02 転生②
――あぁ。私、やっぱり転生したんだ。
もう、元の世界には戻れないかもしれない。そういう不安が波のように一気に押し寄せてきて、目眩がする。
だが、頭を押さえる暇もなく、部屋の中には侍女が入ってくる。
先ほど部屋をノックしたエミリーだろう。
身長はそこまで高くはないが、茶髪で瞳は黒く、少しばかりそばかすがある可愛らしい女の子だ。
ドレッサーの前にたたずむベルを見てエミリーが目を潤わせる。
「ベル様、目を覚まされたのですね!」
その声を合図に部屋の前に待機していたのか、侍女や騎士たちが勢いよく扉から顔を覗かせる。
「お嬢様!」
「よかった、本当によかったです!」
その場にいる者たちが口を揃えてそう言う。
この様子だと、ベルは怪我を負い、意識を失っていた、というところだろうか。
だが、私は今の状況に困惑していた。
確か、小説の中のベルは気難しく、傲慢な性格だったため、ハレス公爵邸に勤めている者たちは彼女のことを嫌っていると描写されていたはず。
――それ、真逆なのでは?
様々なことに頭を巡らせていると、エミリーがはっと気づいたような表情をして、口を開く。
「旦那様や奥様にもお伝えせねばなりませんね。行ってまいります!」
エミリーが走って部屋を出て行った。
私は彼女の後ろ姿を見送りながら考える。
先ほどエミリーはベルが起きているとも限らないのに、きちんと丁寧に挨拶をして部屋に入ってきた。
きっと主に対する忠誠心が高く、賢い子なのだろう。
しかも、他の侍女や騎士たちはベルのことを[お嬢様]と呼ぶのに、エミリーだけは[ベル様]とよんだ。
それほどベルとエミリーは親しい間柄だと考えられる。
――彼女なら信頼できるかもね
私は小さく頷きながら、頭の中である計画を立てる。
すると、エミリーが出て行った後に静かに閉じられた扉が勢いよく開かれる。
「ベル!」
声が聞こえて扉の方に目をやると、焦りながらも上品さを欠かさない、少し年配の女性と男性が息を切らしながら立っていた。
きっとベルの両親なのだろう。
彼らはゲームに登場することは少なかったものの、ベルが処刑されるとき、必死にその命令を取り消してくれないかと何度も頭を下げていたという描写があった。
女性、いわゆるベルの母親が近づいてきて、ベルを抱きしめる。
「目が覚めて、よかったわ」
「心配をおかけして、申し訳ありませんわ。お母様」
私はとっさにベルのフリをして答える。
貴族の口調なんて知らないはずなのに、スラスラと言葉が出てくる自分に驚いた。
転生することによってかかる補正のようなものなのだろうか。
その後、父親らしき人物がゆっくりと近づいてきて、ベルと母親を抱き寄せた。
「本当に無事でよかった」
ベルはこんなにも素晴らしい両親に育てあげられてきたのかと、なぜか感情移入して涙腺が緩む。
それとともに、胸がきゅっと締め付けられ、苦しくなる。
もう私の本当の両親には会えなくなるのかと、取り柄のない私のことを精一杯愛してくれた二人にもう会えなくなるのかと思うと、やるせない気持ちでいっぱいになった。
私は無意識に唇をかみ、拳を握り締める。