ボクはキミを2度助ける
「この依頼をお願いします」
「はい。こちらの依頼は……近隣に住み着いたゴブリンの討伐ですね。依頼は、サイラス様おひとりで?」
「ええ、俺一人……」
「ああー!その依頼、ちょっと待って!!」
俺がギルドで依頼を受けようとしていると、唐突に背後から甲高い声が響き渡った。
またかと思い、後ろを振り返ると、例のごとく彼女は、そこに仁王立ちしていた。
赤毛の髪を1つにまとめた、凛々しい顔立ちの美人さん、シエラ・フィンツだ。
彼女は冒険者の間でも美人だと評判で、ほぼ毎日と言っていいくらいに、常に誰かから告白を受けているほどの人気ぶりだ。
告白はできないまでも、密かに片思い中です、といった隠れファンも多いはず。
実は俺も、そんな隠れファンの1人だったりする。
そんな彼女は、俺が何か依頼を受けようとするたびに、こうして張り合うように邪魔をしてくる。
理由は、まあ、なんとなくだが分かっているんだけど。
「サイラス・ドーラ、その依頼は私が受けます。あなたはその依頼を私に譲り、別の依頼を受けなさい」
「いやいや、待てよ、シエラ。依頼は先着順だろ?俺が先に受けたんだから、シエラが別の依頼を受ければいいだろ?」
「なんですって!?」
「ま、まあまあ、お二人とも。この依頼は完全出来高制で、冒険者の募集人数にも規定がありませんので、お二人で受けられてはどうでしょう?」
やや困った表情で促す受付嬢。周囲には、また始まったとニヤついた表情でヤジを飛ばしてくる冒険者も多い。
本当に、毎度毎度、突っかかって来るなよな……。
普通に接してくれたら、それだけでいいのに、なんでいつもそんな喧嘩腰なんだよ……。
事の発端、あれは、約半年ほど前だろうか。
俺が薬草採集の依頼を受け、森に入っていた時のことだ。
***
あとは傷薬に使う薬草と解毒剤に使う薬草を採れば終わりだな。
グォォォォーーー
突然の魔物の声に俺は周囲を見渡した。
声の大きさからするとゴブリンじゃない、それより大きな、オークかトロル……いや、まさかオーガか。
耳を澄まし音のする方へ近づくと、戦闘音のような音が聞こえた。
茂みから気づかれないように顔を出した瞬間、俺の目に飛び込んだのは、今にもトロルに討ち取られそうになっている女性の姿だった。
「下がってろ!こいつは俺が相手をする!」
気づいた時には、俺はトロルと女性の間に割って入っていた。
これが俺とシエラの出会いだった。
「私一人でもトロルくらい倒せたんだから!」
それが彼女からの俺に対する第一声だった。
期待していた言葉とのあまりのギャップに、一瞬、時が止まったのを覚えている。
いや、別に下心があって助けたわけじゃないんだけど、それでも、ありがとうくらいはあるかなとか。
そこから仲良くなったりして……とか、あってもいいじゃん。
それからだ、俺がギルドで依頼を受けようとすると、張り合ってきて、時には依頼を奪われるようになったのは。
俺が彼女に話しかけても、冷たい態度だったり、無視されることすらあるほどだ。
きっと、俺がトロルから彼女を助けたのが、彼女のプライドを傷つけてしまったのだろう。
だからと言って、そこまで嫌わなくてもよさそうなものなんだけど……。
「それで、いかがいたしましょうか?ギルドとしてはお二人で受けていただいても構いませんが……」
受付嬢の言葉に俺は我に返った。
そうだ、依頼のことだ。でも、一緒に受けるとなるとシエラがどう思うか……。
そう考えながら、視線をシエラに向けると、彼女は鋭い視線を俺に送ってきていた。
やはり、俺とは同じ依頼を受けるのは嫌ってことか。
「あっ、いえ、シエラもこう言っていますので、俺は別の依頼でも……」
「構いません!2人で、この依頼を受けたいと思います!」
俺の言葉を遮るようにシエラは受付嬢に言い放った。
「えっ、でも、俺と一緒じゃイヤなんだろ?」
「べ、別に、イヤだって言った覚えはないわ!ただ、私が受けようとしていた依頼を、いつもあなたが横取りしていくだけよ!」
いや、横取りって。だから、依頼は先着順だって言ってるだろうに。
「えっと、その……」
「あっ、すみません。じゃあ、俺もこの依頼を受けようと思います」
俺とシエラの言い争う姿に困っていた受付嬢さんは、俺がそう答えると依頼の詳細について説明してくれた。
詳細と言っても、周辺のゴブリンの討伐。期限は特になし、ゴブリンのものとわかる物を持ち帰れば、一体討伐につき報酬がもらえる。
いわゆる、登録型のフリークエストみたいなやつだ。
「シエラはすぐに行くのか?」
俺は説明を受け終え、ギルドを出たところでシエラに問いかけた。
「あ、あなたには関係ないでしょ!それともなに、私と一緒に行きたいの!?」
「あー、いや、全然。森の中で言い争ってたら危険だから、森に入るタイミングをずらそうと思っただけだよ」
「なっ、なによ、それ!」
いや、顔を合わせるたびに、こうして喧嘩を売られたら、魔物どころの話じゃないだろ。
ふと見ると、顔を真っ赤にして怒っているシエラの表情が、徐々に俺をあざ笑うかのような、見下したものへと変化していった。
「あー、やっぱり怖いんだ?だから、こっそり私の陰に隠れて、美味しいところだけを持っていくつもりだったのね」
「いやいや、俺はもともと1人で依頼を受けようとしていただろう?ゴブリン程度なら怖くもないよ。
それに忘れたのか?きみをトロルから助けたのだって……」
あっ、やべっ、これ禁句……。
そう思った時には、時すでに遅かった。
彼女の顔はみるみる赤くなっていき、目はつり上がり、髪が逆立つのではないかというほどの怒りのオーラを放っていた。
あっ、死ぬかも俺……父さん、母さん、先立つ不孝をお許しください……。
「いいわ!そこまで言うなら勝負よ!」
「えっ!?」
「明日の夜明けから日没までに、より多くのゴブリンを討ち取ったほうの勝ちよ!」
あっ、よかった、ボコボコにされるのかと思ったけど、その勝負なら楽勝……。
「私が勝ったら、なんでも言うことを聞いてもらうから!」
「それってつまり……」
「ボコボコにしてやるわ!」
ああ……父さん、母さん、先立つ不幸をお許しください……。
「いいわね、明日の夜明けに、ここに集合よ!」
彼女はそう言うと振り返ることなく去っていった。
なんで俺、あんなにシエラに嫌われてんだろ……。
そんなことを考えながら、俺も明日に向け、いそいそと家に帰るのだった。
***
「遅い!」
翌朝、集合場所へ到着した俺に、シエラは仁王立ちのまま言い放った。
いや、遅いって言っても、まだ夜明け前だけど!?
シエラを待たせるわけにはいかないと思って、夜明け前に出てきたのに遅いって……さすがにそれはないって……。
「シ……シエラはだいぶ早くに来てたんだね。なんでそんなに気合入ってんの?」
「べ、別に、緊張なんかしてないわよ!」
あー、うん、緊張してるんだね。
「一応確認だけど、日が昇ってからスタートして、日没前にはここに戻ってくるってことでいいな?」
「ええ。その時に持ち帰ったゴブリンの素材で討伐数の確認をするわよ」
「ああ、分かってる。一匹のゴブリンを切り刻んだりして、ズルするなよな?」
「誰が、そんなこと!!」
「おっと、そろそろ日が昇るぞ。無茶はするなよ」
「ふん、あなたに言われなくても分かってるわよ!今度こそ、私の方が上だって証明してやるんだから!」
「じゃあ、行くぞ!スタートだ!!」
俺の合図で、俺たち2人は森に向けて走り出していった。
***
7、8……11体分か、これくらい狩れればシエラといい勝負にはなりそうだな。
もう少し奥まで行けば、もっと狩ることはできるけど、日暮れも近いし、またシエラに圧勝して嫌われるのもイヤだし、今日はシエラに花を持たせてやろう。
俺は素材袋の中を確認し、少し早めに集合場所へ向かった。
「遅いな、もう少しで日が沈む……いくら何でも夜の森ではゴブリン相手でも危険だぞ」
俺は夕焼けに染まる空を見ながら、そうつぶやいた。
集合場所に到着してから、だいぶ時間が経ってもシエラが戻らない。
シエラは冒険者としては、それなりの実力を持っている。
今までだって、ソロでやってきたわけだし、無茶をするとは考えにくい。
もう少し待つか、様子を見に行くか……。
俺が悩んでいると、1人の冒険者が森の方から歩いてくるのが見えた。
一瞬、シエラかと思ったが、残念ながら、あまり顔なじみのない別の冒険者だった。
「すみません、森の中に他に冒険者はいなかったですか?」
「いや、見かけなかったぜ。それにもう日が暮れる。たいていの冒険者は森からは出たと思うが?」
「そうですか、ありがとうございます」
「あ、でもそう言えば、森を少し入ったところに荷物が散乱していたな……あっ、お、おい!?」
俺はそれを聞いた瞬間、イヤな予感がして走り出していた。
詳しい場所も聞かず森に入り、周囲をグルグルと探し回る。
息が切れ、身体が重だるくなったところで、見つけた。
無残にへし折られた弓矢と引き裂かれた素材袋。その袋の中からは、ゴブリンのものと思われる耳や牙が見える。
俺は耳を澄まし、周囲を見回した。周囲の物音や足跡に全神経を集中する。
俺には、その弓に見覚えがあった。
持ち手に巻かれた赤い布、シエラの髪と同じ色の綺麗な布の巻かれた弓は、紛れもないシエラのものだ。
あった!右前方の木に、不自然な切り傷が付いている。
おそらく、シエラの残したものだ。
俺はその方向へ走り出した。
ゴブリンは数体の群れで行動することが多い。
戦闘力が低いから勘違いされやすいが、ゴブリンは実は侮れない。
複数で襲い掛かり、身体の自由を奪ったのち、なぶり殺しにする。
気に入った女性などは、連れ去られ、犯され、子を産まされた後に殺される。
事実、そうして命を落とす新米冒険者は後を絶たない。
間に合ってくれ……手遅れになる前にシエラを見つけるんだ。
さらに森の奥へ進んだところで見つけた。複数のゴブリンと、その中心にいる赤毛の女性を。
「シエラ!!」
「サイラス!来ちゃダメ!!」
彼女の制止を無視し突撃する俺に、ゴブリンたちは弓矢で応戦する。
俺は弓矢にひるむことなく、手前にいるゴブリンを倒し、そのまま無我夢中で彼女を取り囲むゴブリンを蹴散らした。
「ハァハァッ、ハァ、ハァ……」
「サイラス……ごめんなさい…………」
「本当だよ、まったく!なんでこんな無茶……」
急に目の前がかすみ、頭がぼーっとしてきた。
同時に右腕に激痛が。見ると、ゴブリンたちの放った矢が刺さっていた。
「この矢に、毒が……シエラ、解……毒…………」
***
「ゲホッ、ゴホッ、ゲホゲホッ……」
俺は口の中の強烈な苦みと、異物感に目を開けた。
同時に口に入っているものを吐き出した。
「げえぇぇ、苦っ……」
「サイラス!!よかった、もう目を覚まさないかと……」
俺の目の前に涙目のシエラが顔をのぞかせた。
「あれ、俺、どうなって……」
「ゴブリンの毒矢を受けて倒れたの。もう助からないのかと思って、私……」
そうか、思い出してきた……たしかシエラを助けるときに右肩に矢を受けて……。
俺は右肩に視線を移した。
おそらくシエラが応急処置をしてくれたのだろう。出血はなく、包帯で覆われている。
「でも、毒矢ってことは解毒は……」
そこで俺は自分が吐き出したものに目を向けた。
それは、草をほぐして団子にしたようなものだった。
「まさか、俺の口に入っていたのって、解毒用の薬草か?」
「ええ、そうよ」
「気を失ってる人間の口に薬草を入れたのか?」
「そうよ、そうしないと助からないと思ったから。それにしても、薬草って苦いのね……」
彼女の言葉にハッとして、もう一度、薬草で作られた団子を見た。
その団子に使われている薬草は、すり潰してあるわけではなく、綺麗に形作られているわけでもない。
何度も噛みしめ、薬草を柔らかくし、形作ったようないびつな形……。
「シエラ……この薬草の団子は、もしかして、きみが?」
「……そうよ。し、仕方ないでしょ!すり鉢も予備の水もなかったんだから!口に含んで、その……団子状にすればと思ったのよ!」
そう言って彼女は、恥ずかしそうに口元を手で覆った。
「どうしてそこまで……。俺はてっきり、シエラに嫌われているものだとばかり……」
「そ、そんなことない!!そんなはずないじゃない……あなたは私を助けてくれた。トロルのときも、今回だって…………」
「えっ、でも、俺が依頼を受けるたびに邪魔したり、張り合ってたように見えたけど?」
「それは、あなたに私の力を認めさせたかったからよ……」
「どうしてそんなこと……」
「前に言っていたでしょう?強い女性が好きだって。だから、私の力をあなたに認めさせたかった。あなたに私を見てもらいたかったから」
そんなこと言ったかな……あっ、あれは冒険者たちで話していた時か。
でも、強い女性って言うのは力のことじゃなくて、自分の意見をしっかり持っているって意味だったんだけどな。
「私は、あなたが好きよ、サイラス……」
唐突の告白に俺の頭はパニックになった。
「えっ、あっ……おっ、俺だって……あっ…………」
急に身体を起こして、立ち上がろうとしたせいか、目の前が白くなっていき、頭がぼーっとし始める。
あ、やべっ、まだ毒が残って……。
倒れ込む俺をシエラがしっかり抱きとめる。
シエラの温かく柔らかい感触に包まれたと同時に、そのままあっさりと、俺は自分の意識を手放した。
***
目を開けると、どこかの部屋の天井が見える。
ぼんやり思い出せる記憶は、どうやら夢だったみたいだ。
それもそうか。シエラが俺を好きなんて言うはずないもんな。
「良かった、目が覚めたのね。心配したのよ、もう!」
声のする方へ視線を向けると、シエラが心配そうな表情で椅子に腰かけ、こちらを見ていた。
あれ、ってことは……。
「夢じゃ……なかったのか?」
「夢?何言ってるのよ。あのとき、あなたが急に立ち上がろうとして意識を失ったの。そのまま2日も寝てたんだから」
「そんなにか?じゃあここは……」
「診療所よ。あなた、森に入る前に外から来た冒険者の人に話しかけたでしょ?その人がギルドに私たちのことを話してくれて、何人かの冒険者が助けに来てくれたのよ」
「そうだったのか……」
「もう!二度と目を覚まさないのかと思って心配したのよ!あんな無茶して!」
「そうだな、心配かけて悪かったよ。でも、無茶はお互い様だろ?」
「うっ……と、とにかく!今後は無茶しないこと、いいわね?」
「ああ、約束する」
「よし!」
俺の言葉を受けて、ようやく彼女にいつもの笑顔が戻った。
「ねえ……あのとき、何を言おうとしてたの?」
あのとき……たしか、シエラからの告白を受けて…………あっ!
俺は勢いよく上体を起こした。
そして、そのままシエラの方を向こうとして、またバランスを崩した。
「ちょっと!何してるの!?」
とっさにシエラに抱きとめられ、再び温かく柔らかい感触が俺を包み込んだ。
「俺もシエラのことが好きだ。ずっと前から大好きだった、結婚してほしい」
俺の言葉に一瞬目を丸くしたシエラは、声を出して笑い始めた。
あれっ、何か間違えた!?
「あー、おかしい。いきなり結婚なんて、私たち恋人でもないのに」
そう言ってクスクスと笑い続ける彼女を見て、俺も自分の発言を思い出し、順番を間違えたことに気づいた。
「恋人の前に結婚なんて、サイラスらしいと言えばサイラスらしいわね」
「あっ、えっと、違うんだ。その、結婚を前提に付き合ってほしい」
「イヤよ!」
「えっ?」
驚く俺をよそに、シエラはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「結婚するんでしょ?私の初めてのキスを捧げたんだから、責任は取ってもらわないと」
えっ、それって……。
意味を理解するのに時間がかかっている俺に、シエラはおもむろに口づけをしてきた。
「……ちょっと早いけど、誓いのキス」
呆然とする俺に彼女は、はにかんで笑った。
その笑顔があまりにも美しくて、俺の理性は一気に吹き飛んだ。
「シエラ、もう一回!もう一回お願いします!」
「だーめ!本番までお預けよ!」
そう言いながら、彼女は俺に向けて、ちょっとだけ舌を出して、おどけて見せた。
それからも俺たちは同じ依頼を受けている……でも、それは張り合うためではなく、夫婦として助け合い、支え合うためにだ。
数ある小説の中から、この小説をお読みいただき、ありがとうございます。
初めての恋愛ジャンルの小説となります。
今後、ご要望があれば、ヒロイン視点での作品執筆も可能ですので、お気軽にコメントを頂ければと思います。