第十四話 死は日常なり
四人は街を出た後、夕暮れに野宿の準備をし焚火の周りで温まっていた。ローターは一言もしゃべらずファラベラも眠っていて、レオンはアテリーネに頼み訓練を受けている。シェトランドだけが手持ち無沙汰のようにやれることがなく焚火にくべる枝を握っていた。
一つ投げ入れるとすぐ別の枝を掴んで火にくべた枝をつつく。しばらく考えた後、シェトランドはローターに話しかけた。
「どこの親も似たようなもんだな…俺の親もファラベラを売ろうとしてな……だから逃げたんだ」
ローターは目だけを動かして相手を見たがすぐ視線を戻し少しの間沈黙した後仕方がないように尋ねた。
「どうして……ファラベラだけ?」
「病気に罹っちまったからな……どうせ死ぬなら売って金にするって話になって…その冷たい判断が怖かったよ。仲は悪くなかったけど…すぐファラベラを抱えて町を出た。何年も前の事だけど、いまだにあの時の親の顔は忘れられない」
「君だけを…愛してたの?」
「……病気になる前は…そんなことないと思ってたんだ…今は分からない」
二人は口を閉じ、また空気が重くなった。何か言える言葉もなく、ローターは湧き出た疑問を口にした、解決してほしい思いがあったわけでもなく…ただ何も考えず心が思った事が口から出たのだ。
「これから……ちゃんと生きられるかな……あんなに違うのに」
ローターはレオンを見た、その疑問はシェトランドの心にも引っ付き不安を感染させた。しかしどうする事も出来はしない、もう命を賭けてしまっているのだから。
翌日、街に着くと身なりの整った大人たちが目に付く。そして首輪をつけた子供の姿もまた目に付く。酒場によると店主が噂話を教えてくれた。
「最近、この街で仮面をつけた男たちがうろついてるらしい、組織の奴らがどこの奴だって騒いでたよ」
「教授の奴かな?」
「そうじゃないのかい。あんたを追っかけてるんだろ」
レオンはうつむく。
「なぁ、この街のたまり場、知ってるかい?」
シェトランドがそう尋ねた。
「ないよ、この街にそんなものは。この街は監視所の通り道だ、いろんな地域の組織の奴らが出入りするからなここに居るのは飼われた子供だけさ。あそこを見てみな」
見ると子供がジョッキを男に渡していた、受け取ると男は少年を殴りその流れた鼻血をジョッキに注ぎ酒に混ぜ飲み干した。
「趣味の悪い酒の飲み方だよ、まったく」
「うぇ、おぞましい味覚。なにがあったらあんなにいかれた味覚になるの」
レオンは怒りが沸き立っていたが堪えていた、立ち向かえるほどの力がない自分に悔しさを覚えながら。その時、酒場の扉が開き安堵の声を上げる者が入ってきた。
「やーっと見つけたぜぇ、こんなところまで来てやがったのか」
振り向くとあの男、カペンシスがいた、ずかずかと近づいて隣に立ち酒を注文した。
「なぁ、ねぇちゃん。こいつ上玉だと思わないかぁ? 譲ってくれねぇか金は出すぜ、お守は面倒だろ?」
馴れ馴れしい口調にアテリーネはにらみつけ罵った。
「お前を殺した方が気分がよさそうだな」
「おいおい落ち着けよ、ここで騒ぐとお互い面倒だろ?」
「わざわざ僕を追ってきたのか?」
「お前みたいな上玉を他の奴に取られたら後々厄介になるからなぁ。うちに来いよ、お前なら上も狙えるだろうさ」
「僕がうなずくと思ってるのか?」
「困ったねぇ」
ぎろりと眼光が鋭くなるがそれを邪魔するようにジョッキを持った男が割って入ってきた。
「おいお前ぇ~血の匂いがするなぁ~、ちょっとくれよぉこのガキは味が薄くなっちまってだめだぁ~」
少年は目の前で倒れて動かなくなっていた、レオンは慌てて駆け寄って抱き上げると少年は朦朧とした意識でレオンを見ると絶命した。
「ん? 死んじまったか、儚い命だなぁ~おい」
「どうして…こんなひどいことを……」
「ガタガタうるせぇ~酒に血を入れるとうまいんだよぉ~! 血よこせ血液タンクがぁ~!」
カペンシスが頭をはたくとジョッキの男の首が折れた。
「お前たちはいつもそうやって簡単に人を殺す……」
少年の遺体を丁寧に下ろしレオンは冥福を祈った。
「くくく、声が小さいぜ。内気なガキはだめだ、そこのガキみてぇに殺されるためだけに生まれてきた奴は俺たちの苦しみを背負わせるためにある……お前も教授の所でもそうだったろ?」
男が歩き出そうとした瞬間にアテリーネが後ろから攻撃した、だが避けられ距離が開く。
「おいおい、邪魔すんなって」
男はいつの間にかローターを掴んでいた。
「邪魔するなら一人づつ殺す」
ローターは怯えた、だがレオンが何の怯えもなく相手と対峙しているのを見ると、その目の力強さに期待してしまった。
「すぐ助けるから。ごめんね僕のせいで」
「謝んなよ! ついてきたのは俺だぞ! どうせ死ぬ運命だったんだ怖くなんかない」
ローターは強がって言って見せた。
「アテリーネ…みんなを連れて逃げてくれる?」
「あんたじゃ勝てないよ、どうすんだい」
「騒がれるのが嫌そうだから、暴れてくる」
レオンはテーブルに置いてあった酒入りのグラスを投げた、カペンシスがそれを払い落す瞬間に腹に蹴りを入れると店の外まで吹っ飛んでいた。ローターも道に転がったがすぐに起き上がらせアテリーネに任せる。
「行くよ!」
「レオン! 無茶するなよ!」
振り返ることはなく、じっと男が立ち上がるさまを見ていた。
「なかなか、いい蹴りだな。隙の作り方も悪くねぇ」
ダメージを受けている様子もなく見定めるような態度。実力の差に怯む余裕も、殺すことをためらう隙も命取りになると悟った。
『あのガキ…目つきが変わってやがる。くく…ここまでひりつかせるとはね』
カペンシスは一瞬で距離を詰め襲い掛かる、徒手空拳。刃に拳が当たろうとお構いなしに攻撃を連打する。しかし血は出ず固い感触に驚きつつもレオンは攻撃をはじき返す。がフェイントを挟まれた一瞬攻撃が外れ蹴りを食らって吹き飛ぶ。すぐ起き上がるが相手は余裕そうにゆっくり近づいてくる。
「昔から腕は硬くてねぇ…子供じゃ、ちとパワー不足だな」
相手は人差し指を伸ばしレオンを指した、おかしな行動にレオンは集中する。
「さて……見えるか?」
声が耳に届き終わった瞬間には薄い何かが目前にまで迫っていた。集中が高まった結果、時間の流れが遅くなったように周囲の動きはゆっくりに見えレオンはそれを叩き切った。
その感覚と集中は長く続かず、切ったものを理解しようとした瞬間に途切れた。
「これは……!?」
「爪が割れちまった……」
元の長さに戻った爪を見てカペンシスは満足げにしていた。レオンは逃げた、爪が伸びる人間などという事に驚いている暇はない。背を向け走ってもすぐ追いつかれるのは分かっていた、だが段々と人が多くなってくると話は変わる。レオンは広場で止まりカペンシスを攻撃する。すべて防がれるが注目を集めるように続け、周りに人が集まってくると人ごみに紛れるように隠れた。
『ちっ、騒がれると面倒なんだよ……!』
「おい! こんなところでガキに調子づかせるんじゃねぇ! どこの雑魚だぁおめぇは」
絡んできた男をカペンシスは無視していこうとすると相手は肩を掴んだ、苛ついて殴って気絶させようとしたその時を狙ってレオンが斬りつける。足から血を噴き出しながらカペンシスは咄嗟にレオンの位置に向けて指を向けると一瞬で爪が伸びる。だがレオンには当たらず群衆の一人に当たり叫び声が響く。
『ちっ…! 邪魔なんだよ…!』
レオンはすぐ人ごみに紛れ姿を消す。カペンシスは視線を滑らすが後ろの男が邪魔をする。
「ガキに舐められる大人は材料にしかならねぞ! さっさと…」
カペンシスは裏拳で黙らせた。しかし周りの男たちがそれに怒り殴りかかろうとこぶしを上げた、それと同時に紛れていたレオンも近くにいた大人に騒がれ捕まりそうになる。その声でカペンシスはレオンを見つけ即座に向かい振り下ろされた拳は空を切った。
レオンは絡んできた人相の悪い男を殴り飛ばしカペンシスにぶつけようとした。だが払いのけるように腕を振るうと男は吹き飛んで群衆にぶつかった。
「なにしてんだてめぇらぁ!」
二人に向かって大人たちが襲い掛かる、レオンは軽くいなして屋根の上に逃げるその様子に周りにいた子供が驚嘆の声を上げていた。そのままレオンは逃げようとしたがカペンシスが叫ぶ。
「邪魔なんだよ、下っ端ども!」