返しその様子にローターは悲し気な声を出した。
「どうしちゃったんだよ…」
「俺に近づくな」
脅すようにそれだけ言ってレオンは離れようとしたがファラベラは叫ぶ。
「ふざけんな! あんただけ戦ってもあたしの恨みは消えないんだ! 病気だけ治っても兄さんがいない虚無感にどうやって耐えろって言うつもり! 自分だって耐えられなかったくせに……!」
ファラベラは涙をこぼした、シェトランドが死んでからずっと抑えていた感情が爆発したせいだ。ローターの手から力が抜け解放されるとファラベラはレオンに掴みかかった。
「あたしは兄さんがいればあそこで死んでもよかった……でもそうならずにあんたに生かされた。それでも怒りがあれば……恩があるから…戦う理由になる、あんたはそれすらあたしから奪うつもり!」
ファラベラの言葉に目を背けるわけにはいかない、感情だけではどうにもならないことを諭さねばならないとレオンは冷たく返した。
「シェトランドは君のために命を賭けた、強い意思だった……だけど感情だけでは戦えないから死んでいった。病人が戦えるような甘い場所じゃない。弱い人間に恨みも怒りも晴らすことができないのは分かってるはずだ」
「だからって諦めたら幸せになれると思う? 失ったから足掻きたいんじゃない…」
「好きにしろ、君にできることはない」
レオンがファラベラの手を払い背を向けると足を掴まれた。シバが這って来て掴んでいた。
「納得……させた…つもりかよ」
捕まれた足を振り上げてシバを蹴り飛ばした、そこに城から降りてきたラニウスとミルバスが現れ面倒なタイミングだとレオンは二人を睨みつけた。
「ミルバス、こいつらを孤児院に連れて帰れ」
「えっ…? たっ隊長…?」
戸惑うミルバスを置いてラニウスが倒れているシバを見た。
「ずいぶん殴ったな、気絶してるぜ。こんな痣を作って帰らせたら孤児院に怒られるぞ」
レオンは聞きもせず去っていった。
「ティトに見せるか。お前らは帰りな」
ファラベラとローターは声をそろえて拒否した。その目の訴えかける意思にラニウスはただ頷いて拒否することはせず連れて行った。
シバが目を覚ますと朝日は上って翌朝になっていた。またベッドに寝かされていることに情けなさで腹立ちながらシバは飛び起きた。ベッドはカーテンで仕切られ、開けるとティトと目が合った。見知らぬ男の事も気にもせずレオンの事で頭がいっぱいだった。
「あいつはどこだ!」
開口一番そう叫んだシバにティトは困り顔で返す。
「また殴られますよ」
必要のない注意にシバは窓を開けて姿が見えないか見回した。鉄格子で囲まれた庭にレオンが見えるとシバは駆けだし、また気絶させられるだろうとその後ろをゆっくりとティトがついて行く。
庭に出るとレオンは気配を察して振り向いた。シバは立てかけてあった木剣を拾い向かっていく、大振りの木剣は軽くいなされ一発殴られるとシバはまた気絶した。
「ああ…やっぱり……そんなに殴ったらだめですよ」
ティトの困った声にレオンは声を荒げた。
「ミルバスはどこに行った! 俺は帰せと言ったはずだぞ、さっさと連れていけ!」
「ミルバスさんなら二人と話してますよ。また顔にあざが…こんな状態で連れ戻したら何を言われるか分かりませんよ。殴らないでください」
「なぜ二人がまだいる! 余計なことを考えてるんじゃないだろうな!」
「私は知りません。ご自分でお聞きになってどうぞ」
突き放すように言われレオンはふんと鼻を鳴らした、二人と顔を合わせるなどご免だった。
それから1時間ほど素振りをしていたが大きくなったイライラとざわめく気分が修業に対する集中を削ぎ、身が入らないと剣を下す。するとまたシバが現れレオンはため息をついた。シバはレオンに向かうと返り討ちに遭い殴り飛ばされるが起き上がるとまた向かって行った。何度倒されても気絶させられてもめげずに折れもせず愚直と無様さを見せつけるように立ち向かい、体に痛みを刻み付けていく。いつしかティとも止めなくなり、死が見えてくるほどそれは続くがそれでもレオンは手加減などしなかった。これは命を賭けた戦いと同じ、ぶつけているのは意地……負けて失うのは人生。勝つことは出来なくとも絶対に負けるわけにはいかない思いがシバを止まらせなかった。そしてついにシバはレオンの拳を止めた。
「な…めんなよぉ……何度も殴られりゃいい加減覚えるぜ」
レオンの手をがっしりと掴むシバは立っているのもやっとな状態だった。
「根性でどうにかなるような簡単な場所だと思ってるのか? お前みたいに弱い奴がどうにかできる世界じゃないんだよ!」
シバは蹴り飛ばされたが這ってレオンの服を掴む。
「だったら…あんたが強くしてくれよ……俺を鍛えてくれ!」
「ふざけたことを……おとなしく暮らしてればいいんだよ!」
レオンはシバの服を掴んで持ち上げ怒りをあらわにした。そこにミルバスが割って入る。しばらく前からファラベラとローター、ラニウスと共に様子を見ていたがレオン達は気づいていなかった。
「隊長……受け入れて…見ませんか?」
レオンは後ろにいた二人を見た。
「なんのつもりだ」
「あの二人は私達が訓練します、この子の事も…あなたが納得するぐらい強くして見せます」
レオンはシバを突き放し、爆発するように声を荒げた。
「ふざけたことを……戦うことの意味を分かっていながら、こいつらの怒りや憎しみを受け入れろだと……何も分からないくせに勝手に決めるんじゃない!」
怒りの拳はミルバスを吹き飛ばし壁に叩きつけた。それでも怯まずにミルバスは立ち上がり、まっすぐにレオンを見据えて歩み寄る。頬に出来た大きなあざの痛みも口から流れる血もどうってことはない。
「私にだってあります……ルプスを死なせた怒り、あなたとその家族を苦しませる教授への憎しみ。ちゃんとあります、でもあなたほどじゃない……だからこのちっぽけな思いは押し込めました。あなたを受け止められるように。もちろん一人じゃありません、部隊のみんなで決めたことです。あなたのために動こうって」
ミルバスは三人の子供たちを順番に見た。
「この子たちの事だって受け止めて見せます。それに怒りや憎しみだけじゃない、あなたが見せた光をこの子たちは知っています。だからあなたに……」
レオンは言葉を遮って悲痛に叫ぶように声を出した。
「だから人を殺す方法を教えろというのか…戦場に連れて行けと…お前は俺に……人を地獄に落とせと言うのか!」
心の底は変わっていないことをミルバスはその目に感じた。その心が知れたなら亡き友に預けた命を使うことにひとかけらの憂いもない。
「あなたが地獄にいるなら一緒に行きます、この部隊に入った時から命の使い方は決めている。ルプスのために使えなかったこの命……あなたが目指すもののために」
シバはもうろうとしながら歩み寄り、レオンの目の前で膝から崩れ落ち咄嗟に腕を伸ばして袖をつかんだ。
「あの時……見たあんたは……俺があの時…やりたかったことをやってた! 俺も見届けて…見届けて……あんたが…あんたが足掻いてるように見えたから! 俺にも…足掻かせてくれよ……」
足掻きという言葉に妙な納得感があった、見過ごしていた自分の心を言葉にされた気がした。それが受け入れる理由にはならないがシバの思いが自分と重なるとぐらりと気持ちが揺れた。
「弱い人間に戦う資格はない。足掻いても弱いからみんな死んだ……死ぬだけの兵士を鍛えるつもりも仲間にするつもりもない……どいつもこいつも勝手に満足して死んでいったんだよ!」
もう力は残っていないはずだったがシバはこの声にだけは応えたい一心で起き上がった、痙攣のように震える腕と足で体を起こし立ち上がるとレオンの混ざり合った黒い眼に向き合った。
「だったら……俺は死なねぇ…どんなことをしてもあんたに食らいついて後ろにいる…死に物狂いで強くなって生きてやるよ…」
強い眼だった、怒りを超えるほどの意思がレオンの火を静めた。ほんの少しの期待すら抱いてしまいそうなほどに。決して自分は許さないと分かっているのにチャンスを与えたくなってしまった。
「そこまで言うなら試してやる……」
「後悔はさせねぇよ……」




