05 記憶喪失②
私が考えたある計画とは[記憶喪失]だ。
ベルの頭に巻かれている包帯や周りの人の反応を察するに、私は何らかの事故に巻き込まれたのだろう。
私自身、急な転生だったので、ベルの幼い頃はもちろん、最近何が起こっているのか、今ベルは何歳なのかさえも知らない。
そこで、私が事故の影響で記憶を失ったということにして、過去のことを教えてもらおうと考えた。
だが、それを両親に言ってしまえば、とても心配してしまうことだろう。
だから、信頼できそうなエミリーにだけいうことにした。
冷静に考えれば誰もが思いつくようなことだろうが、この計画を思いついたときは鼻高々だった。
私が自信満々にそう告げた後、エミリーはずっと固まったままだった。
不安になり様子を見守っていると、エミリーは考えがまとまったかのように口を開く。
「記憶喪失、ということですね?」
「えぇ、そうよ」
「…でしたら、旦那様と奥様のことも覚えておられないのですか?」
「いいえ、お二人のことは覚えているわ。でも、私がこの怪我を負った時のこととか、幼い頃のこととかは思い出せないのよ」
「それは、私だけに伝えるのではなく、医師の方にも伝えたほうがいいのではありませんか?」
「医師に伝えたら、きっとお父様とお母様も知ることになる。お二人に心配をかけたくないの」
私はこんなにもするすると嘘をつけるのかと我ながら感心した。
そんな私を他所に、エミリーは右手を顎にあて少し俯き、考えこんでいる様子だ。
「そういうことでしたか…。それでは、私はベル様に何をすればよろしいのでしょうか?」
やはりエミリーは賢いようだ。きちんとこちらの意図を読み取ってくれている。
私はエミリーを静かに見つめたまま続ける。
「エミリーは私が質問することに答えてほしいの」
「承知しました。いくらでもお答えいたします」
そう言いながら微笑みかけてくれるエミリーを見て、私がエミリーを選んだ判断は間違いではなかったと確信する。
エミリー曰く、現在のベルは十三歳だが、ちょうど一ヶ月後に誕生日を迎えて十四歳になるそうだ。
ヒロインのミリア・スミスが王都に現れて、ゲームが始まるのはベルが十六歳の時なので、約二年の猶予があることがわかった。
また、ベルが攻略キャラと婚約するのは、ミリアが現れる少し前。
日付までは明記されていなかったが、ゲームを避けるために準備をする時間はあるだろう。
そして、ベルには友人がいないらしい。ゲーム内でもあったように、気難しい性格だからだろうか。
エミリーはこの事実を気まずそうに話していたので、少し笑ってしまった。
逆にベルに友達がいなくてよかったとまで思う。茶会などに招かれるのは少々面倒だし、この世界を平和に生き抜くために今から色々と作戦を練らなければいけないから、そんな暇はないはずだ。
また、ベルが気を失ったのは市街に出向いた時、暴れ馬に引かれそうになったかららしく、頭の傷は倒れた時に地面に打ち付けたことでできたようだ。三日間も目を覚まさなかったらしい。
「だから、お目覚めになられて私は本当に嬉しかったです。もちろん私だけでなく、旦那様や奥様、そして、侍女や騎士様たちもとても喜んでおられました。」
涙ぐみながらそう言う彼女を見て、ベルは愛されて育ってきたのだと実感する。
エミリーは十六歳で私よりも少し年上らしく、私は前世でも今世でもいない姉ができたように感じ、嬉しかった。
そのためか、私たちは夜が明けて、眠気が襲ってくるまで二人で話続けた。