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          *** ***





 瞼の重さは、夢の余韻のせいだ。いつもその夢を見ると瞼が重くて上がらない。上げるつもりもなかった。小学生の頃からの遅刻癖は、中学生になると目立たなくなっていく。思い出から夢へ。夢から、それよりも不確かなカタチへ。


 もう夢は見なくなった。幻想は求めなくなった。イコール、大人。


「ママ……」


 そんな思いとは裏腹に、今でもあの頃と瞼の重さは変わらなかった。





          *** ***





 ――驚愕の桁が外れた。


「それ」に比べれば、例え謎の光に呑みこまれ、気が付けば知らない場所に立っていようと、見知らぬ少女にしゃべる猫、おまけにアフロ髪に赤いコート姿のアウトローな中年が存在していようと――つまりそんな現状も。勝にとってはほんの些細な出来事に過ぎなかった。


 勝は息を呑む。自分の目を耳を感覚ごと疑う。疑心の的は、的外れな登場人物たちではなく、他ならぬ桜だった。


「ママ……」


 傍若無人が回れ右をしたような、甘えた声色。無垢な寝顔で「ママ」と寝言を呟く桜が勝の足元で寝息を立てていた。


 具体的に言えば、心臓を刃物で一突きにされたような、抽象的に言えば、天使の矢にハートを射抜かれた(恋をした瞬間)ようなショックに勝はどうリアクションすべきか困窮し、立ちすくむ。傍では、桜と並ぶようにして地面に横たわっている少女に、黒猫が何やら必死で呼びかけているが、恋は盲目、勝の目にはすでに桜の寝顔しか映っていなかった。


 完全攻撃型の鉄壁を誇る桜の無防備な寝顔など、お互い思春期に突入してからは一度として拝むことなどなかった代物プラス。


「ママ……」


 これまでに構築された桜のイメージを決定的に覆す可愛い寝言。まさにプライスレス(無価値の大宝)。


「やっぱり、桜も女の子なんだなぁ……」


 周りの不思議そっちのけで、女子高生の寝顔と寝言で感慨に浸る男子校生がそこにいた。


「猫の話を聞けえっ!!」


「! ぎゃああああ! 目が! 目がぁー!!」


 潰された。


 勝が身軽にハイジャンプする黒猫の姿を視認した時には、すでに猫パンチは勝の眼球に炸裂していた。いくら桜の目潰し攻撃によって免疫が出来上がっているとはいえ、痛いものは痛いのである。勝は両目を押さえて、地面を無様にのたうち回った。


「――って、あ、あれ? へ?」


 思う存分醜態を晒し終えた後、ようやく勝は辺りの変化に気づくこととなった。


 前。右。背後。左。全方位。三百六十度。見回してみてから、勝は地面に座り込んだままの恰好で、本日二度目の驚愕を素直に受け入れた。


 熱。熱。熱。熱。熱。熱。熱。イコール……。


「……火? 炎? フ、フレイム? ファイアー?」


 突き付けられた光景に、眩暈のするような熱気と酸欠を自覚する。地面から立ち昇り火柱を上げる炎の囲い。優に四メートルは超える高さの炎壁。


 そう。ようやく勝は、炎の檻の中に閉じ込められていることに気付いたのだった。


「な、なななにこれっ! いつの間に、こんなっ――」


「お前がその女の子に見惚れてる間にだよっ!」


「へ?」


 本日、勝三度目の驚愕は、しゃべる黒猫のトトだった。


「ね、猫っ! 猫が喋ってるっ!?」


「そんなこと今は気にしてる場合じゃ――」


「そ、そうかっ! これは夢だっ! 夢なんだ! 桜のキャラは崩壊してるし、なぜかピンチだし、黒猫が喋るしっ! ね、ねえ、そうでしょ、猫ちゃん!?」


 夢と現実のギャップの筆頭に桜の名前を挙げる勝だった。


 が、そんな現実逃避も二度目の猫パンチが一蹴した。


「――とにかく、この状況が一刻を争うって見れば分かるよねっ!? 分かったら僕の言う通りにしてよっ!」


「――へ? あ、う、うん……」


 そして、猫に使われる勝だった。





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