Q6 もし、メイドから色々なご奉仕を受けられたら?
鏡を見るのも憂鬱な程、醜かった顔面がある程度改善され、自分のルックスにも、少しだけ自信が持てる様になった。
更に、デパートで、腕時計、DVD、ゲーム、洋服やバッグを買って、とても満足した。ここまで贅沢をした事は今まで一度も無かった。
そして、新しいスマートフォンも手に入り、ようやく不便さが解消された。
デパートから帰ると、亘宏は荷物を使用人に片付けてもらい、自身はすぐさま部屋に入り、スマートフォンの電源を入れて、インターネットにアクセスして、今まで溜まりに溜まった要求不満を爆散させる形でエロ画像を収集した。今までの携帯電話に保存していた画像は、全て無くなってしまったが、新たに画像を集めて、ベッドの中で自慰に耽けた。
久々の自慰で、性欲が満たされていった。やっぱり、二次元美少女のあられもない姿や喘ぎ声は、とても興奮する。
それに二次元なら、たとえジロジロ見てもバレないし、セクハラしても訴えられない。勢いで犯しても捕まる心配は無い。それに、どの娘もその時の反応がオスを刺激させる程にエロい。亘宏は画像を見ながら、気持ち悪い笑みを浮かべて、ニヤニヤしていた。
画像収集に夢中になりすぎて、夕食や風呂の時間にも遅れ、部屋に戻った後も、ベッドの上で、時間も忘れてひたすらネットに熱中した。
だが、使っている途中でスワイプをしている時に画面の動きが鈍くなってきたのである。動きがカクカクしてきて、画面が見づらく感じる。
その時、メールの通知音が鳴った。まだ、誰にもメールアドレスを教えていないのに、誰からなのだろうと思ってメールを開くと、こんな文章が書かれてあった。
データ量到達のお知らせ。
お客様がご契約した使っていたデータ量がなくなりました。
なお、データ量を増やしたい場合は、追加のお手続きをお願いします。
文章を読んだ瞬間、亘宏は絶叫した。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ?!」
作中では一行で済ませているが、本人の脳内では原稿用紙一枚分、全て『え』で埋め尽くさんばかりの衝撃だった。
ここがかつて住んでいた公営住宅なら、お隣さんから「うるさい」「近所迷惑」と怒られてもおかしくない位の大声である。
徹夜でネットサーフィンやエロ画像を収集するだけで、あっという間に容量がいっぱいになってしまうなんて事が在り得るのか。まだ、スマートフォン使用から一日も経っていないはずなのに。そもそも、スマートフォンには、容量制限があるとは思わなかった。
契約した時は、店員に言われるがままにサインして特に深く考えなかった。ガラケーとは違い、スマートフォンには容量に限りがあったなんて思いもしなかった。
亘宏はスマートフォンを持ったまま、脳内で右往左往した。
そこへ、扉のノック音が鳴った。
「おはようございます、亘宏様」
向こうから声が聞こえた。おはようございます。という事は、もう朝になっていたのか。画面右上の時間を見ると、6:00と表示されていた。もうそんな時間になっていたなんて。
焦った亘宏は、「ちょっと待って!」と言うと、慌ててベッドから降りて、寝間着から服に着替えた。
「入って良いよ」
着替え終えて声を掛けると扉が開き、メイド・加奈が入って来た。
「おはようございます、亘宏様」
丁寧にお辞儀をするメイドに亘宏は普段通りのフリをしながら、
「あっ、おはよう……」
と、挨拶した。だが、肝心のメイドは首を傾げながら尋ねてきた。
「亘宏様、今日は調子が悪そうですけど、大丈夫ですか?」
「えっ……大丈夫だけど?」
「だって、目の下にクマが出来ていますし、顔色もよくありませんよ。昨晩はよく眠れましたか?」
「い、いや、全然! ちゃんと眠れたよ!」
亘宏は握りこぶしを作って元気をアピールしたが、声からして動揺している事は明らかだった。
「それに、昨日のデパートから帰った後、部屋からほとんど出ずに夕食や風呂の時間にも、遅れていましたね。もしかして、昨日からずっとそのスマートフォンを使われていたのですか?」
鋭い指摘を突かれて、亘宏は図星を指した。このメイド、かなり察しが鋭い。
「そんな事は、無いよ。ちゃんと寝たから……」
どうにかその場を切り抜けようと、必死で弁明した。それを見て、加奈は亘宏の内面を察したのか、軽く溜息を吐いた後、
「そういう事なら、分かりました」
どうやら、向こうから折れてくれた様だ。とりあえず一安心だ。
「それでは、亘宏様。朝食がご用意されていますので、食堂までお越しください」
「うん、分かったよ」
亘宏が返事をすると、加奈は部屋を出ようとしたが、去り際に微笑みながら一言告げた。
「新しいスマートフォンに夢中になるのは良いですけど、時間に遅れるのはダメですからね」
やはり、自身の行動は見抜かれていた様だ。
時間通り食堂に来たら、普段なら向こう側の席に座っているはずの梨華の姿が無かった。
「あれ、梨華さんは?」
亘宏が尋ねると、加奈は答えた。
「梨華様は、本日仕事がありますので先に朝食を食べて家を出ました」
それを聞いて亘宏は少し落ち込んだ。今日も、二人きりで朝食をしたかったのに。
とはいえ、金持ちだからと言って、彼女達も決して毎日遊んで暮らしている訳ではない。彼女達だって、それだけの稼ぎを得る為に働いているのだから。
もし、そんな人がいるとしたら、お小遣いという名の札束をくれるパトロンがいる人くらいだろう。ニートの自分がそんな事を言える立場ではないけど。
仕方ないので、一人で席に座り、机の上に用意された、ご飯と鮭の焼き魚と松茸のお吸い物を食べた。
これを見た当初は、ここには洋食だけではなくて、和食もあるのかと感心した。洋食も良いが、やっぱり自分は和食の方が合う気がする。
鮭は、高級品を使っているのだろうか。脂が乗っていてとても美味しかったし、松茸も風味が豊かだった。
シンプルなメニューではあるが、やはり素材にもこだわっている様だ。亘宏は、鮭を咀嚼しながら朝食を堪能した。
朝食後は、再び部屋に戻りベッドの上に寝転んだ。
容量制限を受けたせいで、ネットの動きが悪くなってしまった。回線が遅いと、表示に時間が掛かって非常にストレスが溜まる。おかげで、せっかくの楽しみが出来なくなってしまった。おまけに、先程の行為をあのメイドに見抜かれてしまったのは、非常に恥ずかしかった。
とはいえ、それ以外には何の趣味も無かった。他に何をしようかと思うも、何も思い浮かばず、だからと言って何もしないのは、とても退屈である。
いっそ、布団に入って寝てしまおうかと思ったその時、亘宏はふとデスクトップパソコンに視線を向けた。
パソコンは学校の授業で少し触った事があるが、クリックはともかく、キーボードの配置が複雑で文字入力が出来ず、家でパソコンを買うだけのお金も無かったので、結局挫折してしまった。
そもそも何故、左上からABCDE……とアルファベット順に並んでいないのかというのが、亘宏のパソコンに対する一番の疑問にして不満な点だった。
とはいえ、今の時代パソコンが無いと不便である事も事実である。今時の若者にして、パソコンが使えないのは、自分でも恥ずかしいと思っている。
もし、パソコンが使えたらどれだけ快適なネット生活が送れるだろうか。そう思った亘宏は、加奈を呼び出して彼女に質問した。
「あ、あの……この部屋のパソコンって、自由に使ってもよろしいのでしょうか?」
パソコンを指差す亘宏に加奈は、
「えぇ、もちろんです」
と、微笑みながら答えた。
それを言われて、亘宏は早速、画面の右下にあるボタンを押した。すると、ボタンの隣にある青いランプが点いた。だが、肝心の画面が点かない。
「あ、あれ?」
予期せぬ事態に、亘宏は焦った。もしかして、このパソコンは壊れているのではないか。それとも自分は変な所を押してしまったのではないか。
「もしかして、パソコンをお使いになられた事が無いのですか?」
パソコンに悪戦苦闘する自分を見る加奈に言われて、亘宏の額から冷や汗が流れた。
「い、いえ……学校の授業で、ちょっとだけ触った事はありますよ……」
自分の言葉に嘘は無かった。だからと言って、そこで学んだ事は、ほとんど身に着いていないのも事実だけど。
そんなしどろもどろな返事に加奈は、
「よろしければ、私がパソコンの操作の仕方を教えてさしあげましょうか?」
「えぇっ、本当に良いのですか?」
思ってもみない展開である。
「えぇ」
それを言われて、亘宏は「お願いします!」と加奈に頭を下げた。
「それでは、まずパソコンの電源の入れ方から始めます。パソコンの電源を入れるには、先程亘宏様が押されたモニターの電源だけではなく、隣のハードの電源を入れる必要があります」
モニターの隣にある箱の形をしたものが置かれてある。どうやら、これがハードの様だ。円の上に縦棒が挟まれた絵が描かれたボタンがある。
「そこが、パソコンの電源となっています。まず、それを押してください」
加奈の言葉に従い、ボタンを押すと、画面に画像が表示された。
「う、映った!」
亘宏は、思わず椅子から飛び上がる形で腰が浮きそうになった。
「そこがパソコンの電源となっております。あと、しばらくすればデスクトップが表示されます」
ロゴが表示された後、英文が表示され、それが消えた後は青空の画像が表示され、アイコンが現れた。
「これがデスクトップ画面となっております。試しに、このメモ帳と書かれたアイコンをクリックしてください」
亘宏は加奈の指示に従い、マウスをどうにか操作しながら、メモ帳を探し、アイコンを見つけると、それをクリックした。
「あの……これ、開きませんけど」
「これらは、ダブルクリック、つまり素早く二回クリックしないと開きません」
「えっ、そうなの?」
「もしかして、ご存じなかったのですか?」
それを訊かれて、亘宏は顔を赤らめながら、無言でそっぽを向いた。それを見た加奈は、亘宏の肩にそっと手を置き、聖母の様に優しく励ました。
「大丈夫ですよ。これから、少しずつ覚えて行けば良いのですから」
普通なら、呆れられても仕方ないと思ったが、意外にも優しい言葉を掛けてもらえた。その言葉に、亘宏の目にはうっすらと涙が出そうになった。
加奈に言われた通り、メモ帳をダブルクリックすると、真っ白なウィンドウが現れた。
「表示されましたけど……」
亘宏が伝えると、加奈は、
「よく出来ました。それでは、亘宏様には早速タイピングをやってもらいます」
「たいぴんぐ?」
「タイピングとは、キーボードで文章を打つ事で、パソコン操作の上では、基本となる操作でございます。せめて、簡単な文章くらいは打てる様になった方が、今後パソコンを操作する上で、大きく幅が広がります」
それなら、是非マスターしなくてはならない。そう思った亘宏は、
「分かりました、頑張ります」
と、やる気を見せた。
「それでは、まずホームポジションについて、説明しましょうか」
「ほーむぽじしょん?」
「タイピングをする時の基本的な体制となる手の配置です。FとJのキーに突起物がありますよね。まず、そこに人差し指を置いてください」
亘宏は、加奈に言われたキーに、人差し指をそれぞれ置くと、他の指を置く場所を教えてもらった。時折、彼女の身体から発せられる甘い香りにそそられそうになったけど、言われた通りに指を置いていくと、ホームポジションが完成した。
「それがホームポジションとなります。タイピングをする上で、基本中の基本ですから、しっかりと覚えてください」
「は、はい……」
「それでは、早速『あいうえお』を打ってもらいます。よろしいですか?」
「はい」
亘宏は早速、『あ』のキーを押した。だが、画面に表示された文字は、『3』だった。
「あ、あれ?」
まさかのアクシデントに、混乱する亘宏を見て、加奈が尋ねた。
「もしかして、かな入力でやろうとしていませんか?」
「えっ、日本語なんだからかな入力かと思ったのですけど、それじゃダメなんですか?」
「ダメとは言いませんが、タイピングはローマ字入力が一般的です。使用するキーも約半分まで減らせますから、そちらの方が早いですよ」
「そ、そうなんだ……」
ぎこちない返答をするしかなかった。
ローマ字入力に直すと、少し時間が掛かったが、『あいうえお』の文字を入力し、その後はひらがな五十音や簡単な挨拶文を入力する練習を行った。
「ふぅ……やっと終わったぁ……」
一時間近く掛けて、ようやく練習が終わり、亘宏はぐったりと椅子の背もたれにもたれかかった。文字を打つだけで、こんなにエネルギーを使うとは思わなかった。
「お疲れ様でした」
加奈が労いの言葉を掛けてくれた。
「ところで、大分タイピングの基礎を学んだ事ですし、ご褒美も兼ねて映画のDVDを一緒にご覧になさいますか?」
加奈がDVDを取り出した。パッケージの上部には、『偽りの豪遊』というタイトルが書かれてあり、主演俳優が豪華なソファに座って両脇に美女を抱えるという、何とも派手なデザインである。
「何これ?」
「これは、二年前に発売された映画のDVDです。R18指定ですけどね」
「R18?!」
今、メイドの口から、R18という単語がサラリと出て来た。彼女の年齢なら、R18を見ても大丈夫であるはずだけど、涼やかな表情で口に出されるのは何だか違和感がある。そもそも、彼女がそんな過激なものを見て楽しんでいる姿は想像出来ない。
「まぁ、R18と言っても、成人男性が喜ぶ様なものではありませんが」
それを言われて、亘宏はきょとんとした。R18なのに、AVではないのか?
「AVじゃないなら、どんな内容なの?」
「この作品は、リストラが原因で路頭に迷っていた冴えない主人公が、とある大富豪の老人から『私の財産を継いでくれ』と言われた事がきっかけで、立派な屋敷で豪遊生活を送るという物語です」
内容からして、まさに今の自分とそっくりな状況であった。
「それ、面白いの?」
「はい。亘宏様もお気に召すかと思われます。このパソコンからも、DVDが視聴出来ますし、一緒に見ましょう」
加奈の口角は、にっこりと上がっていた。
大好きな萌えアニメではないが、せっかく勧められたので一緒に見る事にした。
二時間後。
「どうでしたか?」
「何というか……正直、凄くエグ、いや、シュールな内容だったよ……」
亘宏は顔を青ざめながら、コメントした。この時、R18が決してエロだけとは限らないという事を学習した。
本当のところ、「凄くエグすぎる」「後味が悪かった」と答えたかったのだが、それでは、せっかくDVDを勧めてくれた加奈に悪いので、言葉を濁す事にした。
ちなみに、物語は中盤まで高額な買物やクラブで美女とのセックスシーンなど、ご期待のお色気シーンはあったが、それでも、当初気弱ながらも純朴だった主人公が金に物を言わせるがままに豪遊していく中で、次第に使用人をこき使うなど傲慢かつ放蕩な性格に変わって行く様子は、恐怖を感じた。
遂には金が底を突いてしまったにも関わらず、主人公は豪遊を止めようとはせず、金を求めるばかりであった。
その結果、今まで主人公からパワハラを受けていた使用人達から訴えられて、その慰謝料として多額の借金を背負い、屋敷などの財産も全て差し押さえられてしまった。
結果、主人公は再び絶望のどん底に転落するが、その時に最初に出会った大富豪の老人が現れて、主人公に衝撃の事実を明かした。
実は、大富豪が提供した屋敷には、隠しカメラがあちらこちらに取り付けられてあり、自身の生活を四六時中、見張り続けていたのである。
身体が硬直してしまいそうな程、恐ろしい事実ではあるが、それも全ては主人公が本物の遺産を相続するに相応しい人間かどうかを見極める為に仕組んだものであった事を知らされた時は、何とも言えなかった。
結局、主人公は大富豪から自身の遺産を相続するに不相応な人間と判断され、最期は多額の保険金を掛けられた状態で、生きたままチェーンソーで身体をバラバラにされ、遺体をドラム缶に入れられて海に沈められるという、何とも無残なエンディングとなった。
主人公の自業自得であるとはいえ、主人公が解体されるシーンは、目を覆いたくなる程に痛ましかった。
もしかしたら、今晩はあの猟奇的なシーンが悪夢として出て来るかもしれない。そう思いながら、亘宏は映画が終わった後も、ガタガタと身体を震わせていた。
そして自分は、映画の主人公を反面教師にして、使用人をこき使う事は、絶対にやめようと誓った。
「ところで、亘宏様。もし、自分の日常生活があの映画の様に、24時間365日、全世界に配信されていたら、どう思いますか?」
それを訊かれて、亘宏の額から冷や汗が流れた。
「正直、怖くて気味が悪いと思う……」
フィクションとはいえ、もしあんな事が実際に自分の身に起きたら、恥ずかしくて死んでしまいそうである。自分の気付かないところで周囲から監視されている中で、迂闊な真似は出来ない。そうなったら、学校や近所で陰口を叩かれていた時と同じ恐怖のあまり引きこもってしまいそうである。
亘宏の答えを聞いて加奈は、
「そうですよね。とても自然な反応だと思います」
と返した。
「ところで、亘宏様は今後もパソコンの練習を続けていこうと思っていらっしゃいますか?」
「えっ? まぁ、パソコンはもっと使えたら良いなとは思っているけど」
「もし、亘宏様にやる気がおありなら、今後私が毎日指導してあげても構いませんよ。基本操作までですけどね」
「うん、それだけで十分だよ」
基本操作が出来れば、どうにかネットサーフィンをする事も出来る。そして、エロ画像も無制限に集める事が出来る。亘宏は、そう考えた。
「あっ、でも念の為に言っておきますけど、わいせつな画像を見て楽しむのは程々にしてくださいね」
加奈から笑顔で釘を刺されて、亘宏は思った。どうやら、この屋敷では迂闊な真似は出来なさそうだ。
だが、そんな内面を加奈が察したのか、加奈の口からとんでもない提案が出た。
「でも……どうしてもエロ画像が見たいというのであれば、私が代わりにご奉仕させても良いのですよ」
「えぇっ?!」
メイドの発言に、亘宏の耳は大きくなった。エロ画像の代わりに自分がご奉仕をしてくれるなんて、これは最早エロゲでしか起こりえないシチュエーションである。
「そそそそそ、それ、ほほほホント?!」
亘宏は、言語が崩壊しつつも、加奈に尋ねた。
「はい」
メイドは、何の恥じらいも無く落ち着いたトーンで、答えた。
「で、でも、本当に良いの? 僕が何をやっても、その場で悲鳴を上げたり警察に通報したり裁判に訴えたりするのは、ナシだよ」
「もちろんです。梨華様もいない事ですし、どんな命令をしても構いませんよ」
どこか蠱惑的に微笑むメイドの言葉を聞いて、亘宏はゴクリと唾を飲んだ。
もし、彼女の言葉に偽りが無ければ、コスプレをしてくださいとか、下着姿になってくださいとか、キスをしてくださいとか、3サイズを教えてくださいとか、胸を触らせてくださいとか、今晩一夜を共にしてくださいと命令しても、果たして彼女は言う事を聞いてくれるのだろうか。
しかし、どんな命令をしても構いませんと言われたからと言って、最初から無茶な要求をするのは、さすがに酷だろう。
なので、お試し感覚で軽い命令を出してみる事にした。
とりあえず、先程ネットで見た女の子のキャラクターを思いついた。
「じゃ、じゃあ……語尾に『にゃん』を付けて話してくれる。可愛らしく」
「かしこまりました」
加奈はコホンと軽く咳をした後、手を猫の肉球に丸めた。
「ご主人様、今日はかなにゃんがいっぱいご奉仕してあげるにゃん♪」
普段の敬語とのギャップで、悶絶しそうになった。まさに、ハートを撃ち抜かれた感じである。これに、猫耳と尻尾と肉球が付いていたら破壊力抜群だ。下手したら、その場でノックアウトしてしまっていたかもしれない。
しかも彼女、キャラに合わせてくれた上にアニメ声まで出せたのか。これなら、ギャルゲーの声優も務まる気がする。
「か、かなにゃん、今日は、僕だけの為にご奉仕してくれるの?」
「もっちろんだにゃん! かなにゃんは、ご主人の命令なら何でも聞いちゃうにゃん♪」
「そ、それなら……」
亘宏は次の質問を考えた。だが、いざ命令しようと思うと、色々とあって迷ってしまう。
「ご主人様、どうしたのかにゃ?」
考え込む亘宏に、かなにゃんが心配そうにこちらを見つめて来る。早くしないと、かなにゃんからの厚意を台無しにしてしまう。
次は、どんな要求をしようか。いや、彼女は何かを企んでいるのか。もしかして自分は試されているのか。そんな思いが亘宏の脳内を駆け巡った。
本来なら、更に何か命令した方が良いのかもしれないが、使用人に手を出したら、梨華に嫌われると思った。
あくまで自分は、梨華一筋なので、他の女性に手を出すのは、自分の良心が許さなかった。
亘宏は心の中で頭を掻いた末に、床の上で潔く正座して、手をハの字に置いた。そして、
「ごめんなさいっ!」
床に額を押し付けながら頭を下げた。土下座である。
「どうして、土下座なんてするのですか?」
まさかの土下座に、加奈は驚きのあまり元の口調に戻ってしまった。
「僕は、加奈さんの厚意に甘えていました! これ以上、加奈さんに破廉恥な命令をする事は、出来ません! 猫の鳴き真似なんかを要求して、本当に申し訳ございませんでした!」
亘宏は、メイドに対して深く反省の意を込めた。その姿勢には、さすがの加奈も拍子抜けして、もはや返す言葉は無かった。
しばらく沈黙が流れ、亘宏はもうダメかと半ば諦めたが、
「亘宏様、顔を上げてください」
加奈は、亘宏の頭を撫でて顔を上げる様に促した。
「あなた様の気持ちはよく分かりました。私の方こそあなたを追い詰めさせてしまった様で御免なさいね」
それを聞いて、亘宏は深い安堵のため息を吐いた。どうやら許してもらえた様だ。
「でも、『これ以上、加奈さんに破廉恥な命令をする事は出来ません』という事は、本当はそういう事だけを考えていらしたのですか?」
「へっ?」
加奈からの指摘を受けて、亘宏は再び図星を指した。
「例えば、美味しい料理を作ってくださいとか、膝枕をしてほしいとか、そういうお願いをしても良かったでしょう」
それを言われて、亘宏の顔は真っ赤になった。