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Q15 もし、美女からプロポーズされたら?

 晴れて童貞を卒業したのは良かったが、いざ叶ってもあまり実感が沸かなかった。

 チホの言った通り、外であるにも関わらず、情事を重ねていたら周りの状況なんて気にならず、専らチホにリードされるがままに夜のひと時は過ぎていき、何が起こったかは全く覚えていなかった。まさに夢を見た後の気分だ。

 でも、不思議と不快感は全く無かったし、とても心地良かった。寧ろセックスがこんなに気持ちが良いものだとは思わなかった。もしかしたら、中で出してしまったかもしれないが、「後でピルを飲むから」と言っていたので、きっと大丈夫だろう。

 チホと一夜を共にして会場を去った翌朝、亘宏はベッドから起きながら、そんな事を考えていた。

 スマートフォンを開くと、新着メールが一件届いていたので、メールを開いた。


『昨晩は、あなたと色々とお話しが出来て、楽しかったわ。

 また今度、お話ししましょうね。

 チホ』


 あの後、チホと連絡先を交換したが、こんなに早く帰って来るとは思わなかった。

 それを見て亘宏は、『僕も楽しかったです。今度は一緒にデートしましょう』と返信した。

「昨晩はどうでしたか?」

 返信を終えた後、いつもの様に起こしに来た加奈がやって来て亘宏に尋ねた。

「凄かったよ。パーティーの料理も美味しかったし、あれだけ派手なところに僕みたいな人間がいても良いのかと思ったけど、あんなに女性から持てはやされるとは思わなかった」

「そうですか、それは良かったです」

 加奈は亘宏の満足げな様子に、にこやかだった。

 しかし、加奈は亘宏に近付き心配する表情で彼にしか聞こえない程の小声で、

「でも、早くここから逃げた方が良いですよ」

 と告げた。

「えっ、今なんて?」

 亘宏は加奈に聞き返そうとしたが、彼女は何事も無かったかの様に、

「では、亘宏様。朝食がご用意されていますので」

 と、お辞儀をして部屋を出て行った。


 今日の朝食は、スパニッシュオムレツと温野菜のコンソメスープである。

 スパニッシュオムレツを一口食べると、とろけるような触感のオムレツと中の具が合わさって、美味しさがあった。

「そういえば、亘宏君。この前のパーティーの帰り、何だか楽しそうにしていたけど、あの後、何か良い事でもあったの?」

「うん、まぁね」

 亘宏は、にやけながら答えた。梨華は、昨日亘宏を振ってしまった為に、落ち込んでいるのではないかと心配して声を掛けたのだろうが、あの後でそれを吹き飛ばす出来事があったので、すっかり元気になっていた。

「もしかして、私に振られた後、他に素敵な女性と巡り合えたとか?」

 梨華がからかう様に尋ねて来た。

「エヘッ。やっぱり、バレちゃいましたか?」

 亘宏はケロッとしながら答えた。正解ではあるが、恥ずかしい気持ちにはならなかった。

「で、相手はどんな人なの?」

「やっぱり、気になります? 垣内チホさんっていう方なんですけど、名前以外は僕も聞いていなくて……梨華さんは知ってますか?」

 それを聞いて、梨華は目を上に向けて、思い出そうとしていた。そして、すぐさま何かを思い出した。

「その人、もしかして投資家の人じゃないかしら?」

「えぇっ?!」

 梨華の話に衝撃を受けた亘宏は、椅子から転げ落ちた。某トーク番組の司会者さながらのリアクションだった。

「そ、それ、マジですか?」

「うん、年に何十億も稼いでいる凄腕だから、かなり有名よ」

 あの人が、そんな超セレブだったとは。あのパーティーにいた人達は、皆セレブばかりである事は分かっていたけど、それでもかなり驚いた。

「これがきっかけで、逆玉に乗れるかもしれないわね」

 と梨華は答えた。

「ところで、亘宏君。話を変える様で悪いんだけど、ちょっと相談したい事があるの」

「何ですか?」

「私、新しい会社を始めようと思うの」

「えっ、どんな会社を興すのですか?」

「福祉事業」

 福祉事業は、高齢化に伴い、近年数多くの大手企業が乗り出している分野であり、ゴールデンウィングも既に手を出している。その事は、亘宏もニュースでよく耳にしていた。

「いえいえ、そっちもやっているけど、私が考えているのは、就労支援の方よ」

「しゅうろうしえん?」

「知らない? 最近、就職が上手くいかなくて、ニートが急増しているって、問題になっているじゃない。だから、その人達に向けて、就職を支援してあげるサービスをするのよ」

「どんなものがあるんですか?」

 そんな支援があるなら、寧ろ自分が参加したいと思った。

「具体的には、パソコンの訓練をしたり、ビジネスマナーを学んだり、職場体験で仕事をする事に慣れてもらったりしてもらうわ。そこから、会社への一般就労を目指してもらうの」

 そんなものがあったのか。だとしたら、これを機に、自分も社会復帰をする事も出来そうだ。

「あなたにも、協力してもらうのよ」

「えっ、僕もですか?」

 亘宏は目を点にして尋ねた。。

「そうよ。だって、あなたは私と出会う前は、仕事が無かったのでしょ? だったら、ちょうど良い機会じゃない」

「そう言ってくれるのは嬉しいんですけど、僕は仕事をした事なんて無いし、人と話す事は苦手だし、パソコンだってタイピングがやっと出来る様になっただけで、まだ十分に使えていないのに、本当に僕で良いんですか?」

 一般企業での勤労はおろか、就職が出来るかどうかさえ怪しいレベルの亘宏だったが、

「大丈夫。一番大切なのは、人の役に立ちたいという気持ちよ。もし、分からないところがあったら、私がフォローしてあげるし、今のあなたなら、きっと上手くやっていけるわ。私が保証する!」

 その後、ちょっぴり意地悪な笑顔で、告げた。

「それに、今の自分がニートだって事がチホさんにバレたら、幻滅されちゃうでしょ」

 至極ごもっともな理由だった。そこまで説得されたら、もはや断らない訳にはいかない。

「そこまで言うなら……」

 亘宏は、遂に梨華に同意した。

「それじゃあ、この雇用契約書にサインして」

 突然、持ち出してきたバインダーに挟まれた紙を見て、亘宏はきょとんとした。

「……何ですか、これ?」

「これは雇用契約書よ。就職する事になったら、必ず書くのよ」

 就労経験が皆無の亘宏にとって、雇用契約書は初めて見る書類だった。文章には、就労時間や給与など、色々な契約内容が盛り込まれていたが、特に怪しいと思われる内容は無かったので、ざっと見通した後、そのままボールペンでサインした。


 部屋に戻ると、加奈がモップで床を掃除していた。

「あっ、掃除中ごめんね」

 亘宏は、加奈に軽くお詫びを入れた。

「大丈夫です。もう少しで終わりますから」

 加奈は入口付近の床を拭き終えて部屋を出ると、バケツを持って、その場を去ろうとした。

「あっ、ところでその前に君にも報告したい事があるんだけど」

「報告したい事ですか?」

「うん、梨華さんが会社を立ち上げたいと言ってきたから、僕もパソコンを本格的に勉強したいと思って」

「そうなのですか?」

 亘宏の言葉に、加奈は目を大きく見開いた。

「うん、梨華さんの為にも、僕も出来る限り、彼女の力になりたいと思って」

 それを聞いて、加奈は頷いた。

「それは素晴らしいですね。それなら、専門の教師をお呼びしますが、いかがなさいますか?」

「いや、加奈さんが良いよ。加奈さんの説明は、結構分かりやすかったし」

「そう言って頂けるのは、光栄です。それならば、私も出来る限り、協力したいと思います」

 加奈も笑顔で、了承してくれた。

「そういう事でしたら、テキスト本を購入しますが、いかがなさいますか?」

「うん、お願いするよ」

「そうですか。それでは、こちらを差し上げます」

 加奈は亘宏にある物を手渡した。

 色は白く、小さくて長方形の形をしており、キャップがついていた。

「何ですか、これは?」

「これは、USBメモリと言いまして、ファイルを保存する為のメモリです。持ち運びが出来るので、便利ですよ」

「へぇ、そうなんだ」

 こんな小さなものにデータが入るなんて、非常に便利だ。亘宏はメモリを見て、子供の様に目を輝かせた。

「あっ、でも無くすと大変ですから、大切に保管してくださいね」

「うん、分かったよ」

 その後、亘宏は就職に向けて梨華と加奈から指導を受けた。

 失敗しても、彼女達は呆れたり見捨てたりする事無く根気強く丁寧に教えてくれた。おかげで、ある程度のパソコンスキルとマナーが身に付き、就職に自信が持てる様になった。

 もちろん、その間にチホともデートを重ねた。彼女と遊園地やデパートなど、色々な場所に行き、チホも一緒に楽しんでいた。

 そして、チホと昼下がりの夜景デートをしていた時である。

「ねぇ、そろそろ私と結婚しない?」

 港から見える都会のビルを眺めていた時、チホが亘宏に誘ってきた。突然の逆プロポーズである。

 あまりにもさり気なかったので、当初亘宏は「えっ?」と聞き返した。

「あ、あの……何ですか。さっき、結婚という言葉が聞こえた気がするのですけど……」

 相手によっては幻滅されるかもしれない返答だが、チホは嫌な顔をする事なく告げた。

「聞き間違いではないわ。私はあなたと結婚したいと言ったのよ」

 それを聞いて、亘宏の頭は一気に真っ白になった。

「ど、どうしてこんなところでいきなり……?」

 と尋ねた。突然の逆プロポーズに動揺しているからである。

「うん、あなたとデートをしていると、いつも楽しいの。亘宏君と一緒にいると、とっても幸せな気持ちになるから。だから、これからはずっと亘宏君の傍にいたい。そう思ったの」

 それを受けて、亘宏の胸の鼓動が高鳴った。こんなに幸せな場面でも、緊張するのかと思った。それでも、チホが語る理由に、亘宏は感銘を受けた。彼女がこんな自分をそんな風に思ってくれていたなんて。女性からここまで気持ちを打ち明けられたら、冥利に尽きる。

「亘宏君、私と結婚しましょう」

 亘宏はチホからのプロポーズに不器用ながらも真っすぐな思いを告げた。

「うん」



 亘宏様が屋敷で過ごしたセレブな日々は、まるで夢の様に素敵な日々でしたね。きっと、彼もこれまでに感じた事がない程に充実した幸せと贅沢を感じる事が出来た事でしょう。しかし、夢というものは、いつか覚めて消えるもの。そろそろ、彼にも夢から覚めてもらいましょう――。

次回、予想通りの急展開です。

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