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これは夢だと勝は自分に言い聞かせる。
夢が、夢に、夢で、夢を、夢へ、夢だ。ゆ・め・な・の・だ。
だからこそ、現実には叶わなかったシチュエーションが目の前に転がっている。現実ならば、ピンチの時にそれを切り抜けるのはいつも桜の役目だ。物語の登場人物で言えば、主人公は桜で、勝は桜の幼馴染役の脇役でしかない。いつしか、自分のことなのに傍観することに慣れていた。
それが日常と化していることに、疑問はあっても不満はなかった。横暴な暴力は横暴な暴力で制する。そんな桜の姿勢は確かに強引だが、その後ろにはいつも守るべき対象があった。守るために暴力を躊躇なく使用する、自己中心な勧善懲悪。どこまでも不器用でマイペースな幼馴染への思慕は、羨望混じりの憧れから始まっていた。
そう。桜に無抵抗は似合わない。でも、ここで桜を起こして助けを求めるのも芸がない。男が廃る。もっとも、立ち向かう決めてが「どうせ夢」の時点で男を語るもおこがましいが、目の前のリアリティはその楽観を凌駕するので相応だ。話は変わるがつまり、何が言いたいのかと言えば。
――リアルに、熱いのである。
触れて熱いと慄くレベルではない。余熱で既に近づけもしないレベルの灼熱は、まるで地獄の業火のように行く手も逃げ道も塞いでいるので笑えない。
偏見で物を言えば、夢=ご都合主義(曖昧な五感+基礎身体能力上昇+最終的に正義は勝つ+ヒロインと急接近――)と、己の願望とゲームの常識で形成されるものだが、これはどういうことだ、と勝はふと冷静に立ち返り――。
ご都合主義? 喋る黒猫に無茶振りされただけだ。
曖昧な五感? とにかく熱い。
基礎身体能力向上? いえいえ。
最終的に正義は勝つ? そもそも正義を謳うほど自分に自信はありません。
ヒロインと急接近? ……。
――ハイ、ロウ、ハイとテンションはU字を描き、元の鞘に納まった。
「ほ、ホントにこのペンダントしてれば大丈夫なんだよね、猫ちゃんっ!」
「え? ……もちろんだよ。が、がんばってネ」
微妙なニュアンスの返事にツッコミを入れる余裕もなく、勝は黒猫の勧めに従い、眠る少女の頭に手を回し、ペンダントをそっと取り上げた。こんな時だというのに、二人して並んで眠る少女と桜の寝顔がどこか似ていると感じるのは、二人とも穏やかな寝顔をしているからだろうか。
「ねえ、猫ちゃん。この二人の寝顔……なんだか、似てると思わない?」
「え? まあ、そう言われてみれば似てるような――って、今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
「うん。でも、だから僕はこの子も守ってあげたいって思えたから」
「……」
守るという言葉もただ虚しくなるほどに、状況は最悪の方向へその歩を進める。勝は少女の後頭部を地面へ優しく戻してから、ペンダントの鎖を首に回し、後ろで固定した。
顔を上げると同時に、熱気がチリチリと顔面の皮膚を焼きつけた。表皮に付着する汗を蒸発させる勢いで燃焼が過剰する。覚悟を後押しするきっかけは、緊迫をスローモーションで仕立てた入念なワンシーン。これから踏み出すと自覚するほどに、研魔された感覚は額から落下した汗の雫の顛末を大げさに引き伸ばして中継し――地面に散った。
鼓膜が悲鳴を上げた、気がした。ほんの一瞬の出来事の中で、自覚できたのは気味の悪い音の塊。炎の壁を走り抜けて初めて、勝は熱さを体感した。
身に纏う制服に燃え移った炎が、酸素を餌に燃え上がる。声にならない悲鳴が喉の奥から音を鳴らし、勝は地面の上をのたうち回りながら、制服を脱ぎ棄てた。
意識は朦朧と体は地面にひれ伏す。やるべきことを成そうとするのに、体はまるで他人事のように寝返りを一つ打つだけだった。
炎との喧嘩の代償。命をかけてもお釣りさえもらえない。黒猫に「嘘つき」と呟いて、勝は胸の上に乗るペンダントに触れた。
視界一杯に広がる夜空。満月。アフロ髪……。
「何か、言い残しておきたいことは?」
言葉の理解に苦しみながら、じきにああそうかと納得する。
テレビで見た情け深い殺人者の常套句。
夢の恩恵? 現実逃避?
これから殺されるにしては、どうも感覚は曖昧だ。