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第八章 卓也の独白

■第八章 卓也の独白


「卓也さんは、汚い言葉つかわないね」

「育ちがいいんだな~と思う」

「お金持ちとかいうわけじゃなくても、育ちってあるよ」

「きっとご両親に愛されて育ったんだね」

「人の悪口も言わないしね」


「ねえ~。今度は卓也さんの話を聞きたい」と言った

「奥さんと、最初は永遠の愛を誓ったんでしょ」

「どんな風に結婚したの?」

麗子は自分の話で疲れたのか、私に要求した。


「たいした話はないよ」

私は麗子に語り始めた。


話し始めると

麗子はほとんど口を挟まず黙って聞いていた。


妻の麻美とは学生時代に知り合った。3年生だった。

自分は早稲田の学生。麻美は音大生だった。

初めて付き合った女性と言える。


男女の関係になったという意味では

それまでに何人かいたけれど。


きっかけは

先輩の彼女が音大生で、その彼女の出る声楽の

発表会に付き合わされたことだった。


大きな市民ホールで

音大生たちはカラフルなロングドレスに身を包んでいた。

髪を綺麗にセットして舞台用に濃い化粧をしていた。

スポットライトを浴びて

聞いたことのない外国語のクラシック曲を歌唱していた。

まるで別世界だった。


早稲田の女子学生や自分が卒業した下町の高校の女子とは

同年齢でも違う世界の人たちに見えた。


発表のあと、先輩のところに彼女は挨拶にきた。

名前は敦子さん。

「今日は来てくれてありがとう」

先輩は花束を彼女に渡していた。


汚れたジーンズ姿で来てしまった自分が情けない気分だった。

「すごく、素敵でした」と何を言っていいかわからず、私は言った。

敦子さんが眩しかった。


その時、一緒にいたのが敦子さんの後輩で麻美だった。

敦子さんの陰に隠れて、微笑んでいた。

それが初めての出会いだった。


敦子さんは西洋人的なメリハリのあるスタイルで

派手な雰囲気の美人だった。


敦子さんと違って麻美は細身でどこか清楚な感じで

目が大きく整った顔立ちの美人だった。

一目で麻美のことが好きになっていた。


余談だけど敦子さんと麻美は今でも年賀状やライン

で交流がある。

敦子さんの旦那さんは、その時の私の先輩ではないけれど。


先輩や敦子さんの力を借りて

麻美と付き合うことになった。


麻美は明るく頭が良かった。

機知に富んでおしゃべりだった。

背も高く、スタイルがよかった。

髪は長くサラサラで艶があった。


女子高育ちで、音大生。

今までに出会ったことのないタイプの上品な女性だった。

ジーンズ姿は見たことなかった。

いつもワンピースのような女性らしい服を好んで着ていた。


下町育ちで公立中学、高校を経て、大学は男ばかりの早稲田。

育った環境の違いを麻美は面白がった。


麻美は疑うことを知らかった。

育ちが良いという感じだった。


そして何事にも真面目に取り組む人だった。


私が初めての男性だった。


楽しい学生時代は短かった。


あっという間に卒業時期がきた。


麻美は神戸の大きなお屋敷育ちのお嬢さんだった。

会社をいくつも経営する家だった。


麻美と結婚して生活するなんて想像もできなかった。

まだ学生気分は抜けていなかった。


麻美は神戸に帰ると言った。

それは実家のご両親との約束だからと言った。


神戸でお見合いでもするよと言った。

それは、私への最後の決断を促すつもりだったと思う。


私は、東京にいて欲しいと言えなかった。

学生の身でそんなこと言える覚悟はなかった。


麻美は涙を流した。

そして別れた。


私は卒業して就職した。

新しく社会に出て希望に燃えていた。

スーツを着て会社に行く毎日が新鮮だった。


就職後に社内の浩子と知り合った。

私に好意を抱いている雰囲気だった。

明るい楽しい人だった。


彼女のいない自由さから、

軽いノリで食事に誘った。


3度目の食事のあと浩子から

自分の部屋に寄っていかないかと誘われた。


少し考えて、それは断ったが、

今度一泊旅行はどうかと誘った。


絶対行きたいと言って浩子は大喜びした。


本当は浩子のためではなく

麻美を忘れるために誘ったんだと自責の気持ちがあった。


旅行で男女の関係になった。


浩子のことは、いつも麻美と比べてしまっていた。


浩子には申し訳なかった。

寂しさを紛らわしているだけだった。

それは自然と伝わっていたのかもしれない。


「私のこと、そんなに気に入ってないよね」

「卓也さんは、心から楽しんでないよ。いつも」

「私に、後ろめたさがあるんだよね、きっと」


「心残りの人いるの?」

「今付き合ってる人がいると思えないけど」

「前の彼女?」


「私は怒ってないよ」

「部屋に誘ったの私だし・・・」

「最初だから、思い出作りに旅行にしてくれたんだよね」

「優しいよ。卓也さんは」


「愛されてないって、何となく分かってたよ」

「分からないふりしてただけ」

「もしかしたらって期待してしまったの・・・」


「もう優しくしないでよね」と悲しい顔をした。


「その彼女のところに行きなよ」浩子は去っていった。


浩子に言われて、

麻美を失ったことの大きさを知った。

かけがえのない存在だったと改めて思い知った。


私は意を決した。

何十枚もの手紙を一気に書いた。


別れて1年、社会で仕事をしてきたこと。

麻美はかけがえのない存在であることを思い知ったこと。

もう一度考え直してもらえないかということ。

結婚を前提に交際してほしいということ。

そんな自分勝手な思いを手紙に込めた。


数日後

麻美から同じように分厚い手紙の返信がきた。


この1年間、同じ気持ちだったと書いてあった。

「気が付くの遅いよ」

「卓也は、私のこと好きだっていう自信があった」

「それは自分自身の自信につながっていたと思う」

と書いてくれた。


「私もピアノを教えてお金を稼ぐから大丈夫」とジョークも書いてあった。


それから

新幹線で東京と神戸を往復した。

20:30発の東京発最終で神戸に行き

20:30発の大阪発最終で帰ってくる。


ホームで別れを惜しむ男女が何組もいた。

シンデレラエキスプレスと呼ばれている新幹線の最終。


出発の音が流れてくると、ホームから列車へ乗り込む。

ドア閉まる。

麻美はいつも笑顔で手を振ってくれた。

私に涙は見せなかった。


そして10か月後に結婚した。

大学卒業した翌年には結婚していた。


周りからは頼りない夫に見えたと思う。

おママごとじゃないんだよって。


本人同士は真面目だった。


神戸の両親も私の両親も祝福してくれた。

優しく援助をしてくれた。


結婚後、同じ社内の浩子には

「良かったね」と言われた。

それ以外はその後も一言も言葉を交わしていない。


そんな感じかな。

私は話し終えた。


麗子は、黙って聞いていた。

何も聞いてこなかった。

麗子はベッドの上で、天井を見ていた。


「それって大恋愛だね」

「私はそんな風に誰かに愛された経験一度もないよ」

麗子はポツリと言った。


「浩子もいいやつだね。卓也さんに誠意あったからかな」

「私なら一発ぶん殴ってたかもね」と麗子はわざと乱暴に言った。


少しして

「いつか私にも手紙書いてね」と言った。


「奥さんと一度は永遠の愛を誓ったんだね」

「悲しいね」

「大恋愛の末に結ばれたのにね」

「諸行無常だね」麗子はため息をつくように言った。


「だけど卓也さん、私のこともすぐに飽きるね、きっと」


「えっ・・・・・・」私は何も言わなかった。


「逆に私の方が、卓也さんに飽きるかもね」と麗子は何かを吹き飛ばすように笑った。


言いづらい心の底を

少し吐き出して、すっきりしたような気分になっていた。




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