第二十七話 虚勢発破
髭の男に案内され街の奥へ進んでいく途中も至る所で喧嘩が絶えず起きていた。話以上の荒れ具合にミルバスの緊張は高まっていたが二人は日常のように落ち着いていて、緊張が表に出ないように気を引き締めた。
組織のビルに着くと髭の男は仲間に指示を出し犯人を連れてくるよう指示を出した。犯人はすぐに連れて来られ地面に座らされた。
「この男で間違いありませんね。勤務していた会社で十人以上も殺害した罪であなたを処刑します」
罪状を聞くと髭の男は口笛を吹いた。
「こんなところまでご苦労なことだな」
レオンが剣を抜いても殺人犯はとても落ち着いていて恐れの一つもなく奇妙な不気味さを醸し出していた。
「最後に聞くがなぜそんなことをした?」
純粋な疑問からレオンが尋ねる殺人犯はじっとレオンを見つめ、覚悟を決めた者の目を見せた。
「熱にやられたんだ……俺の中にくすぶっていた熱が燃立った。ずっと眠ったままだと思ってた熱がな……だが突然だった…くだらない上司だとか気持ちの悪い笑顔を見せつける隣人共と関わらなきゃいけない日常の中で突然流れたニュースが種火になった。貴族が殺されその子供が誘拐されたって事件だ。断頭地区に連れ去られた話を聞いて興味が出た、見捨てられた無法地帯だと思ってたがこの地には何があるのか、どんな奴らが住んでるのか知りたくなった。だが調べようとしても情報なんてなくてな…困っていたがある日、男に声を掛けられた…教授って呼ばれていた男に尋ねられた、知りたいかと……なんで俺の事を知っているかなんてどうでもよかった。俺は尋ねたんだ頭の中にある疑問のすべてを、すべて答えてくれたよ…そして最後にあいつは言った、自分から目を逸らすなと、ここに居るべき人間じゃないと見透かされた。狂気を持って生まれた人間が平穏の中で生きながらえさせるのは聖者を気取った人間の傲慢だと……その時俺の怒りが爆発した、平和という檻に閉じ込められた怒りが」
教授の名が出たことにレオンは怒り心頭に発する思いだった。そのストレスをぶつけるように吐き捨てる。
「狂った人間の言うことは理解できん、死ね」
レオンは首を狙って剣を振り下ろし、その最中も殺人犯は視線を外さなかった。殺されることに動じることのなくその目に燃える何かが見えた。しかし剣を止める金属音が響く。
「なんのつもりだ」
髭の男が小太刀でレオンの剣を受け止めていた。異常者の思考は理解できないとレオンはにらみつける。
「イカれぐあいが気に入ってな」
小太刀に力を入れレオンの剣をはじくと斬りつける、レオンは後ろにするりと引く。殺される理由を自分で作ったことに相手は後悔する間もなく死ぬだろうとシャモは後ろで馬鹿にしていた。
「簡単に死ねることを感謝するといい、お前らの死体は見せしめにしてやろう」
戦いが始まろうという瞬間、二人の間に筒状の物が投げ込まれ爆音と煙が充満した。煙幕の中で男の声が響く。
「ミルバス! 一旦逃げるぞ」
仲間の声を聞き間違うはずもなくミルバスはレオンを抱えてシャモの腕を引っ張り走り出した。煙が晴れると髭の男は周りを確認したが騎士たちの姿は見えず、後ろにいたはずの手下は殺人犯に殺されていた。
「判断の早いこって……」
感心と驚き交じりの声を上げ髭の男はまずいなと心の中で呟いた。
「お前がここのトップか? こっちの人間がこの程度だったとは…拍子抜けだ。まるで上っ面、俺を助けようとするなど…」
軽蔑と落胆。殺人犯は不愉快だと語る眼で相手を見下す。
「そりゃ、早計ってもんだ。端っこにいる奴は負け犬と変わらない、お前もすぐ理解するさ。だがそんなことより協力し合わないか?」
賭けのような提案に殺人犯は虫唾が走り吐き捨てた。
「くだらない思考だ…それがお前の破滅を招いた」
レオン達は路地裏に集まり部下たちと顔を合わせていた。潜入していた四人の部下はボロのローブを纏い汚れた体に苦労が見える。
「余計なことをしたのはお前たちか」
不機嫌な声を聴くと部下たちは跪いた。
「隊長、殺し合いは避けろとの指示です。任務を間違えないでください」
一人が諭すように言った、別の騎士が諭す言葉を続ける。
「皆、話は聞いています。俺たちはあなたに仕えます、出来る限りの力で支えます。あなたの心が悪しき者共に負けないように」
強い意志が見える目だった、支えなどどうでもよかったが戦える人間が増える事は受け入れるべきことではあった。父の部下だったのなら戦えるだろうと不満は押し込めた。
「断頭地区でずいぶん甘い事を言うもんだ」
シャモは騎士達を馬鹿にして期待などしていないようだった。
「口論はやめろ。奴だけ殺せばいいんだろ、行くぞ……」
隠れつつ先ほどの場所まで戻ると殺人犯は髭の男の頭を潰していた。レオン達が姿を見せると殺人犯は燃える瞳でレオンだけを視界に入れていた。
「俺の怒りがこいつを凌駕した。お前の怒りが見える…俺よりも、誰よりも強い炎。劫火だ…この期待外れのくだらない街を燃やすといい」
「俺はお前を殺しに来ただけだ」
「嘘をついて何の意味がある?」
見透かしているつもりで言葉を吐き、誘うように後ろのビルに走っていった。咄嗟にレオンは追いかけるが殺人犯は鈍器を拾い、次々に組織の人間を殺しながら上に逃げる。組織の人間も追いかけ階段には行列ができ、屋上に出ると乱闘になった。殺人犯は囲まれ刺されるが何の反応もせず頭に鈍器を振り下ろす。そして次々に標的を変えて一人ずつ殺していく。その姿に誰もが啞然としレオンはレオンはすべてが終わるまで待った。ほんの数分間の戦闘で殺人犯はついてきた人間を皆殺した。だが血を流しすぎたのかへたり込む。レオンは剣を抜いて近づく。
「ふふふ……今最高の時を過ごしている、ここは怒りの地だというがまるで偽物、張子の虎。本物などどこにもいない。自分が本物だったと認識する高揚感、生の実感。すばらしい」
「ごみを殺して満足か? 最後にいいことをしたな、死ね」
殺人犯の灼熱の眼は死にかけてなお燃え上がろうとしていた、レオンすら殺そうと立ち上がって向かってくるが素人の動きでは触れる事すら叶わない、レオンは冷静に相手の腕を切り落とし、続けて首を飛ばした。
「俺の……熱は死にかけてなお……収まってない……」
頭を切り飛ばされても喋った殺人犯に隊員たちは恐れ戦いたがレオンは髪を掴んで持ち上げた。
「帰るぞ」
そう簡単にはいくはずもなく大男が屋上に現れた。
「てめぇら…好き勝手に暴れやがって」
「用は済んだ。体はくれてやる」
「こんだけ好き勝手暴れてさよならだとぉ……なめるんじゃねぇぞ」
当然話など聞かず大男は拳を隊員に向ける、騎士達は相手などせず逃げ屋上から別の建物に飛び降り空を切ったこぶしは床に穴をあけた。シャモは拳銃を引き抜こうとしたが仕方なくレオンが止め、部下に続いて飛び降りる。元来た道を戻ろとしたが出口は組織の人間たちが張っていた。
「南に逃げるぞ!」
一人がそう言うと皆が続いた。
「南は海だろう、どうするんだ」
レオンが問う。
「リベロという町があります、独自の自治を敷く勢力なのでいったんそこまで逃げましょう」
「まちやがれぇ!」
後ろから大男の声が響いた。レオン達は人が集まってくる前に街を走り抜けて脱出し道を駆け抜けていく。しばらく逃げ続けると前方に何かがいた、人の形をしていない漆黒の何かだった。それはレオン達を認識すると地面に線を引き、ここから先は入るなと合図を出した。レオンは線の目の前で止まる。
「お前たちは何者だ」
大きな蛹のような形をしていたそれは人の声を出し尋ねた。警戒しつつミルバスが説明する。
「私たちは騎士です。追われているので逃げているところなのですが…通していただけませんか?」
相手は黙り、悩んでいるのか警戒しているのかすら分からない存在に緊張が高まる中、大男たちが追いついてきた。
「やっと止まりやがったか。逃げられると思うなよ」
その言葉に蛹が答えた。
「ここは門……入るかどうかは私が決める」
「デスモダスの犬が黙ってろ」
そう言い放った次の瞬間、大男の体が後方に吹き飛んだ。
「ここは敵地の境目、油断する者に未来はない」
大男の顔は削れて血が噴き出す。
「この……や…ろう…」
大男が死ぬと周りにいた組織の人間は勝機はないと悟り逃げだした。
「お前たちこの先に進みどうするつもりだ?」
勝機がないと感じていたのは部下達も同じだった、だが自分たちを攻撃しなかったことを考えれば話し合いができるだろうと部下の一人が尋ねた。
「ここの統治者は争いを好まないと聞く。良ければ話を聞いてもらいたい」
出来るだけ丁寧な態度で接した。
「何を望む?」
「この先に港はないか? そこからなら船で国に戻れる」
蛹がぐにゃりと動き、部下たちは警戒を強めたが相手は何の警戒もなく声を発した。
「主を説得できるのなら、それも叶うだろう。しかし気をつけろ、主は争いを好まないのではない…他者の束縛を最も嫌う自由を愛する方。気分を損ねればその頭と同じことになるぞ」
「感謝する。無作法なふるまいをするつもりはない」
蛹は道を開け、部下たちは緊張しつつその横を通った。レオンと蛹、お互い警戒こそしなかったがどれほど驚異的な存在かは理解し戦うべきではないと判断した。




