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グレンは困惑し、自らの目を疑う。
敵に向け放った炎の前に立ちはだかった人影。一瞬だが、月明かりに浮かんだその正体は、まだあどけなさを残す少女だったのだ。
炎を受け止めようと両腕を広げ、自ら死の淵へと飛び込む。今まで、幾度となく命のやり取りを経験してきたグレンだったが、そんな的外れな行動に打って出る輩は、今まで誰一人としていなかった。
勇気と呼ぶにはあまりに無謀で、犠牲と呼ぶには少女はあまりに幼い。
「――っち」
予想外の事態にグレンが舌打ちをし、炎を吸引するまでのわずかなタイムラグ。その間に、炎はけたたましい光にかき消され、夜の衣はわずかの間だけ剥ぎ取られた。
唐突に発生した光は、グレンの目を眩ませ、たまらずグレンは後ずさる。
この波動。この光。間違いなくそれは、さっき遠目に見た召喚士の魔力と同じものだった。
「……そういうことか」
少女自身を投影するような、幼く純粋なその輝きはグレンの琴線に触れ、わずかな躊躇を呼び起こす。だが、すぐさまグレンはそれを気の迷いと断じた。
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大の男の所有物にしてはなんとも締まらない代物だった。
幼児向けの絵本。なぜそんなものが勝の部屋に置いてあるのかは疑問だったが、当の本人はベッドの上で白目を向いて転がっているので知る由はない。なんとなく、気まぐれに桜は勝の勉強机の引き出し三番目から発見したその絵本を手に取った。
すでに一度勝が目を覚ますまでに部屋にある漫画は読み潰してしまったので、ガサ入れ以外にすることもなかったのだ。桜の辞書に、介抱という言葉はもちろんない。
「むかしむかしあるところに……」
おなじみのフレーズから始まる物語。今声にして読むにはあまりに幼稚でファンタジーな世界。身近にあって途方もなく遠かった世界。浸り方すら忘れてしまった夢物語。
「……よくばりなわるいまじょがいました。あっそ」
――プロローグのプの字あたりで絵本は閉ざされた。
本を閉じると同時に携帯の着信が鳴り、桜はスカートのポケットからそれを取り出す。
何気なく開くディスプレイ。直後に発光する謎の光。思わず携帯と絵本を床に落とし、桜は混乱する。
「!?!?!!??!?」
言葉も出ないほど驚嘆する場面に出くわしたのはいつ以来だろう? エスカレートする謎の光に、体が触れる。薄れる。消えていく――。
「――桜っ!!」
誰かの声。消失の中で、掌にぬくもりが残る。それすらも消える。最後の最後に残ったのは、どこか懐かしい気持ちだけだった。
消失直前、最後に残った思い出の欠片を胸に抱き、桜は呟いた。
「――……ママ?」