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第二章 再会

■第二章 再会


麗子と出会って3ヶ月経過していた春の暖かい日だった。


銀行に融資のことで訪問した時のことだった。

融資担当者と挨拶を交わしてた。

遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。

麗子だった。


なぜその声を聞き分けられたか不思議だった。

ハッキリ麗子の声と識別できた。

麗子の姿を必死に目で探した。


私の胸は高鳴った。

50にもなろうというのに若者のような感覚。


麗子は銀行の玄関に向かっていた。

私は急いで麗子に近づいた。


「今すぐに用事済みますのでここで待っていて下さい」

私は麗子にいきなり唐突に声をかけた。


麗子のこれからの予定など聞きもしなかった。

自分のことを当然覚えてれるはずという自分勝手な前提だった。


麗子は怪訝な表情はしなかった。

麗子は笑いをこらえるような表情でうなずいた。


「はい、わかりました。あすこで待ってますね」

麗子はお茶目な雰囲気で、ロビーのソファを指差していた。

昔の同級生のような親しさだった。


後で聞いたところ、私が意を決したように走ってきて

その真剣な言い方がまるで高校生の告白のようで

強烈に可笑しかったといっていた。


その日、麗子と初めてランチをした。

こんな風に女性をランチに誘ったのは初めてだった。


5歳の娘がいること。

独立して一人で税理士事務所をやっていること。

保育園に7時までにお迎えに行くこと。

仕事はセーブしていること。

などを話してくれた。


隣の駅に両親が住んでいるので時々、子供を預かってもらう。

子育てを手伝ってもらっている。

それで少し仕事ができると話してくれた。


麗子からプライべートな話を聞くつもりもなかった。

何も質問せずに麗子の話すことだけを黙って聞いていた。


プライベートの話は

「私は既婚者なんですよ・・・だからそういうお付き合いはできないのですよ」

と麗子に暗に諭されているような気がした。

大人の会話だったのかもしれない。


自分の心の内を見透かされているようで

妙に恥ずかしい気がした。


一方で、麗子の意識も感じられて嬉しかった。


麗子は私このとをあまり聞かなかった。

興味がないということとは違った。


私が話すことは、真剣な眼差しで聞いてくれた。

すべて頭に刻み込むように。


一度のランチで急に接近できたようで

舞い上がるような気分だった。

トキメクとはこういう事かと思った。


「また、連絡してもいいですか?」

と聞いた。

「いいですよ」

麗子は少し考えてから、微笑んで答えた。


プライベートのパソコンのメールアドレスをメモしてもらった。

当時はスマホがまだなく、携帯のメールは文字数に制限があった。

やはりパソコンの方が思いは伝えやすかった。


その日から麗子に毎日長文のメールを送る生活が始まった。

伝えたいことはいくらでも溢れて来た。

それを文章にしてメール送信することが

至福の時間だった。

毎日夜10時に書き始め送信した。


子供の頃のこと、学生の頃のこと、読んだ小説のこと、

映画のこと、仕事のこと、好きな物、休日の過ごし方、

その日にあったことなど

いくらでも伝えたいことが湧き出てきた。


家庭のことなど避けている話題もあった。

最初に最低限の家族構成などは伝えた。

それについて麗子は何もコメントしなかった。


麗子は必ず返信をくれた。

麗子も家庭のことや生活を感じさせれることは

書いてこなかった。

最初に聞いていたことで十分だった。

お互い無意識に生活のことは避けていた。


麗子は、短い内容の時もあっても、とにかく返信してくれた。

いつの間にか返信を心待ちにしていた。

毎日の楽しみとなっていた。

高揚している自分、のめり込む自分に驚いた。


麗子は聡明だった。

メールの文章は機知に富んでいた。

文章は簡潔でシャープだった。

私は余韻を感じたり、

想像をめぐらせることが多かった。

私のダラダラ長い説明調の文章とは対照的だった。


決して生活を感じさせるような事はなかった。

近所で食事の買い物の話でも、

「近所のお店のご主人が私のファンなんだよね」

「私にいつも特別に内緒でオマケしてくれる」

「きっと、奥さんに後で怒らてるかも」

というような男女の話に結びつけていくから、

麗子のメールは読んでいても楽しかった。


生活を感じさせないけど、気取っているわけではなかった。

「今日はバーゲンの洋服を買うのにずいぶんと迷った」

と書いてくることがあった。

バーゲンと書く必要もないのに。


ブランドの物も持っていたけど

「この時計は税理士として独立したときに買った」

「自分へのガンバリのご褒美に思い切ってね」

とランチの時、自分の時計の話をしていた。


バッグもお気に入りはそれぞれに歴史があるんだと言った。

いいものを区切りで購入する。

麗子にとってブランド品の哲学を聞いて感心した。

麗子にはそれぞれのアイテムが

とても素敵で似合うように感じた。


少し前まで仕事で最低限の外出以外は

引きこもりだったことを話してくれた。

まるで何気ない様子でサラッと話をしていた。

何気ない言い方だったから、あまり気にかけなかった。


麗子の明るいお茶面な雰囲気から引きこもりなど

想像もできなかった。


その話をしたときに、一瞬ではあったけど

伏し目がちないつもと違う表情をした。

そのことが少し印象に残る程度だった。


徐々に麗子に近づき麗子の心の奥底を知っていくと

麗子の深い憂いを知ることとなる。

だがそれは、だいぶ後になってからのことだった。


メールや数回のランチでお互いのことを

よく知ったつもりだった。

それは思い込みであって、

実はお互いを深く理解するところへは至っていなかった。


結局はお互い表面的な当たり障りのない事を話して、

本当の心の奥は見せていなかった。



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