第七章 麗子の独白
■第七章 麗子の独白
麗子は自分の過去を話すことを極端に嫌っていた。
この日は一人ごとのように暗いベッドの上で
過去を話し始めた。
父親はアルコール依存症だった。
酒が入ると母親に暴力を振るった。
普段は優しい父親だった。
人格が変わる父親が怖かった。
兄がいる。
40過ぎだが未だに独身で実家で過ごしてる。
兄は父親の一番の犠牲者だ。
今は最低限の仕事をしているが心の病があり
定職にはつけず実家暮らし。
重荷のようで兄のことは語らなかった。
そして私も何も聞かなかった。
話してくれることだけを聞いた。
父親に愛されていなかった。
アルコール依存で家で暴力を振るう姿が
今でもトラウマになっているといった。
その時の恐怖の記憶がフラッシュバックしてくる。
ずっと愛されてこなかった。
誰かから愛されたいという気持ちが強かった。
暴力に耐える母親のようにはなりたくなかった。
母親は暴力にあっているのに、父親を庇い
父親の世話や後始末をして回った。
それが嫌でたまらなかった。
母親は父親の尻ぬぐいすることに存在意義を感じている。
それが嫌だった。
私は弱い母親を責めた。
その責めている自分に嫌悪を感じた。
誰かに愛されれば自分の存在意義があると思った。
自尊感情が生まれなかった。
いつでも自分はいなくてもいい存在と思った。
大学生のころから年上の男と何人もと付き合っていた。
それも自分の父親のような年齢の男たちと。
愛されることを求めていた。
いつも誰からも愛されてないと感じていた。
年上の男たちは優しくホッとするときもあった。
ただ、その男たちも本当には愛してくれなかった。
セックスの時だけ少しだけ愛してくれているのかもと感じられた。
男たちは若い私とのセックスが目的だったと思う。
それを感じたときは、私は愛情の度合いを金銭で確認した。
高級レストランや高級ホテルを望んだ。
ブランド品や服やアクセサリーが欲しいとねだって買わせた。
バッグや財布はすぐに質屋で売った。
本当は服も宝飾品も欲しくなかった。
本当に買ってくるかどうかテストしているだけだった。
プレゼントをもらうことで自分の価値を確認した。
ただいつも虚しくて自己嫌悪した。
私の本性を感じると男たちはすぐに去っていった。
私はすぐに捨てられた。
同年代の男には子供過ぎて興味を感じなかった。
キレイでいなければという観念から
拒食症と過食を繰り返していた。
過食してから嘔吐が習慣となった。
両親は見て見ぬフリをし続けた。
精神が不安定で万引きをしては捕まった。
大して欲しくもない下らない文房具や化粧品を
無意識のうちバッグに入れていた。
大学を卒業するとすぐに家を出た。
自立するには資格を取るべきと思った。
税理士の勉強をした。
その時が一番充実していた。
私はすぐに資格をとった。
家にいるのは苦痛だった。
両親も兄もみんな嫌いだった。
卓也さんのように優しい父親なら良かったよ。
卓也さんのお嬢さんは幸せだよ。
卓也さんのような家に生まれたかった。
そんな家ばかりじゃないんだよ。
社会人になっても、年上の男ばかり付き合ってた。
年上の男にしか魅力を感じなかった。
いわゆる不倫だよ。
それは何もいいことないよ。
年上ってどのくらいって。
そうだね。卓也さんぐらいの年の男たち。
今の旦那は年下なんだよ。
大学院卒で製薬会社の研究員だよ。
悪い人ではないよ。
少なくても暴力はしないよ。
今まで風呂掃除は旦那がやってくれる。
朝の娘の食事もしてくれる。
給料も普通よりはもらってるかな。
初めて付き合った年下の男と結婚したんだよ。
私の家に住み着いて出て行かないかったから。
仕方なくって感じかな。
その時は仲が良かったよ。
会計事務所で私を好きだとか言うのが何人もいて
めんどくさくなってね。
資格を取れない男たちは
私が先に資格を取ると
急に冷たくなった。
男の嫉妬の醜さも感じた。
既婚者になればそういうのもなくなるかなとか。
付き合ってた年上の男達とはちゃんと別れたよ。
まあ、ずるずる何人とも長い事付き合ってたからね。
みんな未練たらたらだったようだけど、
ホッともしたかもね。
いつ奥さんにバラされるかと
ヒヤヒヤするようね人たちだっただから。
それに私に貢がされてたしね。
ただ、私もそんな悪女じゃないから
相手の経済状態を超えたようなことまでしてないよ。
このぐらい大丈夫だろうという程度だよ。
なんでそんな男たちと付き合っていたかって。
そうだね。おかしいよね。
寂しい時にはほっとするんだよ。年上の男は。
結婚してすぐに娘もできたよ。
幸せだったよ。
結婚してから卓也さんと付き合うまで7年間
一度もほかの男とは付き合っていないよ。
今話した内容からは信じられないでしょうけどね。
本当だよ。
今の旦那が悪いんだよ。
私に触ろうとしないんだよ。
この若さでレスなんだよ。
これって犯罪じゃない。
こんな良い女と同じ屋根の下で暮らしているのに。
私に興味がないんだよ。あいつは。
女にとって無関心ほど傷つくことはないんだよ。
私の心の病気に振り回されて
旦那もそれどころじゃないのかな。
娘の面倒はよく見てくれる。
今までの知的で聡明な麗子の口から
次々に衝撃的な話がでてきた。
私はずっと、黙って聞いていた。
時々、どうして?と聞く程度で、
自分の感想や気持ちは何も言わずにいた。
そうすることが彼女の心の声を聞けるように思った。
麗子は話を中断すると
ちょっとおしゃべりし過ぎたかもねと言って
憂いのある目をした。
麗子の心の闇のようなことを少し聞いて
また一歩近づいたような気がした。