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第十章 自殺未遂

■第十章 自殺未遂


別れて3年ぐらい経っていた。

連絡も長い期間途絶えていた。


「ようやく縁切れたんだなと」思っていたころだった。


「声が聞きたいから時間ある時に、電話して欲しい」

と麗子から突然にメールが来た。


私はもう、ちゃんと終わりにした方が良いと思った。

「もう別れて何年も会ってないんだし、電話もしないよ」

と突き放した。

その方が麗子のためと思った。

いつまでも優柔不断な態度はよくないと思った。


返事はなかった。嫌な予感がした。


数日後、

「あの日、電話くれないから薬を沢山飲んで救急搬送されたんだからね」

「全部あなたの責任だよ。明日の午後必ず病院に来て」

と麗子からメール。


自分でメールできると言うのは

そんな深刻ではないのかもと良い方に解釈した。

一方、やはり背筋が凍る思いがした。


その夜は、数日前の麗子のSOSを

気づけなかったことに後悔した。


今まで麗子のSOSに対してあんな冷たい態度をしたのは

初めてだったような気がした。


今までは頼られれば、メールや電話で

一所懸命に寄り添っていた。


可哀相なひどい事をしてしまったと自分を責めた。

きっと最後の砦にも裏切られたと思ったのかもと思った。


別れて3年も経つのに、もう関係ないのに、何で今さら?

というような気持ちには全然ならなかった。


これは後から聞いたが、薬を過剰摂取して、

すぐにご主人に飲んだことを伝えたらしい。


ご主人は製薬会社の研究員なので

その事態がどう言うことか理解し、すぐに救急通報した。


救急搬送され、病院も事情を把握できていたので、

胃洗浄処理で体内に薬が吸収される前に処置できた。

身体へのダメージは最小限だった。


死にたいと言うのも本当だったかもしれない。

ただ、すぐにご主人に伝えたのは

怖くて死にたくないというのも

本音ではあったんだとわかった。


面会は午後からだったが、

翌日の午前中に病院に面会に行った。

集中治療室にいると言うのでどんな状態なのかと

不安な気持ちだった。


病室のベッドにはいなかった。

麗子は面会室で一人でポツンと座っていた。

体が小さくなってるように感じた。


腕に点滴。

病院支給の患者用のヨレヨレの寝巻き姿。

化粧もなく髪も後ろに束ねた

今までに見たことのない姿。


いつものオシャレな麗子ではないけれど、

普通に座っていることがとても嬉しかった。

「良かった」と心の底から思った。


少し涙が出そうな気持ちがした。

今でもその麗子の一人の寂しげな小さな後ろ姿の光景は

記憶に刻まれている。


麗子は私を見つけると、一瞬微笑んだ。

「何で午前中なんかに来るの!」

「面会は午後からなのに~」と怒りだした。


「午前中にシャンプーの予約してんだよ!」

「こっちも色々予定があるんだよ~」


「もう、ここで絶対に待っててね」

と言って麗子は病室へさっさと行ってしまった。


ただ、怒りながらも、「待っててね」と言う時の顔は

安堵して微笑んでいたような表情だった。

少し安心した。


数日前に自死を図った人には思えない元気さに困惑した。


結局、私はその面会室で一人で長い時間待つ事になった。


2時間後に、麗子は面会室に来た。

髪もシャンプーしていい香りがした。

そして少し薄化粧もしていた。


ヨレヨレの病院用寝巻きに点滴を付けてる姿は

とてもアンバランスに感じた。


午前中に来た事は、麗子の準備の予定を台無しにしたんだって

ことにようやく気が付いた。


こんな時でも化粧したり髪を洗ってから面会したいと言う

女性らしい思いを知り、麗子の女の部分を感じた。


そして改めてこんなことの要因を作ってしまったことに後悔した。


面会室では、麗子はまるで何事もなかったようにふるまった。

笑顔でデートのように

「久しぶりだね、元気だった」とか、

「急だったけど、仕事は大丈夫だったの?」

とか麗子は普通の会話をしてきた。


あまりにピントはずれで、拍子抜けした。


「麗子も元気だった?」

と私も言いそうになって言葉を飲み込んだ。

自殺未遂した人への言葉ではなかった。


なんで睡眠薬を・・・とは思ったけれど

私は一連のことを一切聞かなかった。

その後も聞かなかったけれど。


私はただ麗子の言葉を聞き、相槌を打つだけだった。


3年ぶりの再会と言う感じがしなかった。

1ヵ月ぶりぐらいの再会の感覚だった。


麗子が自殺未遂を起こして救急搬送され、

それに自分が関わるなんて想像を超えたことで

とんでもない大事件だった。


病院に来て麗子の姿を見ると、

入院した知人のお見舞いに来ただけのような錯覚がした。


少しするとお母様も面会に来た。


麗子は私を仕事関係の人と紹介した。


お母様は、私の顔を見ると意味のあるような微笑みを浮かべた。

「買い物があるので、失礼します」と言ってすぐに帰って行った。


自殺未遂した娘を置いて買い物?と思ったが、

よく考えたら気を利かして

席を外してくださったんだなと感じた。


後から麗子に聞いたが、お母様は一目で私に

好感を持ってくれたとの事。


麗子と私が、どんな関係かわかっていたんだと思う。


決められた面会時間ではないのに、二人だけで面会、しかも化粧して。

仕事関係でないのは誰でも気がつく。


そもそも自殺未遂で入院中なんてことを

仕事関係の人に言わない。


お母様は麗子のそれまでの行動からして、

私のような存在に特別に驚くことでは

なかったのかなとも思った。


子供がいるのにとか、ご主人がいるからとか

そんな常識のことは関係ないのかもしれない。

娘が生きるか死ぬかというときに

少しでも力になってくれる存在として

お母様は私を見ていたのかもしれない。


感情障害は本人もつらいが

その家族もつらいだろうと思った。


私が病院から帰る時に麗子は

「見送るよ」

と言って非常階段の踊り場まで付いてきた。

人はいなかった。


麗子は私の右手を取って自分のキレイな胸に寄せた。

病院用寝間着の下は下着はつけていなかった。

麗子の胸の美しさの記憶が蘇った。


私は麗子にされるままにして黙っていた。


あたたかく柔らかい麗子の形の良い乳房の感触と

息遣いが右手に伝わってきた。


私の目を見ながらを

「私のこと迷惑と思ってる?」と麗子は聞いてきた。


「思ってないよ」と答えた。


まっすぐ、じっと私の目を見て、

「私のこと好き?」と聞いてきた。


「もちろん会った時から、ずっと好きだよ」と私は答えた。


麗子は安心したように微笑んで、さらに私の右手を強く胸に押しあてた。

「ねぇ、ぎゅっとして」

「横浜で初めてしてくれた時のように」


私は言われるままに麗子の胸を

優しく右手で包んだ。


麗子は目を閉じてその部分に集中しているように見えた。

それは長い時間に思えたが

数秒のことだったかもしれない。


数秒後に、麗子は私の唇に一瞬キスをした。


「じゃ〜またね」と言って

さっと後ろを向いて、病室へ帰って行った。

一度も振り返らなかった。


あんなに美しい女の魅力にあふれた麗子。

今の麗子は点滴のスタンドを引きながら、

ヨレヨレの病院寝間着、素足にスリッパ。


私は麗子の後ろ姿を見送った。

見てはいけないものを見ているようで

切ない気分になった。


後から思ったが、この一連のことは

今までで最大の麗子のテストだったんだと思った。


そして私は麗子から逃げなかったし麗子を責めなかった。

麗子を好きなままだった。


麗子のテストにギリギリ合格点だったのかもと思った。

もちろんその時はそんなことに頭は回らなかった。


他人から見るとまともな関係ではない。

斜めの見方をすると、麗子は死ぬ気はなくて、

周囲の気を引きたいだけの甘えをしている

大人になれてないワガママ迷惑女。


私はそれに付き合わされ、

振り回されている憐れな男。


他人から見るとそう見えるのだろうなと思う。

ただの自己満足の不倫だよねって。

そうとしか見えない。


でも本人同士はいたってマジメだった。


麗子は感情障害で依存症だったかもしれない。


そして私はそんな麗子を助けることに

自分の価値を見出してしまった。


「自分が麗子を助けなければならない」

という間違った使命感に酔っていた。


共依存関係だったかもしれないなと

自責の気持になった。



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