第二十二話 滅私咆哮 ①
「一度でもあんたのその顔をゆがめてやりたいと思ってた、次はあいつを殺せば少しは苦しみを感じるか試してみようか?」
挑発するシャモに全く意に介さず教授は見下すようにあっさりとした様子で返す。
「やってみたらどうだい、私を殺す方が確実だと思うが」
何の警戒もせず教授はシャモとすれ違い手紙を読みに行った。シャモはレオンの所に戻ると二人ともいなくなっていて、辺りを見回すと道の先からレオンがとぼとぼと歩いてきていた。
「遺体は騎士の詰め所の前に置いてきたよ……」
ぼそりと言ったレオンはずっと地面を見ていた。その姿にシャモは銃を向けた。
「そんなに苦しいならあんたも死ねば」
ひどく静かで試すような口調にレオンは首を横に振った。
「駄目だよ……まだ誰も救ってあげてない…まだ駄目なんだ」
「それがあんたの生きる目的?」
レオンを見てシャモは得体の知れないものを感じた、今まで出会ったことのないものにある種の嫌悪感を感じた。
「素晴らしく魂だと思わないか? 持って生まれた輝きは薄汚れても失うことはない」
二人が振り向くと教授が手紙をもって何やら興奮している様子で近寄ってくる。
「だから試してるって? 異常者の思考が理解されると思うな」
シャモはレオンに銃を向けたまま不快感をあらわにする。
「行動というものは理念や覚悟で行われるものだ、私の全ては彼の成長によって完成する。君にも糧になってもらおう」
意気揚々と教授はレオンの前に立ち、シャモの銃を払いのけた。
「レオン、彼女は素晴らしい手紙を残してくれたよ。君も読んでみたまえ、君のための遺書だ」
「死んだ? どうして!」
「殺したのは彼女だ、理由は何だいシャモ?」
高揚した気分のまま教授は尋ねた。
「生かしてどうするんだ、心が死んだ奴に必要なものをくれてやっただけだ」
何の罪悪感も感じていない態度にレオンは声を荒げた。
「だから殺した?! 彼女は混乱してただけだ! 落ち着けば生きる気力だって沸いてたはずだ! 今だけ見て勝手に判断していいはずがない! 救ってあげられたはずなんだ!」
悲しみまじりの声色で苦しむレオンにシャモは苛ついたが言い返すことはしなかった。純粋な苛立ちではなかったからだ、だが何が混じっているのかそれも分からず不愉快さが顔をゆがめた。
「その答えはここにある」
遺書を差し出されるとレオンは手に取って広げた、クリケトの感情が書き殴られた筆跡は震えていて恐怖に怯えていた様子が読む前でも手に取るように感じられた。
『教授、私はもう無理です。レオンの目を見て全部わかりました…未来に絶望しかないことに、狂った人生を生きていても…苦しみしかないことに彼の暗い瞳を見て気が付きました、あの目を知ってしまったら私はもう生きられません』
レオンは声にならない叫び声を上げ打ちひしがれた。
「レオン、彼女は君から逃げようとしたんだ。追ってくる絶望に塗れた者からね。君は立ち向かえるかもしれないが他は……違う」
「もっと早く気付くべきだったんだ……救われたこともないくせに人を救えるはずなかったんだ」
教授はじっとレオンを見守った、どう立ち上がるのか楽しみながら待っているのだ。その様子にシャモは銃を再度構えてレオンに向けて弾丸を発射しようとしたが横から石が飛んできて払い落された。相手を確認する前にしっぽがシャモの体に巻き付き動きを封じられた。
レオンの思考は完全に止まり、これ以上はないと思っていた苦しみが想像をゆうに超えて訪れまるで水に沈められたように窒息しそうだった。真っ赤な血の沼、心の破片が沈んだ底に引きずり込もうと生暖かく体に纏わりつく返り血が顔に登ってくる。
手の血が、心の血が自分に死を求めてくる。しかし血の中から声が聞こえた……生きろ生きろと聞き覚えのある声が聞こえて次々に声は変わっていく。レオンには何を求めているのか分からなかったが、肉体が精神に反して動きレオンは立ち上がった。
「素晴らしいよレオン、そのあきらめない姿勢。とても狂ってる」
自分の存在の正常性などとうに分からなくなっていたが狂っているという言葉は不思議と受け入れられた。
「そいつを殺せ! 殺さないとまた犠牲が出る!」
シャモが叫んだ。言われるがまま背負っていた剣に手を伸ばしたが震えてまともに構えることは出来なかった。それでもレオンは剣を振り下ろそうとするが後ろからしっぽの男に剣を掴まれた。
「そんな力で人は殺せん。あの時はもっと容赦がなかったぞ、もう何人も殺しただろう? 父親ですら殺したお前だ、何をそんなに恐れてる? 悪党を殺すのと善人を殺すことに差でもあるのか?」
違いなど何もなかった、恐れているのは殺すこと……それでも剣を握ろうとしているのは狂っているからなのだろうか。剣は簡単に手から抜けて投げ捨てられ。幻聴が耳元で選べとつぶやいた。
「どうしてみんな…簡単に選べるんだ……」
「なら聞いてみるといい。この先には旧街道があってね断頭地区に続いてる、その先にある施設にアシヌスを売った組織がいて、他の子もそこにいる。聞く相手としてはちょうどいいだろう。ちなみに私は自分の能力を最も生かせる方法を選んでいるだけだ」
教授達と旧街道を抜けて施設に着くと組織の人間たちが不愉快そうな表情で出迎えた。教授はそんなことを気にも留めずシャモを差し出し、組織の一人が止める間もなく注射を打ち込んだ。
「何を…打ったんだ?」
レオンがか細い声で聞く。
「麻痺薬だよ、今は彼女の事はどうでもいいだろう? 目的があって来たのだから集中した方が良い。どの道、今の君ではどうする事も出来ないのだから。彼らは私を中に入れる気はないようだから…結果が見られないのは残念だが、次に会う時を楽しみにしているよ」
教授達は去っていくが教授の言う通りそれを止める力は今のレオンにはない。




