第三十二話 来客
昼前の雑踏する城下町でサングラスをかけた青年がきょろきょろと田舎者の見本のように辺りを見回して子供のように店先の商品に目を輝かせていた。
「おっと、いけね。ちゃんと仕事しないと」
青年は王城に足を運び門番の騎士に尋ねた。
「あのー、ちょっと聞きたいんだけど、ここに子供の騎士いない?」
気軽な声で尋ねる青年に門番はのん気に返す。
「子供の騎士? ああ、姫様の護衛の事か、それならミルバスさんに聞くといい。刑務所にいるはずだ、会えるかは分からないが」
青年は道を教えてもらい刑務所に向かうと壁に囲まれた堅牢なその建物に少し怖気づきながら門をくぐり中の騎士に目的を伝えると途端に囲まれ青年はどうしたものかと悩みつつ両手を上げておとなしく牢屋に閉じ込められた。これで良かったのかと首をかしげて待っていると目的の人物が現れて青年はほっとした。
「何者だ?」
レオンが尋ねるとその冷淡な声に青年は背筋が冷えた。
「あ~……リベロから来たんだけどこの前来たのあんたらだよね?」
その発言にレオンは警戒を強めた。
「何をしに来た」
「君らさぁ。彼らの街、壊したでしょ。それで向こうが怒ってうちの方に文句言ってきてるんだよね。それでうちの領主が騎士に責任を取ってもらえって、俺が来たわけ」
「聞いていた話と違うな」
嘘をついているのかと考えたがあからさますぎる、意図を考えていると後ろの牢屋に入っているシャモが尋ねた。
「どこの街だ? 誰が言った?」
「どこの街か知らないけど潰した所から北の方だよ。名前はデオーチ…だったかな?」
「あいつが……?」
名を聞くとシャモは怪訝な表情をした。その顔を見れば違和感があることは察せる、レオンはシャモに近寄った。
「どう思う」
「分からないね……無い頭を使って考えたんだろうけど嘘なのは確かだ。あんたを呼んだってことは教授がらみじゃないのか?」
「どうだろうな……」
悩むレオンの代わりにミルバスが質問を続ける。
「あなた、どうやって国に来たんですか?」
「船だよ。国ってずいぶん平和ボケしてるね、漁師さんたち王都までの道のり丁寧に説明してくれたよ。もうちょっと警戒してもいいんじゃない」
青年はミルバスには緊張もせず、頭の後ろで腕を組み気楽な様子で軽口をたたく。ミルバスはその事にムッとした。
「忠告どうも」
「俺は殿下に報告してくる。しばらくそこで待っていろ」
青年はおとなしくうなずいた。報告を聞いた王子は考え込む。
「ずいぶん怪しい誘いだな。だから殺しはするなと言ったんだ。準備ができてない状態で戦っても領地を維持するだけの兵力がなければ意味がない」
レオンは説教を聞き流し王子に進言する。
「殿下、そのことについてですが。騎士と組織の個々の強さに大きな隔たりがあると感じます。兵器を使わずに占領地域を維持するにも制圧するにも今のままでは厳しいと感じます」
「何を見てそう思った?」
王子は厳しい眼でレオンの意見に耳を傾ける。
「処刑部隊の隊員たちは……みんな俺より弱い…あれでは戦えない。死ぬだけです」
「騎士の強さは個人ではなく集団での戦いだ」
「だとしても経験がなさすぎます。処刑部隊であれならほかの騎士たちはより厳しいでしょう、向こうがもし集団できたら勝ち目は薄い」
「それで、考えがあるのか?」
「処刑部隊を再編成します、攻撃は俺の部隊だけにして他の騎士は防御に徹すれば維持できるでしょう」
「目当ての騎士でもいるのか? それに今、隊にいるの騎士はどうする」
「今の部下は…国境に送って断頭地区から来ようとする者がいないか監視させています」
王子は否定も肯定もせずじっとレオンを見つめて次の言葉を待つ。
「部隊の入れる人間は……断頭地区の人間を引き入れるのが手早いかと」
それを聞くと王子は息を吐き一呼吸置いて口を開いた。
「私は手早さなど求めていない。急ぎすぎれば綻びが生まれるからだ、それは死という結果を敵味方問わずにもたらすだろう。多くの人々を狂わせる行為を簡単に命令することなど出来んだろう」
「そのために俺がいるのでしょう」
しばしにらみ合うように無言で見つめ合うと王子が先に口を開いた。
「三年……最低でも三年は騎士団を動かすつもりはない。とりあえず部隊はそれぐらい時間をかけて作りなさい」
決して根負けしたわけではない、何をやらせるかが問題だった。破滅に向かおうとしている人間に何を与えればいいのかそれは分からぬことだった。
「ではこれから向こうに行きます」
「ひとまず、今の問題を解決するのが先決だ。リベロは良い拠点になるはずだ、協力関係を結べるかどうか見極めてこい」
「はい」
そうして部屋を出ようとした時、王子は付け加えるように声をかけた。
「レオン、ミルバスだけは手元に置いておけ。仕事を教える人間がいないと困るからな」
敬礼をしてレオンは部下を連れてリベロに向かった。
「ようこそ騎士諸君、招待に応じてもらい恐縮だ」
領主は変わらず暗い部屋で顔も見えない状態で出迎えた。気だるげな口調で取り繕った言葉を言う領主の感情はあからさまだ。
「イラの連中がうるさいらしいな。俺に殺してほしいのか?」
「解決できるならなんでもいいが、そうではない。向こうは死合いを望んでいる」
「死合い?」
「我々には決まりがある、他愛もない不文律だ。異なる組織が対立し闘争にまで発展しそうになったら死合を行い、その結果で物事を決める。弱い者同士が滅びないように決めた哀れな約束事だ」
「人間ならそれぐらいの知性はあるだろう、まともな思考回路も持たないゴミ共がそれを守るこらえ性があるのは驚きだがな」
レオンがそう言うと領主は憐れむように返す。
「あまりそう言ってやると可哀そうだ、君らにとっては共食いでも獣が必要に迫られて生み出した知恵だ」
「知った事か」
「だろうな」
領主はレオンがそういうのを分かっていたように無感情に返し、話を続けた。
「相手をするのはこちらだ、仕掛けられたからには応えなければならない。君らは審判だ」
「なぜそっちが相手をする? 向こうが腹を立てているのはこっちだろう」
「奴らも騎士相手に正面から喧嘩を売るほど馬鹿ではない、はらわたは煮えくり返ってると思うが」
「国に喧嘩を売れないからお前たちをはけ口にしようとしてるのか。ずいぶん情けないな」
「暴力とはそういうものだ、上から下に流れていく。逆流する水はないようにな。君らは源流と言ったところか……まぁこちらに牙をむくのは見誤った愚かな選択だが」
「それで誰がやるんだ」
「タドルナだ」
国まで来た青年が自分だと手を上げた、レオンはちらりと見てすぐ領主に視線を戻した。
「本当に向こうは死合いを望んでいるのか?」
「それを私に聞かれても困る。向こうの考えなど分からんよ」
レオンは試しに聞いてみたが領主は関心がない様子だった。それ以上何も言わずレオンは館を後にした。外に出て少し歩くと数人の人々が不安な様子でタドルナに近づいてきた。
「タドルナ様! イラの奴と死合うってほんとですか? 負けたら誰かが連れてかれてしまうんですか?」
「ああ、心配しなくていいよ負けないから」
「頼みますよ、あんな所には誰も戻りたくねぇですから」
人々を落ち着かせて道を進む。
「ずいぶん気に入られているんだな、この土地は」
「みんな苦労してるから、怯える必要のない土地はここだけだし。俺らは別に住民たちがどうなっても別に構わないけど居ると便利だからね」
まるで道具だとミルバスはぽつりとつぶやいた。腹の立つ言い方だがレオンも心に留めて黙って目的地に向う。
目的の街には何の障害もなく着いた、街人たちも組織の人間と思われる人間も誰も彼も目つきは悪く街の空気そのものに怒りが溶け込んでいるようにピリピリした圧が充満して居心地が悪い。そんな街を進んでいると路上に座り込んでいた浮浪者の男がちらりとこちらを見ると驚いて声を上げた。
「お…お前! お前、シャモか?」
馴れ馴れしく声をかけてきた相手にシャモは睨んだがすぐ緩んだ。
「じじい、まだ生きてたのか。とっくに死んでると思ってたよ」
こけた頬に少ない歯、シャモは少し憐れむような目を見せた。
「ずいぶん前に街から離れたと思ったら戻ってきやがったのか。もしかして薬、始めたのか? 持ってるなら寄越せよ、イライラして仕方ねぇんだ」
「あたしが使わないこと知ってるだろ。それにもうあんたに金を奪われるようなガキじゃない、おとなしくしてれば殺さないでおいてやるから頭の血管でも切れて死にな」
「おい、そう言うなって!」
浮浪者は掴みかかろうとしてシャモに殴り飛ばされた。
「やっぱり死になよ」
シャモは銃を構えた。
「やめろシャモ」
レオンが止める。
「なんだそのガキは? ガキが主人とは珍しいな。まあいい、なあ金持ってるなら恵んでくれよ」
シャモは浮浪者を蹴飛ばす。その騒ぎに人が集まってきた。
「おい、リンチするなら混ぜろよサンドバックが必要だったんだ」
集まってきた人々は残飯を漁る獣のような目をして期待している、シャモは彼らの足元に銃を撃ち跳ね返った弾丸は一人の男の足に当たり、周りの数人がその男をボコボコに殴りだした。
「死にたくなかったら消えな」
シャモが銃を向けると群衆はつまらなそうに散っていった。
「なんだよ、殺してくれたら漁れたのによ」
浮浪者が残念そうに言った、銃口をそのまま向けると浮浪者は慌てだした。
「わっ…わかった、わかったよ」
そのまま浮浪者はどこかに逃げた。
「どこもこんなに治安が悪いのか?」
呆れた口調でレオンが言う。
「イラの領土はもともと暴力的な奴が流れ着くんだよ。ここはまともな仕事なんかない、どいつもこいつも働かずに人をぶん殴る事に時間を使う。空腹を満たすためと薬のためにしか動かない、糞共の掃きだめだ」
ミルバスは眉をしかめて嘆いた。
「環境のせいもあるでしょうね……暴力性なら誰しも持っているもの。それが幼少から他者の暴力で成長し本来なら眠っていたはずの暴力性が覚醒する。負の連鎖ですよこれは……」
「薬を欲していたが何の薬だ?」
「ただの精神安定剤。少しでも落ち着きたいのさ……」
路地裏でゴミを漁る浮浪者がネズミを踏みつぶす。血走った眼でネズミを蹴り飛ばし、襲える人間はいないかと家々を回り窓から中を覗くと一軒の窓ガラスを割った。鈍器をもって中に入るとソファに寝転んでいる男に振り下ろそうとした。男の横には薬が転がって浮浪者は興奮気味に呼吸が荒くする。浮浪者は鈍器を振り下ろした後、ソファに座って薬を飲み安らぎのひと時を過ごした。
「それが効いてる間が唯一の平穏…こんな場所じゃ何の意味もないのに、くだらない事さ。救いなんかありゃしないのに見苦しく求めて地獄で生きようとしてる」
シャモの街に対する怒り、憂い、諦め。思い出が彼女に怒りを燃やさせる、ババアから感じたくだらない感情を思い出すと妙な感覚が心に触れ、会いに行ってもいいかとシャモは思った。




