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エピローグ・ツツジの咲く家

 不快な描写があります。ご注意ください。

 回転いすにだらしなく座りながら、三上(みかみ)は読んでいた週刊誌をデスクに放り投げた。

「見事に出し抜かれちゃいましたねぇ、三上さん」

 隣のデスクの柿田(かきた)がからかい混じりに言ってきた。

「うるせぇよ」

「ホームレスの真似までしてあの家のこと調べてたのに」

 島口(しまぐち)家の離れにある、平屋建ての家に引っ越してきたばかりの一ノ瀬(いちのせ)という若夫婦は、前の住人の例に漏れず、一月もせずに出ていった。

 その後の若夫婦の所在を突き止め、何故すぐにあの家を引き払ったのかを問いただしたのだが、頑なに口を割ることはなかった。

 だが、あの家には絶対何かあるに違いないのだ。それが、おそらく三年前の失踪事件の解明に繋がるに違いないのだ。

 そうしているうちに、警察に、島口家の庭に遺体が埋められている、と書かれた匿名の投書があったらしい。警察は当然これを無視するわけにはいかない。

 捜査の手がのび、ついに島口家の庭の地中深くから四体の遺体が見つかった。そのうちの一つは乳児の遺体だった。

 四体のうち、乳児の遺体と二体はすでに白骨化していた。おそらく三年前に失踪したとされていた夫婦とその子供と見られている。

 残りの一体はまだ新しい遺体で、この遺体だけコンクリート塀に近い隅の方に埋められていた。所持品も一緒に埋められていたため、身元はすぐに判明した。

 小谷茂(こたにしげる)、62歳。自称ジャーナリスト。

 深夜、庭に忍び込んでいたところを見つかり、後頭部を数度にわたって殴られ、ほぼ即死。凶器は物置小屋にあった先の尖ったシャベルだ。

「このおっさんただの事件マニアだろ。素人が首突っ込むから――」

「まぁまぁ、一応被害者ですから。それにしても、動機は何だったんでしょうか?」




 三年前、当時医学部志望で一浪中だった島口裕貴(しまぐちゆうき)は、一日の大半を受験勉強に費やす毎日だった。

 暑い夏だった。裕貴は最後の追いこみの時期にあった。

 離れには新婚夫婦が住んでおり、何ヵ月か前に子供が生まれたばかりだった。赤ん坊が泣くのは当たり前のこと。

 だが、真夏の暑さで昼も夜も窓を網戸にしていた裕貴にとって、赤ん坊の泣き声は集中力をかき乱されるいまいましい不快な騒音でしかなかったのだ。

 全国模試の結果は、有り体に言うと崖っぷちだった。

 もし今年も落ちたら――――。

 受験のプレッシャーもストレスもピークだった。

 相変わらず赤ん坊の泣き声は、昼も夜も容赦なく裕貴の鼓膜をつついてくる。窓を閉めても夜は静寂を縫って耳に届いてくるのだった。

 裕貴の中で何かが崩壊し始める。

 ストレスの捌け口は、まず、祖母に懐いていた飼い猫に向かった。

 胸がスカッとして、思いのほか受験勉強に集中できた。

 だが、もちろんそれで赤ん坊が泣かなくなるわけではない。

 集中力は数日で途切れ、次の捌け口は離れにいる赤ん坊に向かった。そもそもの諸悪の根源は赤ん坊なのだ。

 深夜、開いてた窓から侵入。まず赤ん坊を絞殺。その後、物音に気づいた母親を持ってきたロープで絞殺。別の部屋で寝ていた父親も同様に絞殺。

 無我夢中だった。赤ん坊を殺したら、その親まで殺さなければならない。殺さなければ大変なことになる。その思い込みが裕貴を突き動かしていた。

 父親を殺して全てが終わってから、裕貴はようやく自分がしでかした、事の重大さに気づいたのだった。

 部屋に息子がいないことに気づいた島口夫妻は息子を捜しまわり、ようやく見つけたと共に離れの惨状を目の当たりする。

 夫妻は息子をかばうための隠蔽工作に動いた。暗いうちに遺体を庭に移動させ、地中深く埋めた。

 周りは離れも含めて高さのあるコンクリート塀でぐるりと囲まれているため、暗くなれば近所に見とがめられることはなかった。

 離れの中は痕跡が残らないよう掃除を徹底した。

 表の庭は芝生を敷いたきれいな庭だったが、そんなことにかまわず急いで暗い中三人の遺体を埋めたために、朝になってから気がつくと、当然芝生はめちゃくちゃだった。

 そこで急きょ、植木でうまく隠してしまうことを思いついたのだった。

 庭に咲いていたツツジの花は、遺体を養分にして見事に咲き誇っていたのだった。

 失踪発覚後、警察や近所の人の協力で付近や心当たりを捜索されるが、発見されず。この時、島口夫妻も捜索活動に参加している。

 翌年、裕貴は第一志望の国立大医学部に合格。

 結局未解決の不可解な失踪事件として片付けられた。

 遺体が発見された現在、夫妻は取り調べに応じているが、裕貴はずっと黙秘しているらしい。

 認知症の祖母は他の親族に引き取られていった。母屋と離れは取り壊して土地は売りに出される予定だそうだ。




「――以上、俺が警察から仕入れた情報だ」

 そう言い、三上はノートパソコンを閉じた。

「さすが三上さん。あの立派な家は取り壊されるんですか」

「まあ、あんなことがあれば、あそこにはもういられないだろ。それにしても、あの事件マニアのおっさんは一体どうして庭に忍び込んだんだろうな。どこかから情報をつかんだとしか思えないんだが」

「警察への匿名の投書も、一体誰なんでしょうね? あんなすごい情報をどうやって」

 それだけではない。あの平屋建ての家には何があったのか、結局それもわからずじまいだ。

 三上と柿田は二人で首を捻った。

「でも、やっと終わりましたね」

「ああ」

 三上は一服しようと懐からタバコを取り出した。

「ところで三上さん、さっきから気になってたんですけど、そのラジカセどうしたんです?」

 三上のデスクの傍らに、見慣れないラジカセがあるのが気になったのだろう。両手のひらに乗る大きさで古いタイプのラジカセだ。

「捨てられてたんだよ。レトロな感じがなかなかいいだろ?」

「捨てられてたのを持ってきたんですか」

 柿田が若干冷めた目つきで三上を見る。

「悪いか」

「いえ。中にカセットテープが入ってますね」

「ああ。聞いてみたけど何も録音されてなかった」

「そうですか。ですけど、いくらホームレスのふりしてたからって、捨てられてたのを本当に持ってくるのはどうかと」

「そうか?」

 三上は悪びれる様子もなく、タバコを咥えて火をつけた。息を深く吸い込み、ふぅっと煙を吐き出す。

 ラジカセが西日(にしび)に照らされ、妖しく光った。


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