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 村の最深部に位置する孤立した家屋。天井の全てを炎に喰われ、今にも崩れ落ちそうな心許ないその空家の前に立ち塞がるのは、二メートルは優に超える体躯たいくをした大男だった。辿り着いた場所は、すでに消え去った光のたもとに間違いはない。


 目の前の大男が標的の召喚士であるか、あるいはその護衛であることはこの状況が物語り、分かり易く伝えていた。こちらの持っている標的の情報は、召喚士一人と護衛役の凄腕の魔導士一人。二人の身体的特徴も聞かぬまま赴いたのだが、この状況でこの場に残っている方が護衛役と見るのは、常識的な見解だろう。


 つまり、どうしても戦闘は避けられないらしい。


「やれやれ……。やはり、村人の悪知恵に踊らされるほど間抜けな訳はないか」


 ため息交じりに、男は自分よりも頭二つ分も背の高い敵に、気安く声をかける。だが、不用意に相手に近づきすぎる油断は見せず、一定の距離は保ったままの立ち位置で、敵意に満ちた相手の眼光を男は正面から受け止めた。


「そう、睨むなよ。あんたみたいな屈強な大男に睨まれちゃ、怖くてしょうがない」


 軽口を叩きながら、男は微笑まで振る舞って見せる。初見の相手が敵の場合、相手の気性、性格を把握できる手段は会話ぐらいしかないのだから、軽口も牽制の一つと言える。もっとも、男の場合、それは駆け引きの一つではなく、ただの悪い癖の一つに過ぎなかった。


「――なぜ、村を燃やした。貴様の目的は我々じゃないのか」


 軽口には応じない頑なな敵の台詞と声色に、男はあくまで軽い調子で声を返した。


「知りたければ、直接魔女にでも聞いてくれ。こっちも好きで辺境の集落を焼き払うほど悪趣味じゃないんでな」

「……貴様」

「命令されたのさ。この村に潜む召喚士を捕らえてこい。ついでに村も焼き払えってな。だから、ついでに焼き払ったまでだ。まあ、自業自得ってやつさ。あんたらがここに潜んでるってのを魔女側にリークしたのは、ここの連中だ。護衛のあんたを召喚士から遠ざけておいたから、狙うなら今夜だってな。どうかしてるぜ。強欲な魔女も、そんな魔性の女の褒美に釣られる人間の神経もな」


 まあ。そう呟いて、男は苦笑を洩らす。


「こうして、俺の前に護衛役の凄腕の魔導士は立っちまってるわけだがな」

「なるほどな。昼間持ちかけられた儲け話は、やはり嘘だったか」

「まあ、こっちもその辺の事情は知らんが、さすがに賢明だな。失いたくなければ、大事なものは常に傍に置いとくもんだ。自分の手の届く所にな」


 言葉を交わしながら、男は抜け目なく敵をつぶさに観察する。年齢は三十代半ばと見て間違いない。精悍な顔立ちからも、これ見よがしに晒された上半身の筋肉の鎧からも、相手の経験値の高さが窺える。


 更に、レベルの低い魔導士ならば、敵と認識した相手を前にすると、どうしても魔力を無駄に震わせてしまうものだが、目の前の敵は全く感じないほどに、見事に魔力を抑えている。先入観を持つことを嫌い、標的の情報はあえてほぼ聞き流していたが、耳に残ったそのフレーズがこの敵のものだったとしたら、それはあながち誇張ではないのかもしれない。


「聞いてるぜ。あんたの魔導士としての通り名。瞬刹しゅんさつのシェリー、だろ? 随分と物騒な通り名だ」


「――その物騒な通り名の意味を、貴様はすぐに知ることになる。怖気づいたなら、今すぐ失せろ。今ならまだ見逃してやってもいい」

「なるほど。まさに、強者の台詞だな。――けど」


 男は不敵に微笑みながら、右手を天に向け突き上げた。


『吸引』


 男から呟かれた言葉の後をその意味が追う。


 村を焼きつくしていた炎が、まるでそれぞれに統一された意思を与えられたが如く、至る所から同時に上空に舞い上がる。男の頭上数十メートルで炎の赤は唸りを上げて、次々とその身を混同させ、一つの巨大な炎の塊へとその姿を形成する。


 夜空に出来上がった小型の竜巻は、大気を焼き尽くし、男の突き出した右手へと唸りを上げて降りかかり――火柱は一瞬にして男を呑みこんだ。


「……!」


 灼熱。灼音。灼臭。その全ては、瞬く間に男に呑みこまれることとなる。その光景は形容し難く、ただ、炎が消えて男がその場に無事立っている結果だけが取り残された。


「さて。あんたは随分強そうだから、村一つ分の炎じゃ心許ないが――な」


 ゆっくりと掲げた右手を下ろし、男は戦闘開始の意思を伝える。


「俺の通り名は、炎火えんびだ。炎火のグレン」


「……」


「あんたも名乗れ。――殺し合いの始まりに、互いが名乗らないってのも締まらないだろ」


 炎を内に宿しながら、男の目は冷酷に温度を冷ます。





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