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 迷宮都市は人々を沸かせ熱狂させる。


 都市の要である塔は中央に位置しており、淀む様な有象無象の冒険者達を塔は眺めみる。


 冒険者とは死と隣り合わせの職業であり、誰しもが英雄に成りたいと思っている。


 だが現実は残酷で、誰もが英雄になれる訳ではない。


 夢破れた者は都市から出て行くか、あるいはその身に宿る力を使い犯罪に身を染めるか、いずれにしろ栄光から遠ざかる事となる。


 そして今、新たな英雄が生まれようとしていた。


「俺の名前は……」


 名前も知らない男の言葉を聞きながら、私は思う。


 これは英雄の物語ではない、一人の男がただの夢を追いかける物語だ。


 そして私もまた同じ夢を追い求める者の一人だった。






 男は退屈していた。


 生まれた時から彼は何一つ不自由なく生きてきた、富も名声も女にも困った事はない。


 それなのに満たされない何かがあった。


 金や名誉では満たせない何かが彼の心にはあったのだ。


 そんな彼が唯一興味を持ったのが、とある小説サイトで見つけた異世界転移物の小説であった。


 初めは暇つぶし程度にしか思っていなかったが、読み進めていくうちに彼はその世界に夢中になっていった。


 現実世界とは違う常識の中で生きる人々、剣と魔法の世界に憧れを抱く少年達。


 そして何より主人公の無双する姿に惹かれていった。


 気軽に童心に戻り、自分を投影することができた。


 誇り高き騎士は竜に跨り、悪を狩る。


 男の胸は高まり続け、甘美な愛を感じ続けた。


 男は考えた。


 何故、わたしはこんなにも興奮しているのか?


 何故、ここまでわたしは渇望しているのか。


 考えに考え、熟考した末に一抹の結論に至った。


 そうか、わたしはあの世界に転生したいんだ、男の心にかつて無い程の熱量が生まれた瞬間だった。

 男は即座に行動を起こした。


 まず手始めに行った事は、異世界について調べることだった。


 ネットを駆使し情報を集め、必要な知識を得る。


 グレーゾーンギリギリのアングラなサイト、神保町の古本市、自称転生者の元に訪れ、話を聞いたりもした。


 大抵は嘘で塗り固められた創作であったり、巧みに偽装された詐欺であった。


 唸るほどに金は余らせているので、見聞を広めると言う名目で世界各国を回り各地で同じような異世界狂いと交誼を深めた。


 男の行動力は気狂いの中でもずば抜けており、世界にアンテナを張り巡らせ、一つの情報を手に入れた。



  ”2014年にジェラシュ発掘調査で発見された銀の巻物は偽物だ”とする説だ。


 ケテフ・ヒノムで見つかった9cm程度の巻物は偽アラビア語で書かれた落書きとして処理され、宗教的文章ではないと判断された。


 しかし、調査を担当した南カリフォルニア大学のサムダ博士は調査終了後失踪し、調査員自体も退職や左遷に近い待遇を受けている。


 また、発掘に関わった考古学者の多くが不可解な事故に見舞われ、行方不明となっていた。


 更にジェラシュ遺跡から発見された遺物は発見後すぐに姿を消しており、現在何処にあるかは不明である。


 発見された場所から考えると、中東諸国が秘密裏に回収したと考えるのが妥当だろう。


 これらの事実が示すところは、この遺跡こそが本物の異世界への扉であるということだ。


 男は歓喜に打ち震えた。


 本物を見つけたという確信と共に。


 そして男は準備を始めた。


 異世界へ旅立つ為の準備を。


 男は常人とはかけ離れた精神構造を持っていた。


 だからこそ、異世界へ赴くことに躊躇は無かった。


 まず初めに行ったのは、己の身辺整理だ。


 長年連れ添ってきた妻や愛人との別れ、財産の放棄、信頼のおける部下数名と秘書にだけ自分の目的を打ち明けた。


 彼らは皆一様に驚きながらも、男の意志を尊重してくれた。


 理解ある良き友人たちに恵まれたことに感謝しながら、男は遺跡へと向かった。


 ヨルダンの首都アンマンから北へ48kmほど離れた場所に位置するジャラシュに目的の遺跡は存在した。


 古代ローマ時代特有のコンクリートで作られ、アーチやドーム状のフォルムが目立つ荘厳な地帯に男は圧倒された。


 柱が立ち並ぶ道を抜け、町の中央に建つ巨大な門が目に入った。


 大通りが直交する門の脇には遠くからでも見える程大きい石像が立っており、きれいな状態で残っている。

 そして、なぜだか分からないが、男はここにあると直感的に理解した。


 門の前まで歩くと、突然地面が動き出した、ごうごうと巨大な石材がせりあがり、地下へと続く階段が現れる。


 人の気配を感じないにも関わらず、階段の先の道は煌々とランプで照らされており、おおよそ100メートルは続いているように男は感じた。


 そして、その先には今まで見た中で最も大きな神殿がそびえ立っていた。


 神殿の入り口には、文字が刻まれていたが、アラビア文字だったため読めなかった。


 だが何故か、読める気がしたので、記憶を頼りに翻訳してみた。


【偉大なる神々よ、我を導き給え】と書かれていた。


 中に入ると、壁一面に壁画が描かれており、どれもこれも美しい男女が描かれていた。


 平和に食事を囲む姿や、”何”かを倒している姿、何かを話し合っている姿が1つ1つ緻密に描かれている。


 おおよそ普通の筈の壁画を眺め見ていると、男には段々と薄ら寒い恐怖心が芽生えてきた。


 誰一人として存在していないはずのこの神殿から視線を感じるのだ、それも一つではなく無数の視線を。


 それはわたしに興味を持っていないが、もし、わたしに興味を持てば一瞬にして存在が消え去るのだ、推測ではなく確信を持って言える。


 駆けるように走り、神殿の最奥まで辿り着くと、そこには直径3m程の大きな扉があった。


 男は唾を飲み込み、ゆっくりと扉を開ける。


 ギィイという音を立てながら、扉が開く。


 すると、目の前には何も無い空間が広がっていた。


 目を凝らして奥をみると、扉の先には石像がぽつりと倒れており、左腕が欠けていた。


 突然、石像の目がギョロリとこちらを一瞥した。


 男は思わず悲鳴を上げそうになった。


 何故なら、石像の目は何もなかったからだ。


 何もないとしか表現できない程虚無で包まれており、おおよそこの世のものではないと一瞬にして男は理解した。


 その時、男はある事を思い出した。


 かつて、エジプトでミイラ作りに従事していた男が、作業中にふとした好奇心で、死者の眼を開けてしまった。

 その結果、男は発狂し、病院に収容されたが、数日後に死亡した。

 覚悟を決めて石像に振り向く。


 すると男の頭の中に、石像の声が響いた。


 ―――汝、何を望む?


 男は無言のまま、異世界へ行きたいと答えた。


 しばらく石像は何も答えなかったが、1時間ほど待った末に石像は語りだした。


 ―――異界へ渡る術は失われた、故に異なる世界より█████の必要がある。

 ―――汝、血族となれ。


 男には石像の言葉の意味は分からなかった。


 しかし、異世界に行けることを理解した男は歓喜した。


 ―――自死を持って血族となれ。


 その言葉を最後に、次の瞬間、左手首から先が消えた。


 普通の人間なら戸惑っても、この異世界狂いは躊躇わない。

 

 男は喜んで懐からナイフを取り出し、自身の首へ突き刺した。


 渇望と未来、栄光と愛を夢見た男はいま死んだのだ。




【████】を獲得

【左手には愛】を獲得

地球にバイバイ(とんでもない馬鹿)】を獲得






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