第十話 レオンは人気者 ①
王国ではローデアの葬儀が行われていた。ルピナスは父に抱かれながら泣き続け母を呼んでいた。葬儀には王族や貴族が参列し突然の訃報と事件に皆が戸惑っていた。葬儀の終わりには国のトップが集まり会議が始まった。
「犯人は分かっているのか?」
「いいや、だが逃げるならやはり断頭地区だろう。こんなことをするのはあそこの人間以外にはいないはずだ!」
「……だが無法地帯を捜査するのは不可能だぞ」
感情のままに各々が言葉を口にし騒がしくなる中でルプスは静かな怒りを含んだ声で女王に発言する。
「部隊を出します。少人数で潜入し調査させまずは情報を集めます。陛下、許可をお願いします」
老齢の女王は疲れた顔をしていた。老齢での悲しみはひどく疲弊させるが嘆くよりもやらなければならないことが目の前に来る、女王は落ち着いた声でそれに答えた。
「くれぐれも無茶はしないように、あの子なら必ず生きているでしょう」
ルプスは頭を下げ足早に出て行った。
レオンは町に足を踏み入れていた。町の人々はいたって普通に生活を営んでいるように見える、きれいとは言えないが木で作られた家が並び、人口も少なくないように見える。商売も農業も人の営みに必要な仕事は行われていた。しかし人々の目に生気は見えず、ただ時間が過ぎ去るのを待つような空虚な表情をしていた。
彼らの無機質な顔にレオンは不安に駆られた、異邦の地では穏やかな風も冷たく感じる。急いで国に戻りたかったがどれほど時間がかかるのか地図を見ても見当がつかなかった、生き抜くために考えなければならないことは多くある……レオンはまず目の前の問題を考えた。
ポケットからこぶし大の袋を取り出すとジャラっと音が鳴った。教授がレオンのために置いていた荷物の中に少量の通貨があった……それは国と同じもので古い年代のものから新しいものまで混在し使えるものなのかレオンは疑問を抱いたがそんなものは用意しないだろうと納得していた。
その金を使えば食料は買える、しかしそれを使うのは癪だった。人通りの少ない路地にぽつんと開いていた小さなパン屋の前で袋に入った金を見ていると痩せた酒臭い男がちょっかいをかけてきた。
「おいおい、ガキがなんで大金を持ってんだぁ? こりゃ盗まれたバカがいるなぁ。そして今から盗まれるお前は間抜けなクソガキだぁ~」
殴りかかろうとした男を避けて顎を蹴り飛ばすと男は崩れ落ちた。襲われたことに動揺しレオンの心臓は鼓動が速まりどうするべきか悩ませた。その様子を見ていた強面の男が近づいてきて倒れた男の髪を掴んで顔を見た。
「いい蹴りだな、綺麗に顎に入ってる」
レオンは冷や汗をかき一歩引いた。背が高く頬のこけた面長の男はダボついた服を着ているがガタイのよさが見て取れる。
「お前どっから来た? ここらのガキじゃあねぇよな」
威圧感がレオンを覆う。相手の表情は他の人間と違い、余裕があり興味深そうに顔を左右に動かしてレオンの全身に目を配った。
「答えてくれよ、ガキでも油断できねぇからな」
「…逃げてきたんだ……教授ってやつの所から。ここはたまたま近かったから来ただけだ」
「ほ~う…お前、あの異常者から逃げられたのか……そんなやつ初めて聞いたぜ。本当だったらとんでもねぇことだ………どうしたもんかな……」
男が考え込むように顎をなぞる。嫌な予感が体に走りレオンは飛び退いた、何かされても反応できる距離を取ろうとしたのだ。だが着地した時には頬が切れ血が顎を伝っていた。
『見えなかった……! 何をしたんだ?』
レオンは即座に体を反転させ全力で逃げ出した。男は後ろにいた部下に指示を出す。
「上玉だな、ありゃ。追いかけっこしてこい。他の組織に取られるくらいならうちの兵隊にしちまおう」
追跡してくる男はレオンより当然早く、入り組んだ家々を縫うように逃げるが振り切れずこのままでは捕まってしまう。
「子供のわりに逃げ足が速いな」
レオンは曲がり角で待ち構え、相手が角から出てきた瞬間に顎を狙って攻撃をしたが簡単に受け止められ、反撃を食らう。
「待ち伏せか…ガキがよくやる手だ、上玉ならもっと実力を見せろ」
レオンは剣に手を伸ばす。
『…これからこんな奴らを相手に逃げなきゃいけないんだ。怖気づいてる余裕はない』
男は一気に近づいてこぶしを繰り出す、レオンはわざと避けずにその軌道上に剣を置いた。こぶしは剣にめり込み裂け男は叫び声をあげた、その隙を逃さず顔面を蹴り上げ気絶させた。
その光景に辺りにいた人々は騒ぎ出した、物陰や家の中から覗き見て突然の騒ぎに困惑して声を出す。
レオンは急いで逃げ出すが至る所に大人の姿が見え誰もが怪しく見えていた。
「おい! こっちだ」
声の方を見ると青年が家の中から手招きをしていて、怪しさに悩んでいると。
「早くしろ。あいつらの仲間に見つかったら厄介だぞ」
そう急かされ仕方なくレオンは家の中に入る。
「ずっと見てたぜ、お前あいつらと戦うなんてやるじゃないか! いったいどこから来たんだ? ……いやそんなことどうでもいいか」
「あなたは誰?!」
「そうか、俺はシェトランドだ。詳しい話は俺の家で話そう、ついてこいよ協力しようって話だ。ばあさん助かったよ」
「かまわないよ、生き残んな」
家主と短い言葉を交わしてシェトランドは裏口の扉を開け付いて来いと手で合図をした。よくわからないままついて行くと道を通ったり誰かの家の中を通ったりしながら青年は町中を進み、うまく身を隠しながら彼の家にたどり着くことができた。小さな平屋に招かれ玄関をくぐると中は締め切っていて薄暗く、ボロボロのシーツの上に一人の少女が寝ていた。
「妹のファラベラだ、起こさないでやってくれ。それで、お前逃げたいんだろ? 俺たちも一緒だ。この町から一緒に脱出しないか?」
「協力が必要な理由は何?」
「ここから逃げ出すのは簡単じゃない、一度足を踏み入れたら死ぬまであいつらの言うことを聞くのがルールだ。奴らは自分の管理下から逃げ出すのを許さない」
それを聞いて人々の表情にも合点がいった。
「俺は戦える奴の協力が、お前は土地勘がある人間の協力が必要だろ? お前が倒した奴は町を支配してる組織の一員だ、早く逃げないと面倒なことになるぞ」
シェトランドは焦らせようとまくし立てたが彼自身も焦っている事が表情から読み取れた。信用していいかレオンは悩んだが少女の姿を見て疑念は押し込めた。
「どこに逃げるつもりなの?」
シェトランドはボロボロの地図を取り出し丸印を着けた場所を示す。
「まずは隣町に行く。ここも別の奴が支配してるがここよりはましだって話だ」
彼が差した方向は問題なかった、国と逆方向の町に向かうと言われたらどうしようかとレオンは思っていたが一先ず拒否する理由は一つ消えた。
「一緒に逃げるのは別に構わないけど、逃げてどうするの?」
そう問いかけられるとシェトランドは困ったように目を逸らした。
「まともな生活ができるとは思ってないさ……ただ、ほんの少しの安心が欲しいだけだ」
「……安心………」
その言葉がずんとレオンの心に突き刺さった。
「金は持ってるか? 代わりに食料を買ってきてやる。逃げるのは夜だ」