第二十話 家畜に死に方は選べない ①
道も分からない町をアシヌスは走り、さっきの女性が目に入ると立ち止まった。そこは商店街で、ベンチに座っている店主とその前にラニウスが立って何かを話しているようだったがアシヌスの様子を見ると会話をやめ。アシヌスは女性に向かって行くと叫ぶように尋ねた。
「あんたも殺しに来たんだろ、怖くないのか…なんでそんなに落ち着いてるんだ?」
短髪の女は鋭い目つきでアシヌスを見下ろし冷たく淡々とした声を発した。
「私とあんたは違うよ、私は自分の意志で来たんだから。そのために顔も見たくない異常者に頼んだんだ。くだらない質問なんかしてる場合じゃないだろ? さっさと殺しに行かないと死んじまうよ、体に何か仕込まれてるんだろ? 他人の命なんて何の価値もないのになにを怖がってるんだい?」
それは決してなれない精神だった。理解されるはずもないと分かっていたはずなのにアシヌスは苦しみを吐き出さずにはいられなかった。
「怖かったんだ…殺すってことを考える間ずっと怖かった……でもレオンの顔が浮かんで、諦めたらすごく楽になったんだ…だから会いに来ちまって…でも…来るべきじゃなかった。あいつに変えてもらおうなんて…覚えててもらおうなんて自分勝手すぎたんだ」
そんな少年にラニウスが近づいて肩に手を添えた。
「おめぇは立派だよ、自分の命を犠牲にするなんてできるもんじゃない。最後まで他人の事を考えられるいい人間だ。レオンの事を考えてくれてありがとうよ、今のあいつにはちょっと……重すぎるんだ。これ以上誰かが死ぬ姿を見せるわけには……」
その言葉がアシヌスの燃え尽きていた勇気に火をつけた。
「そうだよ…そうだ…このまま終わったら。あいつのたくらみを防がないと、手紙の場所に行かないと……!」
アシヌスは使命感に駆られて走り去り、三人はそれを見過ごした。慌てた様子でレオンが来ると何事もなかったように振舞った。
「アシヌスが来なかった?」
「もう行っちまったよ。お前は一旦家に帰んな」
「どこに?! 何か言ってなかった?」
今にも飛び出していきそうな様子にラニウスはそっけなく返す。
「いや、走り去っていったよ」
ラニウスの表情はピクリとも動かなかったがレオンはそれが嘘だとすぐにわかった。確証など何もないがそう感じたのだ。しかしそれを口に出すか迷った、答えてはくれないだろう。後ろからティトが来た。
「レオン、とりあえず帰りましょう。ひとまず彼の事は騎士にお願いしておきますから」
後ろ髪をひかれつつもレオンは一先ず戻った。
店主はベンチに腰を下ろしたまま息を吐いた。
「今日に限って騒がしくなるなんてな、すんなりと行かないのは最後までか…」
「すまねぇな…こんな日になるとは思いもしなかった」
「謝ることじゃない、先の事なんて分かるわけないんだ。思い通りにならなかったからこそ…ここにいるんじゃないか」
「そうだな……俺たちの人生は何一つ思い通りにならねぇ……いや…そんな奴は存在しないか……」
ラニウスの目は寂しさを語っていた、乾いた心に冷たい風が抜けていき干上がらせていく。この瞬間になるといつもその風が吹く、そして風に向かってなけなしの言葉をかけ、何かを紛らわせる。店主も友人と呼んでいいのかも分からない相手の寂しそうな声色に空を見た。
「あの子はお前と似てるよ……あきらめずに助けてやれ」
「似ちゃいねぇよ。俺よりあきらめが悪い」
少し無言の時間が流れ店主はそっけなく告げる。
「さっさと終わらせよう、最後になって長話なんてすることじゃない」
ラニウスは小さな声で同意した。
「お嬢さん、この男があなたの父親を殺した。間違いないな?」
ラニウスはかしこまった口調で尋ね、女性はやっとかと一歩近づいた。
「ええ、そう。はっきりと覚えてる、あたしの事は殺さなかったから。あなたの事は売られた後に教授に聞いたわ、殺し屋だって。父もそうだったんでしょ?」
女性の声に憎しみの色はなく淡々とした口調で話していた。
「さあな……分からんよ、多くを殺しすぎた…もう誰の顔も覚えちゃいない。殺した事実だけが俺の中に残ってるだけだ」
店主はずっと空を見ていた。
「あんたの事は別に怨んじゃいない。生きるためにリストを作った、生きるには目的がなきゃ始まらない。あんたはそのための第一歩。だから殺しに来た」
「理由なんざ今更どうでもいい」
燃え尽きた灰のような様に女は内心で見下し、一つ尋ねた。
「最後に聞くけど……今日まで生き残って満足した?」
「いや、なにも……」
その言葉を聞くとラニウスは下唇と少し噛み、哀れな命に祈りながら銃を構え、告げた。
「断頭地区で生まれた人間にこの国の法律は適応されない、だが裁かれることを望む者には女王の名をもって終わりを与える。終わりが安寧をもたらすと信じて、罪を犯さざるを得なかった罪人に安らぎを与えたまえ」
静かに銃声が響き、一人の男の人生の幕が閉じた。女性は表情一つ変えずに手帳を取り出すと書かれていた文章に横線を引いて消した。
破裂音が町に響きレオンはその音に立ち止まった。聞き覚えのある音に胸騒ぎがしたが思い出せずティトに急かされるまま帰路に就いた。
その夜、レオンが部屋で地図を確認していると窓が突然ノックされた。見ると外にはさっきの女性がいて手招きしている。窓を開けると彼女は窓に飛び乗りヘリに座った。
「あんたさぁ、あの異常者の言うとおりにすんでしょ?」
唐突な彼女の表情は利用してやろうといういたずらな目つきだった。
「何の用?」
レオンは静かに返す。
「地図の町に行くんでしょ? あたしと一緒にあの異常者のたくらみを潰さない?」
予想外の提案にレオンは目を見張った。
「あいつとはどういう関係なの?」
そう尋ねられると彼女は不機嫌な表情になり悪態をつくような口調で話した。
「昔あいつに売られただけのわかりやすい関係。こっちに来るのにあいつに協力してもらったけど、親しいわけでもましてや仲間でもない。もし協力してくれるなら、あんたの友達がどこ行ったか教えてあげる」
「どうして知ってるの?」
「あのじじいは隠してたけど、去り際に言ってたのよ。どうする? 行くならじじいたちには黙って出てきな、うるさいのはごめんだからね」
少し悩んだ後、窓から飛び出し名を尋ねた。
「シャモ、名前なんかどうでもいいさ。どうせ短い付き合いだ」
翌朝、机には置手紙が置いてありそれを見たラニウスは頭を抱えた。
「すぐ追いかけるぞ」
アシヌスは血走った眼をしきりに動かして田舎町にいるはずの子供を探し回っていた。心の余裕も無くなりつつも、顔は知ってるはずだ、だからレオンより先に見つけなければ……早く、早く。と何度も何度も頭の中で言い聞かせて平静を保っていた。
そして町の外れにつくと小高い丘の木の下で一人もたれかかっている少女を見つけた、名前は確かヒルクだったとアシヌスは記憶を呼び起こし、駆けだした。そして目の前に止まると彼女を心底驚かせた。
「なんでこんなところに……!?」
硬直して追いつかない頭で彼女はそう口を開いた。
「ここから連れ出しに来た、教授が君を使って何か企んでる」
詰め寄って肩を掴むと彼女は怯えた。
「何の話?」
「教授から手紙が来たんだ、レオン宛に! 君をレオンに会わせるわけにはいかない!」
鬼気迫るアシヌスの迫力に体を強張らせながら彼女はレオンの名に心が揺さぶられた。
「レオンに……? なんで来るの…来たってどうしようもないのに」
「そういう奴なんだよ! だからレオンが来る前にここを離れてもらう」
アシヌスは腕を引いたが彼女は抵抗する。
「無理よ! 父親が……いるから…」
「父親? どうして家族の所に戻れてるんだ? 何をやらされてる?」
彼女は口をつぐみアシヌスは問い詰める。
「教授に何をやらされてる!」
そう叫ぶアシヌスの後方から男の声がした。振り向くと目に隈のある中年男性が疲れた顔をアシヌスに向け虚ろな目でじっと見ていた。
「その子に何の用だ?」
その声はとても低く、力もない声量の不気味さにアシヌスはたじろいだ。
「お父さん……」
「知り合いか?」
父親の問いに娘は怯えるようにうなずいて緊張した様子だった。
「うん」
「そうか…そうか……向こうで知り合ったんだな……家に来てくれないか」
知り合いだと分かったとたんに父親は目の色を変えた。
「おっお父さん! 彼はあまりゆっくりしてる時間はなくて!」
「私は彼と話がしたいんだ、少し向こうへ行っててくれないか。君には聞きたいことがある、時間がないならここで話そう」
彼女は縮こまってしまい、父親はアシヌスの肩を力強く掴む。逃げられそうもない雰囲気にアシヌスは頷いた。だが娘が少し待ってほしいと言うとアシヌスの腕を引いて父親から少し離れた。
「向こうで何があったかは言わないで……お願い。あなたの言う通りにするから…」
必死な言い方だった、アシヌスも口にしたい過去ではないのは同じで静かにうなずいた。
「レオンに見つからないようにどこかに行け」
走り去る娘を父親はどうにも悲し気で苦し気な表情で見ていた。アシヌスには親の感情は分からないものだったが気にするほどの優しさも心になかった。




