第十話 レオンは人気者 ②
待っている間に少女が目を覚ました、寝ぼけ眼で起き上がり見知らぬ少年の存在に気付くと少し驚いたようだったがすぐに落ち着いて話しかけてきた。
「あんた、兄さんに引っかけられたの?」
「引っかけられた? 一緒に脱出することを言ってるのならそうだけど」
少女はため息をついた。
「まぬけがここにもいた。うまくいくわけないのに希望にしがみついてる人を見ると酔っちゃいそう」
「やってみないとわからないよ……可能性があるなら賭けたっていいじゃないか……どれが最善かなんて分からないんだから」
少年とは思えない深く沈んだ表情にファラベラは不可解そうに見つめたが突然せき込みうずくまった。レオンは心配したがファラベラは悪態をつく。
「平気……いつもの事……ただのクソ病気」
「薬はないの?」
「何言ってんの。まともな医者も薬もあるわけないでしょ」
レオンは絶句した。病気の治療さえできない場所があるなど考えたこともなかったからだ。レオンの母、ローデアは医者だった。その母から医者としての心構えや母自身の矜持を聞いていたレオンにはこの現実はただ悲しく無知な自分を恥じてさえいた。
少ししてシェトランドが袋を携えて帰ってきた、起き上がっていたファラベラに体調を訪ねたが投げやりな口調で罵られる。
「これから三人一緒に死ぬんだからどうでもいいでしょ」
「成功するさ、ずっと考えて準備してきた。後は行動に移すだけ、明日の朝には隣町に着いてる」
「今夜出る気? 昨日までそんなこと言ってなかったじゃない」
シェトランドはレオンを指さす。
「そいつを見つけた、これ以上のチャンスは巡ってくることはない。なら今夜だろ」
ファラベラは呆れた様に寝ころんでレオンに顔を向ける。
「そういえば名前は?」
「…レオン」
夜になりシェトランドはファラベラを背負い、隠すように黒いマントに身を包んだ。外に出ると街灯もなく明かりは家から漏れ出る光と月明かりだけだった。
「今日は見回りが多いな……」
家々の間から通りを探り、シェトランドはそう愚痴をこぼした。出口までのルートはすでに決まっていて闇夜でつまづかないようにこっそりと掃除までしていた。それを変えるわけにもいかず慎重に足を進める。闇夜に紛れて見回りの目を盗み、息を殺して背後を通り抜けながら時間をかけ町の出口に着くとそこには一人見張りが立っていた。悪い事に気絶させたあの男で微動だにせず町を見つめていた。
「やばいな……危険だが森の方から出るか…」
二人が悩んでいるとファラベラが突然兄の襟を咥え何かを我慢するように呻いた。
「ファラベラ……大丈夫か…」
耐えられずせき込んで静寂に音が響くと男は反応する。
「誰だ!」
ファラベラは何度も咳をして急がなければ人が集まってくる、考える暇はなくレオンは男の前に飛び出した。
「お前か…来ると思ったぞ。病人と一緒に来るとは思わなかったがな、おかげで腕の礼ができる」
男は静かな口調でレオンに近寄っていく。
「どうしてここに……早く腕の治療をしないと命に係わる」
「そんなことは関係ない、お前が上玉なのは認めてやる。だが許さん」
「命の取り合いまでする必要はない!」
「教授がどっから連れてきたかは知らんが。気に入らねぇならぶっ殺せがここのルールだ…」
怒声と共に傷ついているこぶしを振り下ろし痛みなどどうでもいいと見せつける。レオンの頭蓋骨を潰そうと頭部に狙いを定めていたがその速度はレオンにとって簡単に見切れる程度のものでしかなかった。
あっさりと躱し今度は腕のつけ根から男の腕を切断した。
「これ以上やるとほんとに死ぬぞ!」
それでも血を噴き出しながら向かってくる、レオンは相手の弱っていく様に戦う気は失せていた。
「どうしてそこまで…」
「死ぬからなんだ、命などそのための駄賃に過ぎない……恐れてほしいなら死神は幸福を持ってくるべきだ」
男は何度か攻撃を繰り返したが空を切り、次第に力を無くし目の前まで近づいても何もできず地面に体を預けた。
「お前は逃げられない……どの組織もお前を知ればほっとかないだろう…」
最後に見えた男の目は安堵の気持ちが訪れたような穏やかさが見えてレオンは見間違いかと目を疑った。死を恐れずに戦う理由など分かるはずもないがその姿は痛々しく悲しみがこみ上げる、死んでよかったとは思えなかった。だがまだ自分が殺すことに拒絶と苦しみを感じていることに安堵してもいて、その反発するような気持ちの悪い感情たちが体内をうごめいて気分を悪くさせた。
「レオン、見つかる前に早く逃げるぞ!」
走る兄の背中でファラベラが口を開く。
「あんた……ほんとに強いんだ」
「そんなことないよ。強い人をその気にさせたらきっと簡単にやられちゃう」
「大人相手にあんだけやれたら十分強いぜ、お前に目を付けたのは間違いじゃなかった」
シェトランドは笑みを浮かべていた。
「夜通し走るぞ、行けるよな」
「うん」
朝方、男の死体に人が集まっていた。
「こりゃほんとに上玉だな」
「カペンシスさん、どうしますか?」
「ちょっくら追いかけてくる。あとはうまくやっといてくれ」