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第九章 別れ

■第九章 別れ


麗子とは2年ほどお付き合いした。

短い期間のことだったけれど

麗子に振り回わされていたので

今思うと、もっと長い期間だったように感じる。


麗子は夕方に保育園のお迎えがあった。

ただ、昼間は時間の融通の利く仕事だったので

待ち合わせしてよくランチをした。


「どうせあなたの奢りだから一番高いのにしようかな〜」

と遠慮せずに自分で勝手にメニューを見て、お店の人に中身を聞いたり


「でもダイエット中だし〜」

と言って結局は安い方にしたり。


そういうお茶目な態度を故意にすることで

麗子は実は私に対して、気遣いしているんだろうなと思った。


麗子とレストランに入ると楽しかった。


「すごく美味しかったよ」

「また、ランチ連れっててね」とは言っても、

「ご馳走さま」というような他人行儀な言葉は言わなかった。


今度はどこどこのランチ行こうよとか楽しそうにしている。


時には私のトイレ中に自分で全部精算していたり。


麗子といると心地よくて気を遣わないでいられる。

心から楽しい。本音が出てるからか。


記念日に何かプレゼントと言っても

「要らないよー」

「間違っても身に着ける物やブランド品は買わないでね」


「卓也さんのセンスない目で選んだ物、身に着けるのムリだよねー」

とか毒舌ばかり。


本当は気を遣ってるんだろうと思う。


税理士さんなんだし、実用として使えるかと思って

事務用のドイツ製のハサミとペーパーナイフを

プレゼントした事があった。


めちゃくちゃ目を輝かして喜んでくれた。

「大切に使うよ」って言った。


「卓也さんは私が想像もしないものプレゼントしてくれる」

「すごく嬉しい」

「卓也さんは、プレゼント選ぶの上手だね」


「いつも手書きの手紙付いてるし」

「それに卓也さんは、すごい字が上手」

「私は恥ずかしくて手書きを見せられないよ」


事務用品だからそんなに高い物ではないのに

そんなに喜ばれても恐縮すると思った。


その時、本当に心根の可愛い人なんだと感じた。


2年ほど付き合って、ケンカしたわけじゃないのに、

麗子からお別れの話があった。


私は少なからずショックを感じた。

ただ、それは表に出さずに別れに同意した。


麗子からの提案で今生の別れではなく、

連絡したい時は連絡して逢いたい時は逢うという事にしたら

どうかと言われた。


まあ、そう言うのもありかなと思いそれも了解した。


最初は寂しさはなかった。


また少しすれば麗子の気が変わって逢えるだろうと

安易な気持ちでいたんだと思う。


しばらくは楽しかった時のことばかり思い出した。

不思議と嫌な事は何も思い出さなかった。


時間の経過とともに喪失感というか寂しい気持ちが強くなっていた。


一方で日々のメールなどから解放されて

自由になったような気持ちもあった。


麗子の心の闇や彼女の心ない言葉などに接しないで済んだ。

振り回されない平穏な気持ちになったのも事実だった。


麗子の家族は私の存在を知り黙認していたようだ。

破滅的な人だから手に負えなかったんだと思う。


麗子は自尊意識が低く自分自身を大事にしない人だった。

そして誰かから愛される事ばかりを望んでいた。


誰かに愛されることで自分の存在を確認しているようだった。


私にもいつも好きかどうかを言わせていた。

好きだと答えると安心したような笑顔になっていた。


育った家庭環境で愛された実感が少なかったのかもしれない。

父親が母親に暴力を振るう事が恐ろしい記憶で

時にフラッシュバックすると聞いたことがあった。

早く家を出て独立したかったとも言っていた。


これは後から知ったが、麗子は私が別れたいと思っても、

私から別れは言わないだろうと確信があったようだ。


だから麗子は自分の方から別れの提案したんだと言っていた。


完全に切れるのは不安だけど、

少し繋がってさえいればと大丈夫と思ったようだ。


麗子には私を振り回しているとの自責の気持ちもあった。

「こんなタチの悪い女に関わって不運だったね」

「だから別れた方がいいと思った」と麗子は言った。


「ただ、大事な事だけど身体の相性がとても良かったからそれは心残り」

と必ず一言ジョークのようなセリフが用意されていた。

いつも苦笑いさせられた。


付き合っていた2年で私は散々に酷いこと言われた。

その時はへこんだ。

人生で初めてというほどの暴言。


でも時間が経過すると、それは私の心の傷に全然なっていなかった。


その時のことは第3者のように俯瞰してみた感じで

記憶に残っているだけだ。


麗子はこんなことも言った。

「いつも酷いことばかり言ってしまう」

「こんな事言ってはいけない」

「言い過ぎだというのは頭でわかっているのに」


「卓也さんにはどうしても言ってしまう」

「何を言っても許されると思って甘えてワガママを言ってる」

「あとで何であんなことは言ってしまうのかと後悔する」

「そして自己嫌悪になってる」


「酷いこと言っても、卓也さんは頑張って違うって真正面から反論してくれたよね」

「本当はその言葉に癒されてたんだよ」

「普通の人は怒ってしまうか、呆れて関わりたくないから私から去っていくんだよ」

「私はいつも捨てられる」


麗子は滅茶苦茶なようで、

何もかもわかっているようでそれが逆に哀しい感じだった。


別れた後、数カ月するとメールが来た。

「新しい彼氏できた」

「同時に何人もの男と付き合ってる」

「大学生に声にかけらてホテルに行った」

男性の話は、ほとんど作り話だったと思う。


そんなメールをしてくること自体が

麗子の心が安定してないことだと危うさを感じた。


そういう男性関係のメールは、

「そうなんだ〜」と何もコメントせずに返信した。


「今ウツ状態で寝てばかりで食事もできない」

「何を食べたらいいいんだろう」

食事についてはバナナが良いとか栄養ゼリーでどこのメーカーは美味しいとか。

表面的な返信に努めた。


「熱帯魚を飼いたいのだけど、どうしたらいいかな」

「教えて欲しいんだけど」訳のわからないメールも時にきた。

そんなこと熱帯魚屋さんに聞けばと、言いたかったけど


「水の交換とか、水温や酸素やエサとの管理とか手間かかるらしいよ」

「やめといた方がいいよ」

思い付きを諦めさせるためのメールをがんばって返信した。


どんな内容でも麗子からメールが来れば必ず返信した。


ただ、会いたいと言う言葉は麗子から出なかった。

私からも言わなかった。




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