第十八話 療養地
レオンはラニウスに連れられとある町に来ていた、山向こうに断頭地区がある国境近くの小さな田舎町だった。
「あまり良いとこじゃねぇが、お前の身分を気にする奴はいない。すこしは落ち着けるはずだ」
良いところではないという意味がよくわからなかったがレオンは考えることはしなかった。これから住む家は町の入り口近くにあり町の案内は後日しようとラニウスは言った。家に入ると二人の男が出迎え同居人だと説明された。
「初めまして。私はティト・アルバ、これからは私があなたの主治医になりますからよろしくお願いしますね」
眼鏡越しに見える彼の目は悩ましげだった。治療がしたいとは思わなかったがレオンは頷いた。
「俺はボルド・イグル。じいさんの町の管理を手伝ってる。死ぬまで一緒に暮らす仲になる、よろしくな」
「よろしくおねがいします…」
うつむきながらつぶやくように言うレオンにティトが近づいて身をかがめる。
「あなたの体の怪我はすぐに治るはずです…しかし心の方はかなり長い時間を要します、とりあえずあなたに必要なのは休息です。怪我が治るまではしばらく何もせず過ごしてください」
ティトは質素な部屋にレオンを案内した。あるのはベッドとタンス、窓にカーテンがかかっているだけ。
「必要なものは用意しますから言ってください。今日からここがあなたの部屋です。この薬を飲んで、ゆっくり休んでください。夕飯の時間になったら呼びます」
ティトは見張るように渡した一錠の錠剤を飲むまで待った、すぐには効かず飲み続けることが重要だと説明されると気が重くなった。一人になると纏っていたローブを脱いでレオンは横になろうとベッドの毛布を掴むと手から消えない血が手に触れた毛布やシーツを赤く染めて手を離すと消えていく。ひどい幻覚だがこれをティトに説明するのも気が進まずレオンはそのまま横になった。しばらく目を瞑っていると暗闇の中に死の映像が浮かんでくる。たまらず飛び起きてリビングに急ぐ。
「ティトさん……もっと…強い薬を……」
「あなたに飲ませたものも十分強い薬です、睡眠薬を飲んで眠ってください」
効果はすぐに出て肉体の疲れは薬の効果以上にレオンを長い時間眠らせた。それからレオンは毎晩、睡眠薬を飲むようになり微かな安眠を手に入れた。
何日安眠してもすぐに状態が変わるわけはない。そんな中、ボルトが町を案内するとレオンを連れだした。
「案内はするが、あるのは家と店だけだ。子供の遊び場なんかねぇ、あぁ…別に欲しくないか…ここには他に子供なんかいねぇしなぁ。どいつもこいつも辛気くせぇが気晴らしにはなるだろ」
町を歩くが会話もなくゆっくりと散歩のように歩を進める。舗装された道をかつかつと歩く音が静かな町に響く。町の空気が空虚になった自分の心のように感じて風が冷たい。
小さな町だと言っていたがあまりにも人の姿がない、大きな家もなく同じ形の小さな家が並びどの家からも活気が感じられずレオンは疑問に感じた。きょろきょろと歩いているといつの間にか商店街に出た。
店も大きな建物というわけでもなく小さい店舗が数店並び客の姿も見えない。しかし店の前の椅子に男が座っていてボルトは声をかけた。
「よう、調子はどうだ?」
無精髭を生やした男はそっけなく答える。
「この町に調子を変える要素なんかないだろ」
「そうかもな」
ボルトは入口の横に合った冷蔵庫から飲み物を取り出す、店主は後ろにいた子供に気付くとじっと見た。レオンも怪訝に男を見た。彼の目もまた心に傷があるようなそんな瞳に感じた。
「なんで子供がここに居る?」
「理由は一つしかないだろ」
「世界はいつも残酷だな、救いなんかありゃしない」
店主は肩を落として強く嘆いた。
「新しい客に暗い顔で接客するなよ」
ボルトは飲み物の代金をカウンターに置いた。
「ほらよ」
飲み物を差し出されるとレオンは驚きながら受け取る、握ったビンに手の血が伝って滴り飲む気が失せる。
「あっ…ありがとう」
「そのうちティトにお使いに出されるだろうから、店の場所は覚えときな」
「うん」
「ここにはくたびれた奴しかいない、穏やかに過ごすにはいい場所だ。静かすぎるくらいにな」
含みのある言い方に何を隠しているのか……この町に違和感を覚えつつレオンはビンの飲み物を飲み干しごみ箱に捨てた。
夕食の時間になるとラニウスはいつも酒を飲む、酔いもしないのに飲み続けて美味しいとも口にしない。
「なんにもねぇからつまんねぇだろう、子供が来る町じゃねぇからな…」
愚痴をこぼすようにラニウスが言った。
「今は…何をすればいいか分からないから……何もなくていい」
「欲しいもんがあったら店に言えば取り寄せてくれる。金の心配ならしなくていい、陛下に頼まれてるからな」
「うん……そのお酒、おいしいから飲んでるの…?」
ラニウスはグラスに入った酒を見て首を振った。
「いいや……昔の仲間が酒好きでな……そいつの代わりに呑んでる」
「そう……なんだ…」
彼の傷が垣間見えた気がしてレオンはそれ以上尋ねることをやめた。
「今は治療が先ですよ、体の怪我が治らないと何もできませんからね」
消えることはないだろう手の血をそれから何日も見続けた。夜も朝も昼もずっと、ベッドに横になり窓から空を見て、月夜を見て、花や木々を見ても何も癒されることはない心が、回復することもなく焦燥していく日々に疲れていた。
リビングに行くとラニウスが新聞を広げていてその見出しが目に入った。父の葬儀と女王が父の騎士団を率いることが書かれていた。ラニウスはレオンの目に入らないよう折りたたんだがそれは遅かった。
「ほんとは僕がやらないといけなかったんだよね…陛下じゃなくて」
「今は療養が必要だって言っただろ、それに子供じゃ何もできん。治ってから戻ればいい」
「父親を殺した人間について行きたい騎士なんているわけない……」
レオンは自らを嘲笑するがティトが励まそうとする。
「悲観的に考えてはいけませんよ、それにわざわざ余計なことを公にすることはないんです」
「もし話したら…ルピナスは一生僕を恨むだろうな…」
『きっとクラルスも……』
二人はかける言葉を持っておらず、出て行くレオンを見送るだけだった。
レオンはうつむきながら町を歩く……やみくもに感情の赴くまま。
『この先、生きてたって何にもならない。治るわけないないんだ……ここにいたって…逃げてるんだから。でもどうしたらいい? こんなにも弱いのに……』
「おい」
声を掛けられるとレオンははっとして顔を上げた。いつの間にか商店街の方に来ていて、店主とボルトが店前のベンチに座ってこちらを見ていた。
「寝てなくていいのか? 怪我してんだろ?」
「寝てるのは飽きたよ。なんにもならないから」
ボルトが少し考えるように一拍、間をおいて言った。
「とりあえず座れよ」
レオンは二人の間に座る、黙っているとボルトが口を開く。
「怪我はどうだ?」
「治ったよ、包帯も今朝取った」
少しぶっきらぼうにレオンは言った。
「そうか…落ち着いたら王都に帰れるさ。さっさとこんなところ出た方がいい」
「ここはほんとに静かだね…静かすぎて悲しくなってくるよ……でも僕はもうここしか居場所はないんだ……誰にも求められない人間だよ…………」
その言葉を聞いた店主が口を開いた。
「子供があきらめるな、諦めたくないから悩んでいたんだろう?」
「今までずっと頑張ってきたけど……自分で全部壊したんだ…みんな僕に期待してたのに……もっと強かったら…何かを変えられたかな? みんな僕に生きろって言うけど…何を望んでるんだろう…それとも諦めた方が良いのかな? そんなことを悩むのは図々しいのかな……?」
店主は立ち上がると店の中に入り何かを探し、それを見つけるとレオンに差し出した。
「それは俺には分からないが、子供があきらめるのを見たくはない。自分に何ができるのかは強くなってから考えればいいんじゃないのか?」
彼の手には古ぼけた剣があった、傷はうずくが差し出された思いに手が伸びる。手は震えながら剣を握ると何も考えられなくなったがずしりと重い感覚が気を張らせた。レオンは剣を握りしめて礼を言った。
「ありがとう。これがいい事なのか分からないけどやってみるよ」




