表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断頭地区  作者: 自堕落才
19/28

第十六話 獅子身中 ②

 シェトランドはしばらく走ると立ち止まって二人を下す。

「ローター…ファラベラを連れて進んでくれ……俺はレオンを連れて来る」

「無理だよ、行っても助けられない!」

「あいつだけ不幸にするわけにもいかないだろ? たすけてやる奴が必要だ、恩返しもしないといけないしな…アテリーネもいるし…今までもうまくいったんだ、何とかなるさ」

 だがシェトランドの表情はこわばっていた。

「でも…!」

「ローター…頼む」

 渋々、ローターはファラベラを背負おうとした。しかし妹は兄の袖を掴んで離さない。

「兄さん……私もまだ兄さんに何も恩返しできてない…一人は嫌……」

「すぐ戻ってくる。お前の成長した姿を見るまでは死ぬつもりはない」

 シェトランドははにかんでそう言ったあと戻っていった、ローターはファラベラを背負って力いっぱい走り出した。


 レオンは抵抗もせず踏みつけられていた、アテリーネは番犬と戦いながらもレオンに声をかけていた。

「なにやってんだ、抵抗ぐらいしろ!」

「もういいんだ…アテリーネも逃げて……ぼくはもういいんだ」

「なにがいいんだ! 腑抜けたこと言ってんじゃない! 生き残った人間が文句なんか言うな! 受け入れるしかないんだ、戦え!」

 レオンは眼帯の男に胸ぐらをつかまれ持ち上げられる、無気力にだらんとしてすべてを諦めていた。

『ぼくは……もういい、何の価値もない…』

 レオンは殺される事を受け入れていたが、そうはならずシェトランドが叫びながら現れ眼帯の男に襲い掛かった。剣を拾い乱暴に振り回し、男をひるませてレオンを落とさせる。

「お前らなんかにこいつを踏みつけやさせないぞ」

「ここに…いちゃ…だめだ」

「そこの腑抜けは後ろにほっぽときな! 何人か倒さなきゃ逃げられないよ! 戻ってきたなら役に立て!」

 アテリーネは番犬に手こずっていてシェトランドは自力で打開しなければいけない。だが眼帯の男は何のこともなさげに近づく。

「命を投げ捨てに戻ってくるとはな、犬の生餌にしてやる」

「なめんなよ」

 使ったこともない剣を何度振り下ろしても単調な攻撃は簡単に避けられ、反撃に何度も殴られる。だがシェトランドはひるまずに頭突きで返し逆にひるませることができた。しかし苛つかせただけで今度は手加減なしでぼこぼこに殴られていくつか骨にひびが入り慣れない痛みに呼吸も出来なくなる。そしてまた髪を掴まれ引きずられようとしたがレオンが眼帯の男の足を掴み止めようとした。

「今更足掻くな!」

 意識がレオンに向いたその隙にシェトランドは思い切り剣を振り下ろした。刃は首に刺さり血を噴き出すが倒れない。

「てめぇ…!」

「油断するからそうなるんだ、なめんなって言ったろ」

「このやろーふざけんじゃねぇー! 家畜野郎の分際でーー!」

 男は怒り狂いシェトランドの腹を剣で突き刺しレオンの叫び声が響いた。

シェトランドは叫びもせず崩れ落ち、か細い呼吸に交じりシェトランドはレオンの名を呼ぶ。

「レ…オン……ファラベラ…を…た…のむ。お前は…先…に進むべき人間だ、お前が……道を示してくれたから…俺…達は……進めた。お前…だけ…だった………希望…見せ…て……く……は。いき……こ……れ」

 シェトランドは全身の力が抜け、レオンにもたれかかった。溢れ出る血がまたレオンの手を血に塗れさせ真っ白になった精神を赤く染めていく。また一人死んだ、これ以上壊れることのないと思っていた心が血の中に沈んで消えていく。どうしてみんな自分のために死んでいくのだとレオンには見当もつかず、自分の存在の価値の無さをこれ以上証明しないでくれと思い、これ以上誰も苦しめないでくれと願った。


 アテリーネは窮地に落ちていた、周囲に集まった人々に横槍を入れられ番犬を倒すことができず押し倒され今にも噛み殺されそうになりながらも必死に防いでいた。

「ゲームオーバーだな」

「いんや、売ればいい金になる。もったいねぇぜ」

「やめろ、同じ組織じゃねぇんだ。揉め事になる、殺して手打ちだ」

 男たちが呑気に話している最中に足音が近づいてくる。門の向こうから来る不審な音に男たちは振り向いて目を凝らす。暗闇から姿を現したのは老人だった、長い銃を肩に担ぎ、ふてぶてしく何物も恐れないような雰囲気を纏い厳しい目つきをした老人は周囲を見て状況を理解するとゆっくりとレオン近寄って彼の肩に手を置いた。

「間に合わなくてすまねぇな」

 男たちは冷や汗をかいていた。レオンは誰かも分からない老人の顔に優しさを見た。

「あんた、何しに来た…ここは国の人間が来るところじゃねぇ」

 眼帯の男は傷口を抑えながら少し怯えていた。

「気にすんな、この子を迎えに来ただけだ。すぐ帰るからおとなしくしときな」

 老人はアテリーネに近づくと番犬に忠告する。

「おい、どいてくれるか。そこの姉ちゃんに礼を言わなきゃならねぇ」

 番犬は攻撃をやめ、老人に標的を変えると低いうなり声を出し威嚇する。老人は表情一つ変えずに持っていた銃をくるりと宙で回転させ銃口部分に持ち替えるとバットのように思い切り振りぬいた。銃のグリップが番犬の首の骨を折り数メートルも吹き飛ばすとぴくぴくと痙攣し数分で動かなくなった。

「ねぇちゃん大丈夫か?」

 老人は手を差し出し、アテリーネは戸惑いつつ手を掴む。周りの人間は誰も声を上げなかった、邪魔をする勇気がある者など誰もいない。

「国の人間に礼を言わなきゃいけない日が来るなんて…思ってもみなかったよ」

 服の砂を払い落しながら言うと老人は首を振った。

「必要ねぇ、あの子をここまで連れてきてもらったんだ…礼を言うのはこっちの方だ。さぁ来てくれ礼は十分じゃない」

「いや、あたしはここまでだ。早くあの子を連れて行ってやんな、あの子からは金で雇われたんだ…契約を果たしただけさ」

 断るアテリーネの流儀を尊重し老人はもう一度礼を言った。だがその場を後にしようとするアテリーネの前を一人の男が塞ぐ。

「このままただで帰れると思ってんのか、てめぇは…っ」

 銃声が響き男の頭に穴が開いた。老人の銃が火薬のにおいを撒き慈悲のない銃声が大人たちを怯えさせる。

「面倒だから皆殺しでもいいが、どうする?」

 眼帯の男が手を上げて降参のポーズを取る。

「待ってくれ、問題を起こすつもりはない。俺たちは平穏に暮らせればそれでいい」

 人々は道を開けアテリーネは闇夜に消えていく、老人はシェトランドを抱えてレオンと共に断頭地区を後にし国へと進む。逃亡劇が終わりレオンの通った後には血が残った、断頭地区の人々はその血の跡を見て噂し広まっていく。逃げ切った少年の話を……事実を知らずまるで美談のように……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ