03 転生③
「ベル?どこか痛むの?」
何も反応しないベルが心配になったのか、今世の両親が私の顔を覗き込む。
私はそんな二人にとっさに返事をする。
「いいえ、どこも痛くありませんわ。ご心配なさらないで」
「痛くなかったとしてもベッドで休んだ方がいい。すぐに医師を呼ぶ」
そういって、お父さんは片手でベルの右肩を抱き、もう片方の手で私の左手を支えた。
そのスムーズなエスコートにさすが王族の次に権力を持つ公爵家の長だと、まるで第三者のような感想が頭に浮かんだ。
私はまだ自分が転生したという事実を受け入れられずにいるのかもしれない。
いや、[かも]ではなく[そう]だ。
現実世界でありえないはずの転生が自分の身に起こるなんて昨日までは一ミリも考えていなかった。
学生の頃から何をするにも平凡で、特に取り柄もなかった前世の私。
それでも、両親は私のことを愛してくれていた。
自慢の娘だと何度も微笑みかけてくれた。
そんな両親に恩返しをしようと、社会人になってからは、大手薬品会社の営業課で働いた。
幼い頃から薬品の効能や、何をどうすればこういう性能の薬が完成するだろうと思考するのが唯一の楽しみだったのは、薬剤師だった母の影響だろう。
私も母と同じ薬剤師を目指そうと奮起したはいいものの、頭が悪いのが仇となり、大学に入学できず、薬剤師への夢は絶たれた。
それでも何とか努力して、やっと就職できた会社だった。
だが、それからは地獄の日々が待っていた。
薬品を売り出すため、深夜まで病院勤の医者たちに接待。休日も興味もないゴルフに付き合わされる。そこは残業なんて当たり前のブラック会社だった。
しかし、両親の期待に応えようと毎日毎日血反吐を吐く思いで耐えた。
その結果がこれだ。
死因もわからず、両親にも挨拶できないまま、異世界転生。
そんなのはファンタジーの中だけの世界であって欲しかった。
ベッドに着くと、今世の父はベルを寝かせ、母は優しく毛布をかけて頭を撫でてくれた。
「ゆっくり休みなさい」
そう言いながら、ベルの頬を優しく撫でる父。頬に手の温もりを感じ、気分が落ち着く。
前世に未練がないといえば嘘になる。
だが、こんなにも今の自分のことを大事にしてくれる人が目の前にいるのなら、私はこの人たちを命に変えてでも守りたいと強く感じた。
だから、私はなんとしてでも一家断罪を防ごうと、そう決意した。