Q16 もし、今までの出来事が全て仕組まれたものだったら?-3
先程まで自分達がいたのは、ステージ裏であり、加奈はそこに避難していた。出演者が全員ステージにいる今なら、避難出来ると考えたのだろう。
手を引っ張られている最中、加奈が尋ねてきた。
「ところで、ちょっと気になった事があるんだけど」
「何?」
「アンタ、六年前の集団暴行事件の被害者だったんだって?」
「何で、そんな事を知っているの?!」
「アンタの名前を知った時、どこかで聞いた事のある名前だったから、もしかしてと思って、ちょっと調べたのよ。ネットで検索したら、掲示板やSNSでアンタの事が色々と書いてあったわ」
六年前の出来事なのに、まだそんな記録が残っていたのか。本人の中では、黒歴史として封印していたのに、この場で掘り起こされるなんて!
「アンタ、勉強も運動もダメなブサイクで校則もロクに守れなくて、先生からも扱いにくい生徒と評判だったそうじゃない。きっと、先生もアンタが虐められている様を見て、心のどこかでホッとしていたのかもしれないわ。実際、人様の屋敷でオナニーをするし妄想している時の顔がキモイしレストランで酔って暴れるし。これじゃあ周りから嫌われても仕方ないわねぇ」
「ちょっと、何もそこまで言う事はないだろ!」
加奈からダメ出しされまくって、亘宏は反論した。
学生時代、自分の悪口を叩いて馬鹿にしていた気の強い女子とまさに同じタイプである。
「はっきり言って、アンタ元から嫌われていたのよ! しかも、校長先生から退学勧告を出された時も、納得がいかないと殴り飛ばして退学処分にされたんでしょ。無能なブサイクで何の取柄も無くて人に迷惑ばかり掛けている癖に文句ばっかり言っているから、追い出され……」
「何も知らない癖に、エラそうに説教しないでよ!」
過去のトラウマを掘り起こされた上に、被害者であるにも関わらず、責められて蔑まれて嘲笑われて、自分が虐められて当然な人間だと蔑まれて、話が終わる前に亘宏は激高した。
「僕だって頑張ったんだよ。頑張ったけど上手くいかなくて、それでも馬鹿にされるのが悔しくて、殴られたり陰口を叩かれたりして、凄く辛かったんだよ! おまけに警察に通報したら、ヤンキーから逆ギレされてボコられて死にかけたのに! 君はあの時、僕がこのまま死んでくれた方が良かったとでも言いたいの?!」
この時、亘宏は血涙を流した。たとえ、自分に落ち度があったとしても、虐められるのは辛いし、ましてや通報という正しい行為をしたにも関わらず、逆上されて集団暴行に遭うのは理不尽極まりない事である。
「そ、それは……」
亘宏の悲痛な叫びに、さすがの加奈も言い過ぎたと省みた。その時だった。
「いたぞ!」
先程の叫びが響いたせいか従業員に見つかってしまった。向こうから、大勢の掛け足の音が近付いて来た。
「仕方ないわね」
加奈はそう呟いて、近くに置いてあった消火器を手に取り、追手を噴射した。
「うわあああっ!」
白い消化粉を喰らって、敵の視界が眩んだ隙に、加奈は再び亘宏の手を取り、その場を離れた。
どうにか追手を撒いて隠れた先は、道具部屋の札が掲げられた部屋だった。
亘宏が小声で加奈に尋ねる。
「ねぇ、この部屋、解体道具とか調理器具とか拷問器具が色々と並べられているけど」
「あぁ、これは全部カニバショーで使う道具よ」
「さっきのショーで使うものか。このでっかい天ぷら粉の袋は、何なの?」
「それは、人間天ぷらに使う材料よ」
「人間天ぷら? 何それ」
「身体に衣を付けて、熱々に煮えたぎった油が入った巨大な鍋から生還するという芸よ」「そんな事をしたら、死ぬんじゃないの」
「アイスクリームの天ぷらみたいに、短時間なら衣の中まで熱が浸透しないという原理らしいわよ。手塚治虫の漫画にも出ているから、それを再現しようと思ったのかもね」
漫画の神様と称されていた御方が、そんなおぞましい作品を描いていたとは驚きだ。人間が天ぷらにされる様なんて、あまりにもグロテスク過ぎて、万一失敗したらと思うと、ゾッとする。
このショーの主催者と観客は、加虐趣味のある恐ろしい人物ではないかと、亘宏は思った。
「それと、さっきの話の続きなんだけど……あの時は、ちょっと言い過ぎたわ」
先程までの気が強い態度から一変、ぎこちないながらも、ちゃんと謝罪してくれた。
「分かってくれたなら、良いけど」
しかし、加奈は亘宏を諭す様に告げた。
「確かに、いじめは悪い事だし警察に通報した事や正当防衛で殴った事は良いんだけど、自分が虐められたり嫌われたりする原因が直っていなかったら本末転倒よ。今まで散々辛い思いをしてきたのは分かるけど、頭が悪いからとか努力をしてもダメだったからと言って、何でも他人に求めるのは怠慢だし、周りに迷惑を掛けても仕方ないと考えるのは無責任よ。ましてや、校長先生まで殴ったら今度はアンタが少年院行きになってもおかしくなかったんだから」
それを聞いて、亘宏の顔は一気に青ざめた。
かつて校長から転校を勧められた時は、身勝手な言い分だと腹が立って殴ってしまったが、今になって冷静に考えてみれば、校長を殴ったのはさすがにマズかった。
万一、学校が被害届を出していたら、今度は自分が逮捕されて、一生肩身の狭い思いをしていたに違いない。
今思えば、教師に殴られただけで済んだのは、まだマシな方だったのかもしれない。
加奈の話を聞いて、ようやく自分がやらかした事の深刻さを理解した。
こんな事なら、たとえ報われなくても腐らずに、周りを見返すなり味方を作るなり、出来る限りの努力をすべきだったと、反省した。
「ご、ごめんなさい……」
ようやく、己の過ちを知った亘宏は、加奈に謝罪した。
「分かれば良いのよ」
向こうも、あっさりと許してくれた。彼女も、根はそこまで悪くない様だ。
「それにしても、何で君はこんなところで働いていたの?」
その質問に、加奈はキッパリと答えた。
「アタシの兄貴が、ここにいるかもしれないからよ」
「お兄さんが、ここにいるの?」
これを聞いた当初は、加奈の兄もかつて梨華の使用人として、雇われていたのかと思ったが、「いるかもしれない」という事は、彼もかつて自分と同じターゲットとして連れて来られたと考えた方が、しっくり来る。彼もまた、屋敷に入る前は自分と同じ様に路頭に迷っていたのだろうか。
「兄貴はね、会社を経営していたんだけど、二年前に潰れて多額の借金を抱えて、そのまま失踪しちゃったの。そのしわ寄せが連帯保証人であるアタシの家に来ちゃって、借金を肩代わりする破目になっちゃってさ。おかげで、こっちは苦労したわよ。でも、兄貴が失踪してから一年後にメールが届いたの」
「メールには、何て書いてあったの?」
「『心配させてごめん。でも今、里山梨華さんという女性の家に住まわせてもらっている。事業が立ち上がったら、また連絡するから』と書いてあったの。最初は、本気で頭に来たわよ。『ふざけんじゃねぇよ! 人に散々迷惑をかけた癖に、何ぼさいてんだよ! 本気で反省しているなら、女に世話してもらいながら立て直すよりも、直接こっちに来て土下座するのが先だろ!』って思ったけど、それでも兄貴がせっかく立て直そうとしているのだから、応援しようと思った。でも、それ以来、兄貴からの連絡が来なくなったの」
「……お兄さんに、連絡は取ったの?」
その問いに、加奈はゆっくりと首を縦に振った。
「うん。最初は、事業の立ち上げや経営で忙しいのかなと思ったけど、こっちから連絡しても、返事が来るどころか電話番号もメールアドレスも使えなくなっていたの。もしかして、また失敗したんじゃないかと思ったけど、それならそうと連絡の一本くらい入れても良いはずよ」
その言葉に、亘宏は絶句するしかなかった。自分の様に勘当されたならともかく、大切な家族に対して何も告げずに、いきなり連絡を絶ってしまうなんて事はあり得るのだろうか。
「じゃあ、どうやってここを知ったの?」
「兄貴のスマホには、居場所が分かる機能が付いているの。メールが届いた時に、電話番号から居場所を調べたわ。そしたら、この屋敷に住んでいた事が分かったの。それで、警察にも相談したんだけど、なかなか手掛かりが掴めなかった。だから、私は兄貴の手掛かりを探す為に、メイドとして、この屋敷に潜入したのよ」
そんな理由があったのか。でも、彼女の兄も、ひょっとしたら既に料理されているかもしれないのではないかと思った。それに、この事が向こうに知られたら、彼女も無事では済まない。
「で、ここからどうするの?」
亘宏が加奈に尋ねると、彼女はまた不機嫌な表情になった。
「どうするってねぇ、アンタも人に頼ってばかりいないで、少しは自分で何とかしなさいよ」
加奈の叱責に、亘宏は怯んだ。
「そんな事言われたって……あんな連中を相手にするなんて、僕には無理だよ! それに、もし、捕まったら……」
だが、そんな弱音を吐く亘宏に、加奈は亘宏の頬を思い切り引っ叩いた。
「痛っ! 何て事するんだよ!」
引っ叩かれた頬を抑えながら、亘宏は反論した。すると、加奈は亘宏の胸倉を掴んだ。
「アンタ、何弱気な事を言ってんのよ!」
加奈は弱気な亘宏に、激高しながら叱り飛ばした。
「アンタの言う通り、このままアイツらに捕まったら、アタシ達は、おしまいだよ。でもね、そうなったら、アンタは周りからバカにされて当然な奴だったって事になっちゃうんだよ。社会から見捨てられても仕方ない奴だったって事になっちゃうんだよ。助ける価値の無い人間だったって事になっちゃうんだよ。そうなったら、もう誰かに笑われても、文句をぶつける事も見返す事も出来ないんだよ。アンタは、それでも良いの?!」
その叱咤に、亘宏の目は覚めた。
それは決して心地良い夢から目覚めたという意味ではなく、今まで世間に怯えて現実から背を向け、甘ったれていた自分を奮い立たせるものだった。
――良い訳がないだろ!
何としても、ここから脱出しないといけないのだ。そして、生き延びないといけないのだ。このまま、どん底で終わる訳にはいかないのだ。
その思いは、爆発した。
しかし、そこから脱出するには、どうすれば良いのか。
亘宏は足りない頭ながらも、フル回転させ、頭を抱えながらも、どうにかここから脱出する方法を考えた。思考中、脳から知恵熱が放出され、頭から湯気が出て来て倒れてしまいそうだったが、それでも考える事を決して止めようとはしなかった。
そして、頭を抱えていた手をゆっくりと下ろした。
「何か良い方法を思い付いたの?」
加奈に聴かれて、亘宏は落ち着いた声で「一つだけ、思い付いた」と答えた。
亘宏は、武器に最も強力な道具となるものを手に取った。チェーンソーである。
「もしかして、それを使うの?」
「うん。これを使って相手を威嚇する。もしかしたら死人が出るかもしれないけど、こうなった以上は正当防衛だ」
「それ、過剰防衛になると思うけど」
「二人であれだけの人数を相手にするんだから、大丈夫だと思うよ。どこまでいけるかは分からないけど、これを武器に奴らを倒す。それと……」
亘宏が視線を向けたのは、大きな小麦粉の袋、そして回転している換気扇だった。
「ここに罠を仕掛ける」
「それで、大丈夫なの?」
それを訊かれて、亘宏は沈黙した。確かに、これまで何をやっても失敗ばかりで負け続きだった人生で、不良達を撃退したにも関わらず、学校から厄介払いとして退学させられ、近所からも疎外され、遂には親にも見捨てられた。そんな自分が、果たしてあれだけの人数を相手に勝てるのか。万一、失敗したらどうすれば良いのだろうか。
しかし、このまま燻っていたら、いつか奴らに見つかってしまう。そうなったら本当におしまいだ。こうなった以上は、自分を信じるしかない。亘宏は決死の覚悟を決めた。
いじめはダメですが、被害者が虐められたり嫌われたりする原因を直さないと、根本的な解決にはならないというメッセージでした。特に、嫌悪感から来るいじめは、加害者からすれば、悪者退治でしかない上に、卒業・成人などで離れた後も(仮に虐めた事は忘れても)嫌悪感は、ずーっと残り続ける場合があります。
但し、恐喝や暴行を受けた場合は、直ちに証拠を揃えて警察に相談・通報しましょう。大切な事なので2回言いました。




