第五章 感情障害 鬱(ウツ)ステージ
■第五章 感情障害 鬱ステージ
次に会ったとき麗子は約束時間を
30分以上遅刻してきた。
遅刻は別に問題はなかったが、
妙な事を言うことに驚かされた。
「事前に逢う日時を決めておくのはとても精神的にプレッシャーなんだ」
と沈んだ声で言った
「感情障害があって、その日にならないとデートできる状態かわからないの」
「そうなんだ~」
「その日に気分悪かったら断ってもいいんだよ」
「卓也さん、すごい楽しみってメールくれるじゃん。それが負担」
「今度から気をつけるよ。ごめんね」
「今日は、無理してきてくれたんだね」
「食欲もあんまりないようだね。気分良くないの」
「じゃ~またホテルに行ってのんびりしようか」
「帰るなら、家の近くまで送って行こうか」
「まだ、帰りたくないよ」
「体調良くないから子供は実家に頼んであるから時間はあるよ」
ホテルに行くと麗子はアルコールを飲みたい
と言ってビールを飲んだ。
どこか辛そうで、まったく別人の麗子を見ているようだった。
そして動きが緩慢だった。
いつものお茶目で聡明そうな麗子からほど遠い。
苦痛に満ちた表情をしていた。
明るい美しい麗子ばかりを期待していたわけではないけれど、
麗子の心の奥底に触れたようで少し恐怖を感じた。
「先にシャワー浴びてきていい?」と麗子は言った。
「いいよ、もし気分悪くなったら言ってね」
「大丈夫だよ。卓也さんはのんびり屋でいいな」
小さな声で言ってゆっくりバスルームに消えた
私も後からシャワーを浴びて戻ると
麗子はベッドの中で涙を流していた。
鬱状態というのは、普通の人が気分が落ち込むのとは
次元の違うものなんだと気づかされた。
安易な励ましはよくないという浅い知識は
あったけれど何をしていいか戸惑った。
一緒のベッドに入って麗子の髪をそっと撫ぜた。
「卓也さんは、私の体が好きなの?」
「もちろん綺麗な体も好きだし、麗子のことも好きだよ」と答えた。
「じゃあ、しようよ」
「せめて体だけでも好きでいてくれたらそれでいい」
「そんな言い方よくないよ」
「今日は体調良くないようだから、いろんな話しようよ」
「こんな暗い病気の女は抱けないの?」
「本当は私のことそんなに好きでもないんでしょ」
「私は生きている価値のない女なんだよ」
「そんなことないよ」
と言って硬直したその部分を示した。
麗子はその部分に手で触れた
「ほんとうだ」と言って、力なく微笑んだ。
「抱いてよ」と言って目を閉じた。
麗子にキスをしてそして抱いた。
麗子の反応は小さかった。
私は静かにゆっくり動いた。
麗子は静かに目を閉じて横たわっている。
時々、小さな声を出した。
辛そうな表情をしていた。
私は急いで達した。
途中で中断するのも麗子を傷つけるような気がした。
麗子は私が達すると少し微笑んで目を開いた。
ちゃんと行けたのというような意味の言葉を発した。
「すごく良かったよ」と私は答えた。
「私の体でも役に立ったかな」と小さい声がした。
「何言ってんだよ」
「麗子は最高の女だよ」
「私なんて誰からも愛されない、この世にいなくていい存在だよ」
そしてまた、麗子の目から涙が溢れ出してきた。
私は麗子の髪を撫ぜた。
麗子の良いところを思いつくままに話した。
麗子は何も言わずに目を閉じて反応はなかった。
彼女がいつか言っていた。
鬱の時は、しばらく何もできない状態が続き
引きこもりなっていた話を思い出した。
今まで、知的で明るい麗子だったから、
たいした問題ととらえていなかった。
今の麗子は感情障害の鬱状態ステージの始まりだ
ということを後から知った。
鬱ステージの時は、麗子は死ぬことばかりを考える。
「希死念慮」というらしい。
麗子から初めてその言葉を聞いた。怖い言葉だった。
自尊意識が低くなる。
誰からも愛されていないと思う。
自分なんて消えてなくなればいいと思う。
何もやる気になれず、注意も散漫になる。
薬で少し抑えられる場合もある。
心も体も休養することが回復の近道。
頑張れよと励ますと、
どう頑張ればいいんだと思わせ逆効果になる。
安易な慰めの言葉も、
どうせ何もわかってないくせにと感じさせる。
麗子の言葉を待ち、麗子のそばにいるよ
ということを示すことがいい。
暗くて嫌な気分が永遠に続くように感じている。
そんなことを麗子の鬱状態から学んだ.