第二十九話 死人の山
相手はシャボンを出し周りを囲い、それが少し離れると石を投げて爆発させた。巨大な爆発が起こり煙が立ち上る。
『どっからくる?』
上空の煙から何かが光り一瞬で自分に向かっていくことに気付くと左腕で弾いた、目の前に跳ねたそれを見ると鉄の棒だった。
『ブラフか? ……だったら、狙うなら左腕以外だろ!』
しかし相手の読みは外れ、煙から飛び出してきたレオンは左腕を狙った。剣は腕を裂くように振るわれ、指の間から刃は入り前腕の穴まで切り裂いて止まった。
「これでもあの泡は使えるのか?」
「平和な場所からわざわざやってきてよぉ、殺し合いを選ぶってことは自信があるからだよなぁ。持つ者だから余裕と思ってるなら気が早いぜ!」
相手は右手でレオンを掴むとビルに突っ込んでいった。闘志が消えるはずもない、相手にとっては死ぬまでが戦いなのだから。
相手はレオンを離さない、レオンが腕を握り潰し骨が砕けても握りしめる手を離さない。どうする気なのかとレオンは押し返そうとするが壁に押し付けられた。硬直状態になるかと思われたが相手の左腕が肩から外れた。レオンが相手の思考を理解する前に相手は二の腕の穴に左足を通して蹴りを出した。
「なに!」
この状態で避けられる者はいるはずもない、相手の足はレオンの腹で爆発する。だがお互いに炎と衝撃に吹き飛ばされ、ビルのロビーは煙に包まれた。
レオンは腹に大きな火傷を負い服も大きな穴が開いたがまだ立っている。相手は足に大けがを負いながら立ち上がり吠え叫んだ、そして煮えたぎる目でレオンを見る。
「発散できねぇ怒りをため込んだらおめぇはどうする。ぶち壊してもぶっ殺しても消えねぇ怒りだ、今、思い出した……自分の体をぶっ壊してでも上にいる奴に一矢報いる、この感覚だ…久しく忘れてた。てめぇが世界に愛されてるなら責任を取るのはてめぇだ、俺の怒りのよぉぉぉぉ!!!」
相手はボロボロの足など気にもせずに向かってくる。
「世界よ、俺がいる間は調子に乗らせねぇ!!」
レオンも真っ向から迎え撃つ、痛みなどどうでもいい。覚悟の決まった者を相手にしているのならそんなものは後でいい。筋肉の焼けたボロボロの足をお構いなしに支えにして相手は蹴りを出す、それを躱し切り上げて足を切り落とす。それでも相手はまったく止まらずに今度は右手を支えに足を振って噴き出す血をレオンに振りまく、顔に掛かりそうになり伏せて躱すが相手はボロボロの足でレオンを蹴ろうとした、こんな足ではダメージは受けないとレオンは判断したが腕で防いだ瞬間に焼けたふくらはぎの肉は破裂して血が爆発するように飛散する。さすがに躱せずに顔に掛かり両眼が一瞬潰される。
残っているのは右腕だけ、もう相手に攻撃の手段は無いはずだったがレオンは攻撃が来る気配を感じ。足からは来ないはず……そう思い体制を低くして避けるが来たのは斬られて短くなった足だった。予想外の衝撃にクリーンヒットするがダメージは低い。レオンは咄嗟にその足を掴み相手を振り回し壁に叩きつける。崩れた壁の破片が倒れた相手に降りかかる、それでも闘志は消えず立ち上がろうとするが足がない状態では無理だった。
「くそっ……! てめぇに一矢報いることも出来ねぇのか俺は! 俺の怒りは!」
相手はレオンをにらむ。
「怪物が…! 好きなだけ殺せばいい、お前の強さには誰もついていけねぇ…敵も味方も入り乱れた死体の山に立つお前が…何を思うのか今から覚悟しとけ……」
憎しみと怒りのこもった眼と怨嗟の声、これから多く晒されることになるその負の感情は纏っている血が守ってくれる。何を思うにせよ終わればいいレオンはそう考えていた。
「せめて苦しまずに逝け」
「慈悲のつもりか…くそったれ……」
首を切り落とした後、外に出ようと入り口に向かうと後ろから物音がして振り向くと信じられないものを見て固まった。頭だけになった殺人犯が今殺した相手の体を奪おうと触手のように血管を伸ばして首を繋げると腕を動かしてむくりと起き上がった。
「なんだ…!? その体は…!」
殺人犯は落ちていた足を拾って切断面を合わせるとぴたりとくっついて切れていなかったように治した。
「自分でも驚いているよ、自分の怒りが死をも凌駕するほどだったとは。だがこいつは死んだ、聞いていたぞこいつの発言も、生まれながらの敗者共……そんな者がお前に勝てるはずもない。こいつは俺の糧にする、使い捨ての体にな」
そう言いながらかろうじて繋がっているボロボロの片足を引きずり、転がっている死体から足を引きちぎると自分の片足も引き千切り付け替えた。
「生き返ったのならもう一度殺してやる!」
「勘違いするな生き返ったわけではない死んでなかっただけだ。それに戦うつもりなどない、今の俺ではお前には勝てないからな…だが俺の怒りの発露をここで終わらせるつもりなどない!」
死刑囚は変異体の腕を取り出し瓦礫を穴に通して投げた。レオンは咄嗟に外に飛び出して爆発から逃れた。爆音が終わると相手の声が聞こえた。
「俺はこっちで自由にやらせてもらう。だが忘れるな俺はチャレンジャーだ、俺とお前だけが本物……いずれお前に追いついて見せる」
ビルの中に殺人犯の姿はなく、逃げられレオンは立ち尽くした。
「…」
変異体となった死刑囚は大きな混乱をもたらすだろうとレオンにはなぜか確信のようなものを感じていた。常人とは違う精神は多くを凌駕する、それは教授やレオン自身が証明している事だ。レオン自身が気付いていなくともいずれ気づくことになる。そういった人間達が他者に与える影響を。
レオンは部下たちの下に戻る、すると戦闘はまだ続いていて落胆した。
『雑兵相手にまだ戦っているのか…』
数が多くとも統率の取れない集団相手に時間がかかっている様を見ると期待を裏切られた気分になったがすぐに気づいた。
『そうか、皆俺より弱いのか……』
レオンは剣を握りしめて飛び込んでいった。細長い刃が一刀で複数の首を両断していく、落ちた頭の表情はどれも驚愕と恐怖を語り。すべてが終わった頃には冷たい刃は赤黒い体液に染まり生ぬるくなって主人よりも熱を帯びていた。




