第一章 出会い
麗子は容姿端麗の女だった。
卓也は麗子を愛した。
麗子には秘密の闇があった。
感情障害。
自分の感情をコントロールできない。
卓也に依存する麗子。
麗子の感情の起伏に振り回される卓也。
最悪の結末寸前から、
明るい未来へ進むことを決意する麗子と卓也の物語。
■第1章 出会い
麗子とは偶然の出逢いだった。麗子は当時37。
金融機関主催の懇親会で紹介された。
大手会計事務所から独立したばかりの税理士だった。
独立して一人で事務所を構えていた。
上昇志向な人柄を想像させるが、麗子にはそんな雰囲気はなかった。
穏やかで知的な喋りかたをしていた。
気取りもなくユーモアに溢れていた。
初対面から、昔からの知り合いのように接してくれた。
警戒もなく笑顔で接してくるので戸惑いを覚えた。
自分のことは簡潔にしゃべった。
私が話すときは静かにうなずいて聞き役に回ってくれた。
さりげなく質問をしてくれて、私から言葉を引き出してくれた。
細身で、ウェストの位置が高くダークスーツが似合っていた。
目鼻立ちがくっきりしていた。
ナチュラルメークなのに華やかな表情が印象に残った。
懇親会の会場では明らかに麗子の周囲は華やいでいた。
若い女性とは違う不思議な魅力を感じさせた。
謎めいている所もあった。
気さくではあったが生活感がなく
私生活を想像できない雰囲気があった。
笑うときはさりげなく口元を隠す仕草が上品に感じた。
動きがスローで丁寧だったので、優雅に感じた。
グラスをテーブルに静かに置いた所作が魅力的だった。
そのわずかな時間で、私は長い事忘れていたいような感覚が
溢れ出してくる自分に困惑していた。
この女性と親しくなりたい。
と言うのは上品な言い方であって
正直に言えば男女の関係になりたいと思った。
普段仕事で出会う女性の中には魅力的な女性はいた。
麗子に対する感覚は別物だった。
麗子は私の心は全てお見通しですよという目をしていた。
すべて見透かされたようだった。
麗子は、イタズラぽい目をして微笑んでいた。
もちろんこれは勝手な想像でしかない。
自意識過剰の賜物とも言えた。
いつも退屈な銀行主催の懇親会が
この日ばかりは楽しいものであった。
麗子とは、もう会う機会はないのだろう、と思った。
懇親会で名刺交換して
ほんのわずかに会話しただけの関係なのだから。
また逢えると思うほうがおかしい。
私はいつもの日常を繰り返していた。
会社に向かい仕事を終え帰宅する。
週末は家庭で家族と過ごす。
2週間前に麗子と出逢うまでは、
今の日常が幸せと感じていた。
今はどこか、焦燥感を持ってしまっている。
堅実無難なまま、このまま50代60代を過ごし、
そして老いていく。
そんな誰もが思う陳腐な感覚。
麗子とわずか数分、話をしただけだった。
自分の変化に驚かされた。
こんな妄想は誰もが持つものだと思う。
それは映画や小説の中で昇華させていく事。
そんな風に理解もしていた。
名刺交換していたので麗子に
連絡することは可能だった。
口実を思いつかなかった。
もう2度と会う事もないのだろう
と忘れることに努めた。
そもそも家庭のある身なのだから、
こんなことを考えること自体が
社会では容認されないことだと自分を責めた。