第二十五話 家業
王都に二つある刑務所、その一つは外界から隔絶するために塀で囲われている。常駐している騎士たちの緊張感が全体に漂いそこに囚人たちの鬱屈した視線が混じり合い、閉塞された空間に独特の空気感を漂わせている。案内された部屋に入ると無機質な小部屋にぽつんと断頭台が置いてあり床に染み込んだ血が唯一人の熱を感じさせる。
「本来なら騎士になれるのは十五からだが…三年は長すぎるだろう。家業からやるといい」
「家業とはこれの事ですか?」
断頭台を見て言った。レオンは少し驚いていたが動じる理由はなかった。王子はミルバスに説明するよう目で合図だす。
「レオン坊ちゃま……」
ミルバスが悲し気に名を呼ぶとレオンはぴしゃりと言う。
「レトゥムと呼べ。レオンは死んだと思えばいい」
「……はい。レトゥム様…ここには死刑囚が収監されています。家業とは処刑の事です。あなたには今から処刑部隊を率いてもらいます」
「父もしていたのか」
「はい。戦後、レオン様の祖父であるベルルモンド家当主が汚れ仕事を自ら請け負い、その時に処刑部隊が編成され現代まで引き継がれているのです。墓場にある名の無い墓石をご存じですね。そこは刑を執行された罪人の入る墓なのです」
「そうか、墓地をわが家が管理していたのはそういうことか」
「処刑をベルルモンド家が管理しているのは秘匿され騎士団全体でも知っているのはごくわずかです。私も父君の補佐ということになっていますが処刑部隊の一人で、ほかに四人いますが彼らの説明は後日」
「ベルルモンド家が死刑執行を担っているのは分かった、処刑するのは構わない、殺しなど今更だ……死刑囚は何人いるんだ? さっさとやってしまおう」
今すぐにでも全員を殺しそうなレオンを王子が止める。
「まぁ、待ちたまえ。家業を継ぐというのはそれだけではない、この王都の守護も重要なことだ。君には守護と闘争、その両方をやってもらう。ルピナスもクラルスもいるのだ、断頭地区ばかりにかまけないでくれ」
「断頭地区はどうするのですか?」
「今は情報を集めている所だ、すぐには変えられないことを覚悟しろ。それまでは私が与える仕事をこなせ、殺しも必要なら私が許可を出す、それまで勝手に殺すな。明日、ミルバスから詳しく説明させる。今日はもう休め」
レオンが去った後、王子は大きくため息を吐いた。
「ふぅ……あんなにも恐ろしくなってしまうとは……」
「坊ちゃんが……ああなってしまうなんて。私はどうしたらいいのでしょう」
ミルバスはこらえきれず涙を流した。
「泣くな。どうしたらいいかなど誰にも分からん、取り合えず…暴走しないように見張るしかないだろう。これでは余計にクラルスとルピナスに伝えられなくなった」
レオンが外に出ると夜風が吹く街灯の下でラニウスが待っていた。
「待ってたのか?」
「ああ……おめぇにあの町について話しておこうと思ってな」
ラニウスの声は残念そうだった、街灯にもたれかかり悩ましげに自分を見る視線にレオンは煩わしさを感じていた。
「あそこの人々はまるで死刑囚だな」
淡々とレオンは言った。
「まぁ……そうとも言えるな。あそこに住んでるのは向こうで殺し合いの日々に疲れて…疲れ切って生きる意義も見失って脱出した人たちだ……だからってそんな奴らを国に住まわせるわけにもいかない、この国の法律で向こうの人間を裁く権利もない、だから女王はあの町を作った。ただ穏やかに暮らせるように、だけどな…あいつらは待ってるんだよ…殺される日を」
ラニウスは少し苦しげだった。
「結局……なかったのか…」
ある意味で最も残酷かもしれないとレオンは考えた、光のない人生だと気づかせるのは。
「初めて穏やかに生きて、考える時間が増えるとある時みんな気づくんだ。自分がやってきたことは意味がないと、必死に生きようとしたのにその先には何もない……ハナっから生きてるわけじゃなかったんだと……それがわかっちまうとせめて何か生きた意義を残したいと思うんだ、そうして最後に願ったのが罪滅ぼしだよ。復讐でもいい、人の役に立てるならそれでいいと待ってるのさ……」
「それで、シャモに自分を殺させたのか…あの人は」
「あいつを殺したのは俺だ、俺もあいつらと大して変わらない。部隊を離れてもまだ処刑を続けてる、今進もうとしてる道はお前が前まで目指してた道とは違う、本気で進む気か?」
珍しく弱気な声を出すラニウスに初めて心の底にあるものを感じられた気がした。自分も戦っているなら何と返されるか分かっているだろうに聞かずにはいられなかった迷いは晴らしてやらねばならない。
「元々、逃げられない事だった。処刑人の家に生まれたんだ、祖父と父が背負ったなら俺もやる。誰かがやらないといけないことだ。あんたももうやめてもいい、俺が引き継ぐ」
「馬鹿野郎……お前のじいさんに頼まれたんだ、あの人のためにも戦わなきゃならねぇ…もう生き残ってるのは俺だけだ…最後までやるさ」
お互いの決意を確認するとラニウスは去っていく、言葉を残して。
「俺たちは戦わねぇといけねぇ運命さ、死ぬまでやろうや」
レオンは少し夜の街を散歩した後、両親の墓に足を運んだ。夜風に髪を揺らし墓石の冷たさを手で感じながら、墓石に座って寄りかかり目を瞑って眠りに付いた。
翌朝、レオンはミルバスと共に牢屋に入れたシャモの下に訪れた。少しやつれて疲弊している様子のシャモは中に入って冷たく見下ろすレオンをにらみつけた。
「断頭地区の情報が欲しい」
威圧的な雰囲気にシャモは目を逸らし緊張する自分を誤魔化そうとしていた。
「なんの情報だ……」
「勢力図を作りたい。どんな組織がいるか、何をしているか、縄張りや組織同士の関係性……個人で街を支配してる奴もいたな、どんな情報でもいい。知ってることを話せ」
「あたしが話せるのはあの地域の一部だけ。全容を知ってる奴は多分そう多くない……皆、生きるのに必死で…悪党ほど生き急いで世界の事なんか興味を持たない。商売で関わることはあってもそれ以上は近寄らないよ。自分はいつか誰かに殺されるって分かってるのさ…だから欲望を叶えるのにどいつも必死になってる。これからあいつらがあんたに殺されるかと思うと笑えるね」
ぶっきらぼうに答えていたシャモは想像して笑った。二人は黙って続きを話すのを待った。
「あたしがいたイラの…組織の事を話してやる。あたしが組織に売られたのはあんたぐらいの歳の頃だ…元々はイラとは関係ない地域に住んで父親と一緒に暮らしてた。でも親父があるバカに負けて殺されるとあたしはすぐに商品になった……教授に値段を着けられて連れまわされてばばあに買われた。どっかで娼婦にでもさせられるのかと思ったけどあたしを買ったばばあは怒りに満ちてた。イラの連中も…同じように、一緒に買われた奴らも…あたしも、皆。ばばあは組織の団員であたし達に命じたのはただ一つ、怒りを発露しろ……それだけだった。怒りに満ちた街で暮らしてると弱い奴は格好の的だった。道を歩いてれば誰かに殴られ、組織の雑用をしてれば下っ端のストレス解消に殴られる。私たちは暴力が日常になった、なめられたら殺せがばばあの口癖だったよ、武器の扱いも叩きこまれた。あたしたちが街に染まった頃合いでばばあは自分の仕事を手伝わせるようになった、と言ってもただのゴミ捨てで袋に入った反吐の匂いのするゴミを焼却場に運んで放り込みに行くだけ……中身が人間の死体だと知ったのは何年も後になってからだった」
話をしているときのシャモは望郷の思いを表情に出していた。いい思い出などあるのだろうかとレオンには疑問だった。
「その死体はどこから出てきた?」
「人をばらしたその残骸。イラはトリスティスって組織と取引してた。あんたが皆殺しにした奴らもそこの下部組織だ、あの連中はいつも実験体とその部品を欲してる。その時必要な部品だけ切り取って取る物が無くなったらゴミ箱行き」
聞いていたミルバスは残酷さに顔をゆがめた。
「犠牲になった人はやはり子供達ですか?」
「いいや、ガキだけじゃない。なめられるような奴はばらされる、組織の人間だって同じさ…ある意味平等だよ。よく勝負に負けた奴が部品を取られてた、あたしも内臓をいくつか取られた」
服をめくり腹の傷跡を見せた。
「その街の場所を地図に記せ。その後は牢屋でおとなしくしてろ」
立ち去ろうとするレオンにシャモは声を荒げた。
「待てよ! あたしも連れてけ、ここで死ぬなんて冗談じゃない。だったら戦って死ぬ!」
この怒りは何のためのものなのか……疑問があったとしてもどうでもいい。レオンにはシャモの死に方など知った事ではない、こちらの役に立つならそういう死に方をすればいいと冷たい視線を送った。
「お前がそうしたいならそうしろ。戦う時が来たら呼ぶ、それまで待て」
冷血なレオンの後ろをついて歩くミルバスは恐る恐る尋ねた。
「死にに行くのを止めないなんてなぜです?」
「生きる場所を用意できないなら死に場所を用意してやるしかないだろう。それに死んだからなんだというんだ、それよりほかの隊員はどこだ」
ミルバスはまた泣きそうな顔をして感情をぐっとこらえた。
「断頭地区に潜入中ですが呼び戻しています。今日か明日には到着するかと、それよりも王都の守備について考えていただかないと」
精一杯取り繕ってミルバスは声を出した。
「王都は平和だろう、何か考える必要があるのか?」
「当然です! 平和に胡坐をかいていてはすぐに治安は悪化します。まず騎士の仕事を知ってください」
そう言ってレオンを街に連れて行き騎士たちが市民から話を聞く見慣れた光景を見せる。
「街が平和と思えるのは騎士たちが信念に従事しているからです。陛下や先代から受け継いだ思いを、お父上がそれを示していたから皆も守り続けていくのです。レトゥム様は生まれながらに受け継いでおられますから、その心で行動すれば騎士たちの道しるべになるというものです」
から元気なミルバスの様子にレオンは内心で呆れた。いずれ現実を受け入れるだろうと彼の心を無視した。
「何か騒がしいな」
大通りに進むと騎士達が周りに目を配らせ何かを警戒していた。
「……今日は姫様が街に降りられるのでその警護です」
「……そう…か、邪魔になってはいけない…離れるぞ」
その時、ミルバスを呼ぶ大きな声が聞こえ騎士が慌てた様子で近づいてくる。
「ミルバス補佐! お待ちを」
「どうした。護衛に問題か?」
先ほどとは違いしっかりとした態度で答えた。
「いえ、殿下がお呼びです。あの…こちらの子は?」
騎士は制服を着た見慣れない子供に戸惑った視線を送った。
「気にしなくていい、ラニウス様から世話を頼まれたのだ。要件を話せ」
騎士は驚いた様子だったがすぐにレオンから目を離し好奇心を抑えた。
「はっ! サビヌス家の方がお見えなので緊急の要件と思われます」
サビヌス家は地方の騎士を束ねる貴族の一人、それが王都に来たことにミルバスの顔が険しくなる。
「電話ではなく直接来られたのか?」
「はい」
「分かった、すぐに行く。下がっていい」
騎士は下がった後、ミルバスは悩ましい顔で言った。
「レトゥム様もご一緒してください……多分そう言うことでしょう」
「ああ」
二人は王城の王子の下に向かった。向かいから騎士たちに守られながら歩てくる姫とすれ違う瞬間レオンはただ彼女に見惚れてしまった、そしてそんな気持ちの湧いた愚かな自分を蔑みながら目を逸らし過去の思いを振りほどくように前を向いた。




