ヒロインはただの村娘
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何だろう。
私の前に現れたのは矢印だ。その先には町がある。
でも、その町に用事は無い。私が行きたいのはその反対方向だ。
村から出てきた私は森に採集に行きたいだけなのだ。そして暗くなる前にとっとと帰りたいのだ。
行きたい方を向くとカーナビの様にそっちじゃない!と、どうでも町に行けと誘導しようとする。
これが何の目的で出ているのかはもう分かっている。
だって見た事あるから……ゲームで。
操作に慣れた後はそちらへ進みなさいってやつで。
「行くわけないでしょ!!」
誰も居ないと思って荒げた声を発する。
「な~に叫んでんだよ」
後ろから声を掛けてきたのはルカだ。私の恋人である。
「あ~、うん、それがさぁ」
見えた矢印を指さす。
「出たか」
「うん」
ルカには見えていない。でも、ルカにも出た事がある。
「っていうか、今もそれ無視して追ってきた」
「なんか、揃ったっぽい?」
「で、始まったんだろうな」
私にはルカのは見えていない。
でもきっと、ルカに村に戻れとUターンが出ているのだろう。
二人分の重い溜息のが地面に吸い込まれる。
「リアは始めたいか?行きたいか?」
その顔は……
「ニヤつきながら分かっている事を聞かないでよ」
そう。もうすでにご理解いただけただろうが、ここは所謂乙女ゲームの世界だ。
設定として珍しくも無い、転生者が乙女ゲームの知識とこの世界においての特別な能力をもってゲーム世界を引っ掻き回して自分の押しキャラと幸せになるという、王道ストーリーだ。
幸い力を持つヒロインポジの私には同じく転生者のルカが身近にいてくれた。
私は、攻略法を読む事が好きだったから、そんなに興味がなくても裏設定なんかも知る機会に恵まれ。且つ記憶力には自信があるので目に入れた分はかなり覚えていたのである。だから、私が特別な力を得た理由も分かっているのである。
ならばやることは!
そう、私だけが特別という事態が起こらなければいい!!
特別というのは私が精霊達を救う蜂蜜飴を作り聖霊女王を救って女王と契約、加護を得たということである。
だから私はルカと共謀し、村で養蜂、蜂蜜大量生産から精霊女王だけでなく精霊たちも救える蜂蜜飴を作り、それが起こる日に村人のママたち子供達、更には休憩中のじじばば、若人まで総勢58名で精霊を助けたのである。尚、助けないという選択肢はない。
私達は更に、精霊の為に花畑も作った。花はこだわって精霊女王が好むと伝えられている種類を選んだ。
そして精霊は村に居つき、契約者と加護を得たものだらけになり、私だけが特別であることはなくなった。当然精霊女王との契約は回避した。その代わり精霊女王の親友と精霊王の恩人という称号がつけられていた。ヒロイン効果なのか、私が手掛けると蜂蜜飴の効果が高くなり、その蜂蜜飴で精霊王まで助ける事が出来たのだ。
このように回避の努力をしてきたが、ヒロイン設定が無くなることは無かったということが本日証明されたわけである。
「幸い強制力はなさそうね」
「こればっかりは実際始まったらってのがあったからな」
この矢印の通りに進むと、査察から戻る途中の王家御一行様、王子に遭遇するのである。例に漏れずヒロインが危機を救い、見初められてしまうと言う王道パターンだ。
大体、あれだけの護衛が付いていて医師も同伴なのであるから普通に考えて何かあっても万全なはずである。たまたまヒロインの力で酷くなる前に簡単に治療できたということが目をつけられたわけである。なので、無視したからといってそこで誰かが死んでしまうこともないだろう。
実際、ハチ毒の解毒であったわけだから医師で十分足りるはずなのである。今回だって、せいぜい腫れて熱を持つくらいであったのだから。
因みに、この国にだってアナフィラキシーショックについての知識も技術も揃っていたわけだし、その為の薬品もきちんとある。
まあ申し訳ないが万が一誰かが亡くなったとしても私に責は無い。ということで、この国の王子さまには身分に見合う女性と力を合わせて進んで頂きたい。
月日が流れ、王子が結婚したという日に私の矢印は消えた。ゲームが終わった。結婚するまで矢印が消えないって、どれだけ移り気なんだかと正直呆れる。縁が切れて本当に良かった。
おかげさまでその後何事もなく年月は過ぎ無事にルカと結婚することができた。夫婦二人がもうすぐ3人になる。
そんな幸せいっぱいの中久しぶりに矢印が現れた。しかし向いている矢印は私向きであり、ゲームの主要人物の誰かがこちらに向かってきていることを示していた。
身構えている私たちに向かってきらびやかなドレスを身にまとった女性が突進してきた。すかさずルカが私を背に庇うように前に出る。
なんとかルカにぶつかることなく止まった女性はルカを見るなり目をハートにし、後ろの私と目が合うと目を吊り上げた。
「なんでルカがヒロインと一緒にいるのよって言うかヒロインそのお腹っていうか一体何なのよ。何でヒロインがこんな所にいるのよ!」
「「出た転生者!」」
私たち二人のこの言葉で彼女も状況をすぐに理解したように見える。がくりと肩を落としぶつぶつぶつぶつと何かを唱えている。
「ルカに会うのを楽しみにしていたのに転生者なら中身別人じゃないのよっ!」
「だな」
「そうね」
よほどがっくり来たのか彼女はそこにしゃがみ込み、ドレスに隠れて見えないがついには膝をつき両手を床についてしまった。
「傷心のルカにゃんを慰めて私の手元に置くのを楽しみにしていたのに。傷心でもなければ、なんだかふてぶてしい感じもするし全然私のルカにゃんじゃない」
こちら側は全くわれ関せずな状態だったのに、彼女の方では条件が揃いルカとの出会いのイベントが起こるはずだったらしい。
これはもしかしてよくある続編やファンディスクなどと呼ばれる新たな物語が始まったパターンだろうか。
でも彼女の様子を見ると諦めてくれそうだ。ルカは私の夫だもの。絶対にあげたりしないんだから。
「思ったのと違ったからもういいわ。帰ります。どうぞお大事にそしてお幸せに」
「ありがとう。どうぞあなたもお幸せに」
「振り回されないで楽しく生きようぜ」
ルカの声で背筋を伸ばし風のように帰っていった。私に向かって出ていたと思われた矢印はルカに出ていたものだったみたいだ。私にも見えていたんだけどな?
風のように去った彼女を追うように精霊の一人が彼女の後を追っていくのが見えた。
そして下を見るともう矢印は消えていた。あの精霊が鍵だったのかな。
こうして私たちはその後今度こそゲームには翻弄されることなく幸せに暮らすことができた。
本当なら喜ばしい事に、王子は国を支える一人としてきちんと仕事をしているらしいと噂が聞こえてきている。田舎の人間にとって王家は遠い存在なのでそんなものである。
ただの庶民の小娘が加護を得たからといって、そううまく貴族社会に馴染めるとも思えなかった私としては、ゲームのヒロインよりもずっと幸せになれている自信がある。
ゲームのヒロインは本当に王子のことが好きだったのだろうか。王家という力に逆らえないだけだったのだろうか。やっぱり私には分からないが、自信を持って言えることは今の私はとても幸せだということである。
不思議とあの時に加護を得た58人は村から出て行こうと言う人は一人もいなかった。その後、契約できたものも加護を与えられた者はおらず、高齢になり少しずつ数を減らして行ったが、飴の作り方は村で共有された。
権力者にねだられることがなかったそのことが本当の加護なのかもしれない。
村は蜂蜜の名産地となり、寂れることなく蜂達と精霊と共存できている。
末永く続くことを願う。
『この村に感謝と信頼をこめて、与えられ続ける限り加護を与える』
お読み下さりありがとうございます。