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月夜の下、逃げ惑う村人たちの中、その男だけは呑気に地面に寝転がっていた。炎。炎。炎。辺境の集落を見下ろす満月は、紅蓮の炎を鮮やかに照らす。着のみ着のまま当てもなく逃げ惑う村人達も、道端で呑気に月見に興じる男も、その傍らに無表情で立ったままの少女も。皆、平等に。優しく、残酷に――照らす。
「なあ、シアン。見てみろよ。今日はまんまる綺麗なお月さまだ。お前、好きだったろ、満月」
男は朗らかな声で頭元に立つ少女に語りかけ、少女は無感情な声で無表情のまま呟いた。
「別に」
「はい、それ禁句。好きか嫌いかのどっちかニ択っていつも言ってんだろ? 好き? 嫌い?」
少女は男の問いに沈黙し、業火の唸りと人間の悲鳴の音響が会話の途切れの間を満たす。沈黙の中、夜空を見上げる少女の顔に感情の色は浮かばない。
「嫌い。じゃない」
「けど、好きでもないって言いたげだな。でも、シアン。お前は好きってことを否定する前に、まず嫌いってことを否定したんだぜ? それは、お前の中にまだお前の感情が残ってる証拠なんだぞ」
男は語りかけ、少女は無言で夜空を見上げる。
「そういう時は、好きって言うんだ」
「……好き」
意味も知らず吐き出された言葉のような、抑揚のない呟き。だが、男は嬉しげに微笑み、機械的に上を向く少女にそれを向けた。
直後、天を衝く閃光が二人の視界に瞬いた。
「――うまく、あぶり出せたみたいだな」
「眩しい。光。綺麗」
「ああ。あれが召喚士の魔力だ」
「召喚士。標的」
「そう。恨みはないがなくなくってな。せめて、相手が女の子じゃないことを祈るぜ」
そう言って、男はゆっくりと起き上がり、少女の頭にその手を置いた。
「さて。急ぐぞ、シアン。あの光が余計なものを呼び寄せちまう前にな」
「うん」
逃げ惑う村人たちを背に、男と少女は手を繋ぎ、光へと向かう。