第二十六話 処刑命令
レオンはいつも通り裏口を利用して王子のいる執務室に向かった、姿を誰にも見られないように気配を消してミルバスと合流する。
「来たか」
入ると王子が言った。サビヌス家の当主はレオンの姿を見て驚いたがまずは跪いて喜びの言葉をかける。
「まず御帰還されたことをお喜び申し上げます」
顔見知りの子供の不幸に複雑な感情があったにせよレオンの事をすでに当主として見ていた。話はすでに聞いていたはずだが動じないようにしている様子を見てレオンは少し安心した。騒がれるのは面倒だったからだ。
「かしこまった挨拶はいい。騎士団には迷惑をかけた、騎士として働くには早いが責任は果たさせてもらう」
サビヌスは王子に顔を向けた。
「よろしいのですね? 報告よりひどいお姿をされていますが……」
「彼なら大丈夫だ。好きに動かれるよりマシだろう?」
ちくりと刺すように言う王子にレオンは呼んだ理由を尋ねた。
「断頭地区に逃亡した殺人犯を追ってもらう。一般市民を十人以上殺した凶悪犯だ、死刑宣告には私のサインもしてある。行って首を取ってきてくれ」
その命令にミルバスは拒否反応を示した。
「いきなり断頭地区へ行けというのですか!?」
「断頭地区へ逃亡した殺人犯を追えるのは今のところ彼だけだ、騎士として犯人を逃がしたままにはできないだろう」
「わかりました、向こうで確認したいこともあるのでちょうどいい」
やる気の満ちるレオンに王子はくぎを刺す。
「ただし、標的以外は殺さないこと。向こうで暴れたりしないでくれよ」
「それは、状況によります。危険な場所ですから」
「それを何とかするのも君の仕事だ。騒ぎを起こして向こうの感情を逆なでるようなことはまだ避けたい。奴らが王都に刺客を差し向けるようなことになったら誰に害が及ぶか分からない、向こうの人間に接触して出方をうかがえば作戦を立てるための情報も増えるというものだ、だからむやみに刺激しないでくれよ」
「お考えは分かりました、話の通じる相手がいればそうしましょう」
話が終わると急ぐようにレオンは部屋を出た、ミルバスは心配だったが止めようがない命令に胃が痛くなる思いだった。
「潜入している隊員に連絡できるか? 現地で合流する」
「無線を持たせているので問題ありません。しかしその前に武器が必要ですね」
騎士団本部にあるベルルモンド家の武器保管庫に連れられた、目移りするほど多くの武器が並び、それが武器なのかどうかも分からないような子供のこぶし大の球もあった。
「戦時中に開発された武器もありますが、技術も失われてどうする事も出来ないのでここに保管しています。とても危険な兵器ですので触れずにお願いします」
うなずいてざっと見るとその中でひと際長い長剣に目が留まった。
「これは……」
「それは数百年ほど昔に作られた物らしく、かなりの業物でそれを持った者は人斬りに魅了されるそうですよ」
その逸話ですら魅力的に思え自分のためにあるようだとさえレオンは思った。
「迷信は興味ない、よく斬れるなら殺しにはちょうどいい」
扱いにくいだろう自分の身長よりも長い剣を選んだことは絶対的な自信と殺意の表れであった。滑稽にも見えるだろうその姿を見る者は様々な思いを馳せ死ぬことになる、それはレオン自身も例外ではない。死をもたらす者の終着点もまた死だからだ、それがどんな過程であれ。
この異形ともいえる姿を見てルプスは何と言うだろうとミルバスは過去に思いを馳せた。しかし虚しくなるだけだった、今、彼の息子のそばにいられるのは自分だけなのだからしっかりしなければと思い直した。
「シャモも連れていく」
ミルバスの同意も待たずにレオンはすたすたと進んでいった。
断頭地区に入るルートはいくつかあるがレオン達は正面から入ることを選んだ。山と海に囲まれた断頭地区には山間の平地が唯一の玄関口と言っていい。そしてそこはレオン達が脱出してきた場所でもある。
「本当にここから行くのですか? 別のルートもありますが……それに仮面も付けた方が」
「必要があると思うならお前だけでも付ければいい、さっさと行くぞ」
懐かしい門の前に立つと門番が慌てて鐘を鳴らし続々と人が集まって警戒の目を向ける。その中にはシェトランドを殺した男の姿も見えた。
「お前シャモか? ガキと騎士なんて連れてきてなんのつもりだ!」
群衆の一人が叫ぶとシャモはレオンに問いかけた。
「殺すか?」
レオンは悩んだがすぐミルバスが止めた。
「私が話しますから黙っていてください」
ミルバスは一人で前に出た。
「殺人犯がこちらに逃亡したので追いかけてきたのです。ここを通ったかは分かりませんが探しているのです、御存じありませんか?」
最初に喋った男は面倒ごとにならないように皆に尋ねた。
「おい! 門番をやってた奴で見た奴はいるか!」
誰もそれにはは答えず沈黙が流れた。
「誰も知らないらしい。残念だったな」
男は安堵していたがレオンは前に出る。
「なら、直接探させてもらう」
そう言うと皆が騒いだ。
「そりゃ無茶だろ、こっちだって広いんだ。人一人探しだせるわけねぇだろ」
「外から人が来れば人目に付く、そういう不審者には過敏だろう。情報を持ってないわけない、それとも知らされてないだけか? ここに居るのはのけ者にされた臆病者か?」
子供に挑発されると男たちは額に筋が出て苛ついた。
「ガキが……くだらねぇ挑発しやがって!」
男の一人が胸ぐらをつかもうとするとレオンは男の顔を殴りその衝撃に男は宙に浮いた。倒れた男にレオンは痛めつけるように片腕を切り落とした。男は痛みで悶え叫ぶ。
「騎士は簡単に人を殺せないんだ、だから襲い掛かられてもこうやって痛めつける事しかできない」
シャモに説明するように話しつつ男の頭を踏みつけた。さっきまで怒っていた男たちは驚いて静まった。
「お前ら本当に知らないのか…? もし俺たちを舐めてるなら何人か腕か足を切り落としてやろうか? 隠してるなら今話せ、さっさと出てってほしいだろ?」
「おい、こいつ何を言ってんだ。いいのかよお前保護者だろ!」
皆、怯えてミルバスを責めたがミルバス自身も戸惑っていた。しかしこちらが主導権を握れているのは好都合だと冷や汗をかきながらレオンに乗った。
「あなた達はそういう日常を生きてるんでしょう? なにを怯えてるんですか」
レオンの殺気が向けられると集団は実力差を思い知った。
「まっ…待て!」
集団の後ろにいた一人が前に出た。
「俺が門番をしてる夜中に男が来た。探してる奴か知らないが南東に向かわせた」
「そこに何がある」
「矛先の街がある。イラって組織が指揮ってるとこだ」
「?……お前はそこの組織の人間か?」
「ちがう…面倒なことは他の組織に押し付けるよう言われてる」
「てめぇ! なにしてくれてんだ!」
イラの男が怒声を発し取っ組み合いの喧嘩が始まった。レオンたちは無視して東に足を向けた。
「知ってる街か?」
シャモに尋ねると投げやりな返答が帰ってきた。
「あたしがいたのはもっと北の方。矛先の街ってのは勢力の端っこにある街って意味、理由が無きゃ来ない所だよ」
数時間道なりに歩けば街に付いた、怒りが支配する組織、その言葉通りこの街の空気……人々の纏う感情が自分と近しいものをレオンは感じていた。街に入ると三人はすぐに囲まれた。
「お前らか……向こうから来た騎士ってのは。ガキの癖に手が立つらしいじゃねぇか」
身長が二メートル以上ある大男が唾を飛ばしながら詰め寄ってくる。
『連絡する手段は持っていたか……しかもバカが来たな』
直情的だろう相手の性格に暴れる理由になるとレオンは挑発する。
「わざわざ逃亡犯を連れてきてくれたのか? それとも媚びを売りに来たのか?」
「んなわけねぇだろ、ボケ。なにが目的か聞きに来たんだよ! 人の家に土足で入りやがって、まさか騎士様が失礼を働くような道理知らずとは思わなかったぜぇ」
思惑通り相手は青筋を立てる。もう少し煽れば相手から殴りかかってくるだろうとレオンは続けるがミルバスは内心慌てていた。
「向こうの奴らから聞かなかったのか、人を探しに来たんだ。話も聞かずに人を集めたのか? お前みたいな奴に付いてくる奴がいるとはな、全員お前以下のバカか? ゲロみたいな脳みそをしてそうだな」
「口の悪いガキが教育を受けてるからってバカにしやがって! 学ぶ場所がないんだから当たり前じゃねぇか! さっきからクソみてぇな答え受けしやがって! ちょっとはまともに会話しようって気はねぇのか」
「自分が会話できてると思ってるのか? さっきから言葉が間違いだらけだ、まともに使えない脳みそを使おうとして失敗してるぞ」
「てめぇー!」
大男がついに切れてこぶしを振り上げた。それを振り下ろす短い時間の中でレオンはこの様子を見ている男に気が付いた。体を横にずらし簡単に避けるがレオンはその男と目を合わせて大男の事はどうでもよくなっていた。大男は避けられた怒りで頭に血が上り吠えるが後ろから聞こえた煽る声に振り向いた。
「何見てんだてめぇ」
「見世物を見に来たんだよ。馬鹿の踊りは見苦しくて楽しいねぇ」
無精ひげを生やした男に馬鹿にされると大男は怒りで顔を真っ赤に染まった。
「お前こいつの仲間か」
レオンは大男を無視して尋ねる。
「仲間って言うほど強固じゃねぇようちの組織は。偶然同じ場所にいるだけだ」
髭の男も無視して返す。仲間意識がないのは好都合だとレオンは考えた。
「見た目通りの木偶の坊か。仲間にもそう思われてる」
「仲間じゃねぇって言ってんだろ!!!」
大男は髭の男に雄たけびを上げながら向かった、それに対し髭の男はすかさず腹と顔に蹴りを連続で入れ、あっけなく地面に沈めた。大男が倒れると周りの仲間は抱えて逃げていった・
「馬鹿だから会話が出来ねぇんだな」
「外から男が来たはずだ、どこに行った」
「そいつならうちにいる、昨日捕まえたからあんたらが探してる奴だろう。ばらして商品にしようとしたんだがまだ五体満足だ。ところでよ、騎士が探してるって事はそいつは犯罪者か? 向こうじゃ法律ってのがあるんだろ、どうするんだ?」
「そいつは殺人犯で死刑判決が出た」
そう聞くと髭の男は驚いた様子で上擦った声になった。
「ってことは殺しに来たのか……なんだよ俺らとたいして変わんねじゃねぇか。なるほどねぇ、どうせ殺すなら体はくれねぇか? 首だけ持って帰ればいいだろ?」
突然の提案にミルバスが怒りをあらわにした。
「何を言ってるのですか! そんなことに同意する理由などありませんよ!」
レオンは手を上げ制止するように合図を出す。
「たしかに…殺して来いと言われただけだ、首だけ持って帰れば確認は取れる。だがなぜその話に乗らなきゃいけない」
「俺たちはよぉ、相手が国だからってなめられるわけにはいかねぇんだよ。街の人間全員と殺し合いするのと無事に帰るのどっちがいいって話だガキ。さっさと選べ」
男は突然語気を強めて脅す態度を取った。その様子にシャモが耳打ちする。
「本気だと思った方が良い……向かってくるなら殺す理由になるよ」
レオンがにらみつけると場の空気がずしんと重くなり背筋が凍る。
「こっちは別に皆殺しにしたってかまいやしないぞ」
纏わり付いた血がぐしゅぐしゅと騒ぐ、自分に賛同してくれていると思うとレオンは喜んだ。剣に手を伸ばそうとした時、ミルバスがその手を掴んで止めた。
「分かりました。首だけでいいでしょう。ただ、手を下すのは私達です。男の場所まで案内してください」
勝手な判断に咎めようとしたがミルバスの目は必死だった。レオンは仕方なく剣から手を離した。




