第三十話 叱られ獅子
「私は勝手なことはするなと言ったはずだが」
王子は厳しくレオンをにらみ叱責していた。
「必要があってやったことです」
反省もなく心を痛めている様子もない、変わってしまったことに王子はまだショックを受けたが暴走する行動を許してはならない。
「処刑が終わった後にわざわざ戻って町一つ皆殺しにしたことがか? そのせいで殺人犯まで逃がした! これが失態でなくて何だ! 今、殺したところであそこは何も変わらない。無駄な殺しをしただけだ、何の意味もない行為を部下に押し付けて人の上に立てると思うな」
ぐうの音も出ずレオンはうつむいた。
「目先の事ばかり考えるな、思慮の浅いまま戦えば…また大事な人を殺すぞ」
トラウマを刺激する言い方をしたがこれぐらいのことを言わなければレオンは止まらない、王子は憎まれても構わない覚悟があった。
「やはり早すぎたな、許可するまでおとなしくしていろ」
責められようとレオンが憎むことはない、自分が愚かなことは分かっているからその通りと思うだけだ。しかし同じ失敗をしてしまうかもしれないと思うと内臓をまさぐられているように心がざわつく、決して同じ結果をもたらすものかと誓っても焦りが消えることはない。それには何の保証もないのだから当然なのだ。
部屋から出るとミルバスが浮かない顔をして待っていた。
「隊長、殿下は何と?」
廊下を歩きながら謹慎を伝えるとミルバスは安堵した表情に変わった。
「ふぅ……よかった、叱ってくれたのですね。あなたを導いてくれるお父上はもういないのですからもっと周りを…」
「ミルバス、お前たちを部隊から外す」
「はい?」
目も合わせず簡単に言われたミルバスは驚くよりも不愉快な気持ちの方が大きかった。
「お前たちは弱すぎて使い物にならない。必要なのは死んでもいい奴か強い者だ」
「そんな命令は聞けませんよ! 一人で何ができるというのです!」
「なら死ぬぞ。どんなにしがみ付いたって殺されるだけだ、一人になるのは変わらない。俺が死体の処理をする手間が増えるだけだ。俺にそれをさせたいなら好きにしろ」
振り向いたレオンは脅すような迫力のある目でミルバスの目に視線を合わせた。その視線はミルバスにとって苦しいものだった。部隊の仲間は共に厳しい研鑽を積み、処刑部隊に選ばれたという自負も覚悟もあった。しかしそれでも彼には足りない、思い知ってしまったからには逃れられない……事実が追いつくことを許そうとしないのだ。決して届かぬ天賦の才がただ離れていく様を見せつけられる、己も同じ道を走っているのに。
「私たちは決してあきらめませんよ。力が足りなくとも出来る事はあります」
その言葉は強がりでもあるが決意でもあった、レオンには呆れるほど楽観的な言葉だった。
「他の地域の騎士団と協力して国境沿いを見張れ、旧街道も全て調べて誰も入ってこないようにしろ」
「……分かりました、しかし私は残ります。一人にはしません」
「俺の邪魔をするなよ。しばらく刑務所にいる、用があるとき以外来るな」
冷たく言い放ち刑務所に戻ると入り口にティトが待っていた。
「わざわざ来たのか」
「怪我をしたと聞きましたから。放っておくとあなた病院にもいかないでしょう」
「火傷しただけだ。自分で治療できる」
「素人判断は危険ですよ。さっ、見せてください」
ティトは刑務所内にある医務室に案内させレオンに傷を見せるよう促した。仕方なく服を脱いで腹の火傷を見せるとティトは驚いてため息をついた。
「これのどこがただの火傷ですか。普通の人間なら痛みで動けませんよ、手当も雑です」
叱るように言われると聞き飽きたというようにレオンもため息をつき話題を変える。
「そんなことより、断頭地区のことは聞いただろ、戦いが始まったらあんたはどうするんだ?」
そう尋ねると一瞬治療する手が止まったがすぐ再開した。
「出来る事をするだけですよ……どんな結末が訪れるのか…少し怖いですが、この悔しさを晴らしたい思いはまだ残ってくれていますから」
少し力む手に思いの強さを推し量れ、どれほど強い思いがあれば共に戦える力を得てくれるだろうと自分の求めるものの大きさを考えた。しかしこれは子供の考える夢と同じ……ならば戦う者は一人でいい、誰が罪を背負わせたいと思うだろうか。孤独でいることが守る事になるのならそれを選ぶ、空想など何の意味もない現実は希望など運んでこないのだから。一人でいれば死なせることもない。
「終わりましたよ、痛み止めも渡しておきます。火傷が治ってもここにいた方がよさそうですね」
いつの間にか終わっていた治療に気付くと思考をやめていつもと変わらない険しい顔で立ち上がる。
「必要ない。自分の事に集中していろ」
一方的な言葉を置いて部屋を出ようとするレオンにティトは呆れて返す。
「あなたは…どうして自分を見捨ててもらえると思っているのです?」
その言葉にレオンは無性に腹が立った。
「弱い奴に何ができる!」
怒鳴って出て行くと乱暴に扉を閉め大きな音を響かせて扉は割れた。ティトは自らの痛みを思い出しながら無力な自分を蔑んだ。
レオンは刑務所にある自室に戻り不愉快な気分のまま壁にもたれかかると床に座り込む。ティトのせいで痛みにもむかっ腹が立ち、その感情のせいか火傷のせいか体が熱くなる感覚がして痛み止めと睡眠薬を飲んだ。苛立つと身を包む血が騒がしくなる、自分を焚きつけようとする声は静かな場所だと良く聞こえて考え事もままならない。この不機嫌な気分はきっとすぐには消えないだろう、残った感情だけが燃え続けてそれを治めるものは何もない。
レオンはふと思った、皆この感情を甘く見ている……よく知らないから楽観的なことを言い、見捨てないなど簡単に言えるのだと。なら善意も何もかも受け取らなければいい……そうすれば消えるだけだ、目を瞑るといつの間にかレオンは眠った、壁にもたれかかったまま……家具の一つもない部屋で。




