第一話 光の獅子
「坊ちゃまー! レオン坊ちゃまーー! ルピナスお嬢様ーー!」
中年の少しふくよかなメイドが館の前で困った様子で叫んでいる、広い庭を見渡しても子供達の姿が見えずに無意味にきょろきょろとしてどうしようかと頭を悩ませていた。メイドは気づいていないが少し離れた位置の地面の影がみるみる濃くなりドスンと音がして土埃が立った。その音に驚いたメイドが小さな悲鳴を上げ振り向くと子供たちの笑い声が聞こえた。
「ルピナス、もう一回行くよ。高い高い」
少年に抱かれた幼子は笑いながら手足をばたばたとさせる。少年はぴょんと力強くジャンプするとみるみる高く上がりその高度は屋敷の二階にまで達し、またドスンと音を立てて落ちる。
「お二人とも驚かせないでください!」
メイドは叱りつけたが驚いて声が震えていた、二人はまぶしいほどの笑顔でいたずらな笑い声をあげた。
「お二人ともお城に行く時間ですよ!」
「しまった、もうそんな時間! 急ごう、ルピナス!」
「兵士さんも門でお待ちのはずですよ」
「うん、ありがとう。カーラ」
抱きかかえたままレオンは走り門をぴょんと飛び出し立ち止まる。
「おはよう、シーヌ」
胸に抱いた妹を下ろして挨拶をすると続いてルピナスも舌足らずに挨拶する。目の前の騎士はほほえましさに笑みを浮かべる。
「おはようございます。では行きましょうか」
兄妹は車の後部座席に座りレオンは妹にシートベルトを着けた。シーヌの運転で城に向かう途中にレオンは前に乗り出す。
「シーヌ。お花屋さんによって行こう!」
そう言われた直後に車は止まった、目の前には花屋がありシーヌが運転席のボタンを押すと後部座席のドアが開いた。
「どうぞ、レオン様」
得意げに笑う運転手にお礼を言ってレオンは飛び出す。少年の姿が見えると店主の女性は華やかに笑った。
「まぁ! レオン様、ルピナス様。この間はうちの息子を助けていただいてありがとうございます」
「お礼なんていらないよ。今日はクラルスに会いに行くから一束ください!」
「いつものお花のプレゼントですか。まめな男はモテますよ。すぐに用意しますね」
店主は陽気な気分で手際よく愛を示す花を選びあっという間に花束を作り上げた。
「お代は家の花代に入れといてねー」
レオンは手を振って車に飛び乗り城に急ぐ。門番にあいさつし城門を抜けて中に入ると執事とメイドに迎えられ、姫が待っていると伝えられると案内も置き去りにしてレオンはルピナスを抱きかかえ城の階段をぴょんぴょんと飛んで駆けあがる。ついて行くシーヌは城内をできるだけ静かに急いで駆け上がらなければならなかった。
レオンは廊下も急ぎ、目的の部屋に着くと一呼吸置いて扉をコンコンとノックするその顔は興奮に満ちている。どうぞと少女の声が聞こえると勢いよく扉を開け、気持ちとは裏腹に姫の前で丁寧にお辞儀をする。
「おはようございます、姫様」
クラルスは穏やかに返事を返す。
「おはよう、レオン、ルピナス」
レオンはにやにやと笑みを浮かべクラルスに近づく。
「僕ねクラルスのためにお花買ってきたんだ」
「そう、いつもありがとう。飾っておきましょう」
そばにいたメイドは花束を受け取ると花瓶の花を移し替えた。
「えへへ、クラルスは今日もきれいだねぇ」
「はいはい、知ってるわ」
距離の近いレオンをいつものように軽くあしらってクラルスはルピナスの手を引いて自分の横の椅子に座らせた。テーブルに並べられた色とりどりのお菓子にルピナスは笑みを浮かべて手を伸ばし口いっぱいに頬張る、メイドはカップにお茶を注いでいき茶葉の香りが部屋に広がるとレオンはお礼を言って着席した。
「街の話を聞かせて」
クラルスにそう言われるとレオンはこの日のために城下町を回って見た人々や店の話を聞かせる。クラルスは興味深そうに聞いて、その喜ぶ顔にレオンはさらに心を躍らせる。一通り話し終えるとお茶の時間も早々にレオンは提案する。
「今から一緒に街に行こうよ!」
「えっ! だめよ、お母さまの許可がないと」
「実はねぇ、お父さんにお願いしたんだぁ。お忍びだけど今日は特別だよ」
「すぐ行きましょう! 着替えるから外に出てて」
興奮気味に彼女が言うとレオンは追い出され、廊下で待機していたシーヌに合図を出す。彼は無線で街で待機している騎士たちに告げる。にこにことレオンは待っているとすぐにばたんと扉は開いた、メイドが用意していた変装の衣服は市民が着るような質素なものだったがレオンの目には可憐な美少女が映っていた。
「行こう!」
レオンは二人の手を引いて駆けだした、街中に飛び出したクラルスは自由に見て回れる初めての城下に目を輝かせて見回しどこに行こかと迷っていた。レオンは以前話した場所にクラルスを案内して回る、花屋に百貨店に遊び場、知っている場所全てを見せようと街中を駆け巡っていると市民たちは二人の兄妹の姿を見つけると次々とあいさつし注がれた好意に手を振ってレオンはこたえていく。クラルスはそれに驚きつつも楽しげなレオンの表情につい見とれた。レオンも輝くような彼女の目に瞳を奪われていた。しかしその横についていたルピナスが兄の袖を引っ張って屋台を指す。
「おにぃちゃん、アイスたべたい」
「いいよ。クラルスも一緒に食べよう! あそこのアイスはおいしいんだよ」
それぞれが注文し、カップに入ったアイスを受け取ると近くのベンチに座って観光広場の人の流れを見ながらゆっくりと舌鼓を打つ。
「あなた、いつも人助けをして街を回っているの?」
「だってこの街、お父さんたちが守ってるんだよ。だったら僕も守らないと。それに、人が笑ってる姿が一番好きなんだぁ」
純粋無垢に言ってのける姿にクラルスは心が温かくなり思わず笑みがこぼれた。そうしていると時間はいつの間にか昼時になっていてレオンの腹の虫が鳴った。
「昼食の時間だぞ」
話しかけてきたのはレオンの父親だった、少し離れたところで護衛していたシーヌは走ってくると背筋を伸ばして敬礼をする。
「ルプス大将!」
「君は戻っていい、後は私が」
シーヌは大声と共に一礼して去っていった。
「家に帰ってご飯を食べよう。姫様も一緒に」
「私も?」
「ええ、ぜひ」
外食は初めての事でクラルスは胸の高鳴りを感じながら屋敷に向かう。兄妹の母親のローデアや執事のエーリーズ達使用人総出で姫を出迎え普段より活気のある食事が始まる。シェフはいつもより気合が入り凝った料理が多く豪勢な料理が食卓に並び、満腹になるまで食事を楽しんだ。
「レオンは午後から修行だぞ」
楽しい時間の終わりに残念そうに返事をする。
「クラルスも見学する?」
「私も午後から授業よ、でもちょっとだけなら見てあげる」
喜び勇んでレオンは中庭の修練場に出て木刀を持つ、そしてバルコニーから覗くクラルスに手を振る。ルプスは首輪を着けた獣を連れてきた。胴長短足だがレオンと同じ大きさの体を持つ凶暴な獣が短い毛を逆立て暴れながらルプスを威嚇している。首輪から手綱を外すと魔獣はルプスから距離を取り警戒するがルプスは地面を蹴って飛び上がりバルコニーに移る。視界から警戒していた相手が消えると魔獣は辺りを見回し弱そうな獲物を見つける。
レオンは暢気に手を振って獣に見向きもしない。隙だらけな獲物に魔獣は突っ込んで堅い頭で頭突きした。驚きながら吹っ飛び壁にぶつかるレオンは倒れた。クラルスは驚いたがレオンはすぐに起き上がり、ルプスの叱責が飛ぶとレオンは木刀を構える。
「かっこいいとこ見せちゃお」
また突っ込んでくる獣を軽く横に避けて蹴り上げると壁にぶつかりひっくり返る、すかさず木刀を頭に振り下ろし一撃を叩き込むとその衝撃で獣は気絶した。
あっさりとした決着にクラルスは驚いた。こんなにも強いとは思ってもいなかったのだ、無邪気に手を振る彼からは想像しづらい事でいつも話してくれる訓練の話は冗談交じりだと思っていた。
「ほんとに強かったのね…」
母のローデアが口を開く。
「姫様を守るんだと意気込んでますよ。おだててやってください」
クラルスは実の母親がそんなことを言うのかとおかしくて笑った、バルコニーから身を乗り出しレオンに声をかける。
「かっこよかったわ! 頑張ってね!」
レオンは大喜びし父親に次の訓練をせっつき父親もうれしそうに降りる。クラルスはバルコニーを後にした。
「レオン、剣を持って来なさい」
走っていくレオンが中に入るのを確認するとルプスは獣の首を踏みつけ骨を折った。
「そんなにすごい子なのかい? そのレオンって子供は」
注文を取る店員に眼鏡をかけた男性がそう話しかけた、同じ席に座る青年は黙って水を飲んでいる。
「そりゃもう、お客さん! まだ子供なのに大人と戦えるくらい強くて太陽みたいに明るい子なんす。この街のみーんな、レオン様の将来を楽しみにしてるんですよ」
「噂通りか…それなら…興味深いね……」
男は考え込んで黙った。