Q4 もし、高級デパートで好きな物を好きだけ買えたら?
梨華に誘われる形で、亘宏は久々に自ら玄関を出た。
今回もフェラーリの車であるが、車体のボディは黒く、依然見た白い車よりもダンディズムな印象があり、しかもリムジンである。そして、運転席には昨日一緒に乗っていた男性が座っている。彼も使用人の様だ。
「さぁ、行くわよ」
梨華は使用人と共に、颯爽と歩き、車に乗った。亘宏も後に着いて行く。最初に乗ったフェラーリも衝撃を受けたが、まさか自分がテレビの中でしか見かける機会が無かった、リムジンに乗る日が来るとは思いもしなかった。
しかし、最初に乗った時と比べて、梨華と接する事に少しだけ慣れたので、どうにか会話を試みる事にした。
まず、先程から気になっていた事を梨華に質問した。
「気になった事があるんですけど、運転手は誰なのですか?」
「あぁ、彼は私のお抱え運転手の高橋よ」
と答えた。やはり、彼氏ではなかったか。その事が分かり、亘宏は安堵の息を漏らした。
「す、すみません。ちょっと勘違いしてしまって」
「勘違いって、何を?」
「い、いや……こっちの話です!」
咄嗟にボロを出してしまい、亘宏は慌てて誤魔化すと、すぐさま話題を変えた。
「ところで、梨華さんは自分で車を運転しないのですか?」
「うーん、運転免許証は持っているけど、ほとんど身分証明書代わりだし、自分で運転する事は、一人で出掛ける時以外では、ほとんど無いかな」
専属の運転手に任せきりではないのか。てっきり、金持ちは皆、運転なんて使用人に任せれば良いと考えているのかと思った。
「それに今日は、荷物持ちも必要だし」
それを言われて、亘宏は車内を見渡した。そこには、木水を始め使用人が数人一緒に乗り込んでいる。
確かに、買い物をする以上、荷物が増えるのは必然である。それに、女性に大量の荷物を持たせるのは、さぞかし大変だろう。
もし、車内で二人きりだったら「僕が荷物を持ってあげるよ」と、気前の良い事が言えたかもしれないが、生憎、自分は日頃の不摂生が祟っているせいで、肥えた体型とは裏腹に非力だった。
こんな事なら、頑張って筋トレをしておけば良かったと内心後悔した。
「着いたわよ」
目的地に到着して、車から降りるとそこにはデパートが建っていた。まるで、高層ビルを見ているかの様である。
「ここは……?」
「ここは、私の会社が運営しているデパートよ」
「マジで?!」
「そうよ。中には、スーパーやブランドショップ、レストランがたくさんあるわ。私もよく利用しているのよ」
ゴールデンウィングは、こんなところまで手を伸ばしていたのか。意外な企業展開に、亘宏はあんぐりと口を開けた。
「でも、中で何をするのですか?」
「そりゃあ、買い物をするのよ。あなたが欲しいものを好きなだけ買えば良いわ」
と答えると梨華はデパートの中に入り、亘宏と使用人も後から着いて行く。
デパートの中は、自身の近所のデパートより広々としており、活気があった。建物内のデザインからして、いかにも高級感がある。
しかも、デパートの来客もファッションやバッグなどから、本物のセレブだと分かった。こんなところに、一般庶民である自分が来て良いのかと心配になった。
使用人を連れ入って来た事もあって、周囲からの視線が集まったが、亘宏には特に不快な目は向けて来なかった。外見だけで、これ程までに人の印象は変わるのかと思った。
最初に向かったのは、時計店である。ショーケースには、高級ブランドの腕時計がズラリと並んでいる。
「うわー、これロレックスの腕時計だ」
亘宏は、ショーケースの中にあるロレックスの腕時計を見て、ケースに顔をへばりつけながら見ていた。銀色に輝くベルト、洗練されたデザインの文字盤、正確に時を刻む針。都会のビジネスマンが身に着けていたら、きっと絵になると思われるが、きっとそれ相応の値段があるだろう。
視線を値札に向けると、何と三百万円と書かれてあった。値段が高い事は分かっていたけど、これだけの値段がするのかと目玉が飛び出そうになった。
「あっ、それが気に入ったの?」
後ろから梨華が声を掛けると、亘宏は子供の様に、首を縦に振った。
「すみません。このロレックスの腕時計ください」
梨華が店員を呼ぶと、眼鏡を掛けた中年男性の店員がやって来てレジを打ち、木水がクレジットカードで会計をしてくれた。
「はい、これでこの時計はあなたのものよ」
高級な腕時計が手に入って、亘宏は目を輝かせた。貧乏人の自分が高級腕時計を手に入れられるなんて、まるで夢の様である。
「他にも何か欲しいものはある? 鞄とか洋服とか色々とあるわよ」
それを訊いて、亘宏は二つ返事で頷き、梨華に案内される形で、色々な場所に連れて行かれ、目に着いた商品を買って行った。男性に人気のファッションブランドの服、スポーティーなリュック、アニメのDVD、シンプルな銀色のブレスレット、高価な宝石など色々なものを買った。
そして、携帯ショップを通りかかると、亘宏は指を差しながら梨華に尋ねた。
「あの……ここで、スマホを買っても良いですか?」
「えっ、亘宏君、スマホを持ってないの?」
「はい。僕、家を追い出された時に、親から携帯電話を奪われてしまったんですよ。あれが無いと本当に不便なんです。それに、今まではガラケーだったから、そろそろスマートフォンを持ちたいなと思ったので」
理由を話すと、梨華は快く携帯ショップに連れて行ってくれた。
店内には、最新機種のスマートフォンがズラリと並んでいる。意外と数が多くて、どれにしようか迷ってしまう。
「あ、あの……セレブの人って、どんなスマホを使っているんですか?」
亘宏は梨華に、恐る恐る尋ねた。すると、梨華はクスッと笑い、
「別に、セレブしか使わないスマホなんて無いわよ」
と、答えた。
「あっ、そうですよね……」
それを言われて、亘宏は苦笑いした。
値段が高いスマートフォンはあるが、それでも一般庶民には手が出せない金額のものはない。
「でも、どれにしようか迷っちゃうな」
亘宏は、スマートフォンを見ながら呟いた。色々とデザインや機能が異なるので、正直迷ってしまう。
「梨華さんは、何を使っていますか?」
「私は、iPhoneを使っているけど」
「じゃあ、それにします!」
即答した。
亘宏は契約書にサインをした後、梨華とお揃いのiPhoneを購入した。色々な種類があって、自分では決められなかったからだ。それに梨華とお揃いなら、彼女とお近付きになれた気分になれるからである。
新しく手に入れたスマートフォンを見て、亘宏は手を震わせた。
今までは、ガラケーで妥協していたが、やはりスマートフォンでないと、アプリが使えなかったりスマートフォン限定のサイトにアクセス出来なかったりと機種が対応しておらず、画像や動画がダウンロード出来なかったりと、不便が多かった。
これなら、そんな問題も全て解消されるだろう。
早速、屋敷に帰ったら、久々にエロ画像収集をやろうと思った。
買い物を続けている途中、亘宏が梨華に尋ねた。
「そろそろお昼になりますけど、どうしますか?」
「そうね」
梨華が腕時計を見ながら、答えた。
「じゃあ、レストラン街でランチでも食べましょう」
という訳で、亘宏達はエレベーターで八階のレストラン街に行った。
エレベーターのドアが開くと、そこには洋食、中華、和食、創作料理、海外の民族料理など、あらゆるジャンルのレストランが並んでいた。どの店に入ろうか迷ってしまいそうである。
「あっ、あの……レストラン街って、思ったより広いのですね……」
「そうかしら? 駅とか他のデパートと比べたら、そんなに大したものでもないけど」
それを聞いて、亘宏は驚いた。一般庶民からすれば、これだけでも十分な広さである。だったら、その駅や他のデパートのレストラン街を見せて欲しい。
「それで、どの店に入るの?」
その質問に、亘宏は迷ってパニックになった。どれも美味しそうな店ばかりで迷ってしまったからだ。そんな時、偶然目の前に入ってきた店を見て亘宏は指を差した。
「ぼ、僕、これにします!」
亘宏が指差したのは、高級料理店や話題のレストランではなくて、いかにも庶民的なラーメン店だった。
「えっ、それで良いの? もっと、おしゃれな店には入らないの?」
意外な選択だったのか、梨華は目を大きく開けたが、亘宏は店に掲げられたポスターを指差しながら、心の叫びを声に出した。
「だって、ここのポスターにあるラーメンが美味しそうだったから」
亘宏が指差したポスターには、北海道バターコーンラーメンという文字が大きく掲げられていた。写真には、、チャーシューの上に、山の様に盛り付けられたスイートコーン。そして、その頂上に君臨しているバターが何とも目立つ。
「そういうものが好きなの?」
「はい。一度で良いから食べてみたいと思って。梨華さんは、ラーメンは嫌いなのですか?」
「いえ、ラーメンは食べられるけど」
「じゃあ、良いじゃないですか! きっと梨華さんも満足すると思いますから!」
普段、気弱な亘宏が目を輝かせて力説するので、梨華は遂に「分かったわ」と折れて、店に入って行った。
「うわー!」
ポスターの写真通りの北海道バターコーンラーメンを眼前に、亘宏は目を輝かせた。画像から飛び出した位のボリュームがある。そして、先程購入したスマートフォンでラーメンを撮影した後、亘宏はコーンを崩しながらラーメンを混ぜて、ラーメンを勢い良く啜った。時折、スープの雫が机の上や服に飛び散ったが、本人は食べる事に夢中で梨華が自身の行儀の悪さに若干引いている事にも全く気付かなかった。
麺の喉越しと豚骨スープの濃厚な味は、何ともたまらなかった。この店に来た価値は十分にあったと思えた。
亘宏は、ラーメンを口に入れたままくちゃくちゃと音を立てながら話し掛けた。
「梨華さん、どうですか、お味は?」
「う、うん。美味しいわね」
梨華はぎこちない笑みを浮かべながらも返事をした。やはり、ラーメンが苦手なのか。
そこへ向こうから話し声が聞こえて来た。
「なぁ、あの人って、確かこの前ネットに出てた……」
「ホントだ。近くで見ると、やっぱマジブサイクでウケるわ。写真に撮ってSNSにアップする?」
「おぉっ、良いねぇ」
声がした方を振り向くと、そこには隣のテーブルで、若い金髪の男性二人がひそひそと会話をしているのが見えた。二人とも、自分と同世代と思われるが、ブランド品のファッションや腕時計を身に着けている。
家が裕福なのか何かで儲けているのかまでは分からないが、軽薄で派手な風貌からは、かつて散々自分をいたぶっていた連中と同じ雰囲気があり、当時のトラウマを思い出させた。
そして、男性は亘宏にスマートフォンを向けている。その時、梨華がすぐさま席を立ち、男性達に近付き、亘宏と男性達の間を遮るかの様に立ちはだかった。
「ちょっと、そこで何やってるの?」
突然現れた女性を前に、男性達は梨華に文句をぶつけた。
「な、何なんだよ、あなたは!」
「私は彼の友人だけど、そういうあなた達こそ、何をやっていたの? もしかして、盗撮?」
梨華は男性達に問い詰めた。普段の優しい印象とは違い、凍り付きそうなまでの冷徹な口調である。
「何って、俺達はただスマホを弄って遊んでいただけだよ」
男性達は悪びれる様子も無く、答えた。しかし、梨華も簡単に引き下がらなかった。
「そうなんだ。でも、どうせ写真付きのツイートでSNSに晒して、彼を笑い者にするつもりだったんでしょ」
彼とはもちろん、梨華が指差している亘宏の事である。
「そ、そんな事はしてねぇよ!」
白を切る男性達だが、梨華は強引に男が持っていたスマートフォンを奪い取った。
「何があったんですか……?」
亘宏は恐る恐る男性のスマートフォンを覗き込んだ。
そこには、ラーメンを美味しそうに食べる亘宏の画像と『来来亭で、ノリヒロ発見! マジキモブサw 食べ方もキモイwww』という一文が添えられていた。
彼らは自分をネット上で晒し物にして注目を集めようとしていたのである。
「こんなものをSNSに上げようとしていたんだ……」
汚い物を見る様な目で見つめる梨華に、男性達は反論出来なかった。
「そうやって人を陥れるなんて、最っ低ね!」
その表情は、明らかに他人を軽蔑しており、強烈な威圧感があった。
「このツイート、今すぐ消すから」
梨華はスマートフォンを操作して、件のツイートを破棄して、スマートフォンを男性達に突き返した。
「す、すいませんでした……」
男性達は青ざめながら詫びると、そそくさと席を離れ、店から出て行った。
「あ、ありがとうございます……」
亘宏は小さく頭を下げた。
「気にする事は無いわよ。せっかくのランチが台無しにされたら、嫌でしょ」
亘宏は、ラーメンを啜りながら小さく頷いた。