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断頭地区  作者: 自堕落才
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第十一話 契約と二者択一

 暗闇の街道を走り続けて数時間、その間に聞こえるのは硬い地面を蹴る音だけだった。以前は車が走るための道路だったが荒れ果てて用済みにされたように砂と土がかぶさっていた。

 時々、風が砂を巻き上げて呼吸の邪魔をしたが止まることなくシェトランドは必死にレオンに付いていき目的地に着いた時には血を吐くかのような荒い呼吸をして地面に這いつくばった。

「着…いた……」

 ファラベラは背中を下りて兄の背中をさすった。

「どこかで飲み物を貰おう」

「酒…場……だ」


 レオンはシェトランドを支えて門をくぐった。街には門番もおらず、夜なのに少し明るく少なくとも活気はあるように感じられた。酒場の明かりは一際煌々としていて一目で判別でき探す手間が省けてファラベラは安堵した。酒場の建付けの悪い扉が音を立てて開き子供が中に入っても誰も気にせず皆が飲んだくれていた。シェトランドをカウンターの席に座らせるとレオンは店主を呼ぶ。

「水をください」

 グラスに出された水を飲み干すとシェトランドはやっと一息ついて呼吸も落ち着いた。

「あんたら他の町から逃げてきたのか」

 けだるげな店主が尋ね、シェトランドがそうだと答えると沈んだ瞳を動かして三人を順番に見る。


「そうかい。ここじゃくだらないことをしなけりゃ殺されることはない」

「くだらないこと? タブーがあるなら教えてくれ」

「さあな、そいつしだいさ。元居たとこよりましなことを願うよ」


 店主は棚の酒瓶に手を伸ばし別の客の前に行った。レオンも出された水を飲み干しファラベラもグラスに口を付けたが飲んでいる最中にせき込んで苦しそうに呼吸をする。レオンは店主に尋ねた。

「この町に医者はいませんか?」

「やぶ医者はいる、どうしても薬が欲しいならトリスティスって組織に頼むといい。苦しまずに死ねる」

「どこにもいないの? この町じゃなくてもいいんです」


 しつこく聞こうとするのをシェトランドが止めた。

「……やめとけ、聞いても無駄だ」

「どうして? だったらなんであの町を出たの?」

「……別に期待してたわけじゃない。あそこより少しでもましなら御の字なんだよ、くだらないことをしなきゃ殺される心配はないって言うしな……ちょっとでも落ち着ける時間が増えるなら十分なんだ……」

「じゃあ、ファラベラはこのまま……」

 レオンが言いかけると感情的にシェトランドは声を荒げた。


「そうだ! いろいろ探したが…断頭地帯で治そうと思ったら相当金を積まなきゃ医療設備なんか使わせてもらえねぇ…国に行けば簡単に治せるって話だがな」

「だったら! 僕と一緒に行こう。カリブンクルスに行けば医者もいる」


 シェトランドは呆れた様に笑った。

「行ったところで助けてくれるわけがない。奴らはずいぶん昔に俺たちを見捨てたんだろ、そんな国が優しく出迎えてくれるわけない」

「僕と一緒なら大丈夫、そんなに冷たくないよ一緒にいこう! せっかく逃げ出したのにここであきらめたら意味ないよ、可能性に賭けてみようよ」

「お前……なんでそこまで」

 レオンの目に見つめられると妙な自信が湧いて来てシェトランドは困った、命懸けの逃避行か諦めるかの二者択一。酒場の飲んだくれに聞かせれば笑われるだろう選択に自分でも呆れたが答えはあっけなく出た。

「命懸けは…初めてじゃないな」

 シェトランドがうなずくとレオンも強いまなざしでうなずいた。

「待って……それで兄さんが……死んだらどうすんの」

 声を出すのも苦しそうにファラベラは兄を心配する。しかしシェトランドはファラベラの頭をなでて安心させるように笑みを浮かべた。

「一人で生きるよりはましさ」

「兄さん……」


 シェトランドは店主を呼んだ。

「なあ、国境付近はどうなってるんだ?」

「あそこは不干渉地帯だ。どこの組織も国に目を着けられたくないからな、国境近くで余計なことはしないさ。だが同時にほとんどの組織が集まって逃亡を防いでる。時々バカが夢見て国に逃げようとする奴がいるからな、迎え入れてくれるわけもないのに。そんなバカはそこまで行ってやっと目が覚める」

「そうとう危険だが…それでもやるか?」

「僕は帰らないといけないんだ、家族が待ってる」

「だが…国境に行くのも一苦労だぞ」

「でも…頼れる人もいないし。僕が頑張るよ」

「一人じゃ無理だぜ」

 頭を悩ませたシェトランドに店主が声をかけた。

「そんなに行きたいなら護衛でも雇うといい。受けてくれるかは分からんがね……傭兵ならそこにいるよ」


 店主の目線の先を見ると店の奥の小さなテーブルで女性が一人で酒を飲んでいた。すぐそばに槍を置いて、年季の入った革製の上着とそれとは対照的にきれいなズボンをはいた近寄りがたい雰囲気を纏っていた。それを恐れもせずレオンが話しかけると一瞥もくれずに酒を口に運ぶ。

「用件だけ言いな」

 素っ気ない言い方だが声色に自信が感じられた。

「カリブンクルスに行きたいんです。護衛してくれませんか?」

 女性はぎょっとした顔で振り向きレオンを見た。

「ははは! とんでもないことを言い出すガキだね。後ろの二人も賛成してるバカかい? 他をあたりな」

「引き受けるわけないじゃない……」

 ファラベラもそう言うが、レオンは引き下がらない。

「国に帰らないといけないんです。途中までもいいです、あなたの命を危険にさらせとは言いません」

 そう言うと彼女は眉間にしわを寄せた。

「国に? あんた…誰に連れてこられたんだ」

「教授ってやつに…」

 そう答えると彼女は急に不機嫌そうに酒を飲み、ドンとグラスを叩きつけるように置くとため息をつく。

「異常者が……」

 そうつぶやいたがレオン達には聞こえなかった。

「そもそも金は持ってんのかい?」

 レオンは袋を取り出し渡す、女性は確認するとまたため息を吐く。

「受けてもいい……だが十中八九あんたは死ぬよ。それでもいいのかい?」

「僕はまだ死ねない、やらなきゃいけないことがあるから。そのために国に帰らなきゃいけないんです」

「後ろの二人も覚悟できてんのかい?」

 シェトランドは緊張気味にうなずいた、それを見上げるファラベラは不安で仕方がなく忌まわしい自分の体を呪った。

「ついて来たいならその娘を説得してからまた来な。覚悟も出来てない奴は邪魔だよ」

 ファラベラは何も言わずカウンターに戻った。

「今日は夜も遅い。明日の朝まで待ってやるからそれまでに決めな」

 酒場の二階の宿を取り、部屋に入るとファラベラはベッドに倒れこむ。レオンも横になるとすぐに眠気が襲ってきた。

「ファラベラ……行くんだったら……僕も守ってあげられるように頑張るから……」

 なぜこんなにも他人を思いやれるのか疑問に思いつつ二人はレオンを起こさないようひそひそと話し合う。

「不安に思うことはないさ、国に行けば病気は治るんだ」

「でも…兄さんが死んじゃうかもしれない……それだけは嫌。兄さんがいたから…こんなクソみたいな体にも耐えられたのに」

「俺だってお前がいたから腐らずに生きて来れた…逃げてきたのも一緒にいたいから……お前が死んだ後の事なんて考えたくなかったからだ」

「兄さん…」

「もしお前が病気に打ち勝つ可能性があるなら命ぐらい賭けるさ…こんな禄でもない場所で生きるよりましな使い方だろ?」

 ファラベラは兄に抱き着いた。

「自分の命を優先するって約束して…私もこんなクソだらけの世界で一人で生きくない」

「ああ…」

 翌朝、女性の下に行くと兄妹は告げる。


「俺達もついて行くよ。今までは耐えるしかなかった人生だけどそれを変えられるって言うなら……このチャンスは死ぬより重い」

「命を使った賭けをしないとここじゃ未来はつかめない。それでも死ぬ奴がほとんどだ、祈るといい。自分たちが死なないようにね」

「祈っても無駄だから行くんでしょ」

 そう返されると女性はもっともだと口角が上がった。

「あたしはアテリーネ。地獄への旅に出かけようか」

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