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Q14 もし、美女に慰められたら?

 ベランダで、夜風に当たりながら、亘宏は失恋の痛手を紛らわせていた。正直、今は独りになりない気分だったし、パーティーでこんなカッコ悪い姿を誰かに見られたくはなかった。ビルが立ち並ぶ都会の夜景が綺麗だが、それを眺めていても、心の傷はすぐには癒されなかった。

 自分に偏見を持たずに接してくれた人に、初めて巡り合えた時は、とても嬉しかった。でも、それは決して彼女が自分に好意を寄せているからではなかった。彼女は、あくまで困っている人を見ると放っておけない性質なのである。

 つまり、もし自分以外の誰かが路頭に迷っていたとしても、梨華は迷わず救いの手を差し伸べていたという訳である。

 結局のところ、自分は梨華にとって特別な存在ではない、その他大勢のうちの一人でしかなかったのだ。それも分かっていたはずなのに、どうして、心はこれ程までに苦しいのか。

「どうしたの?」

 落ち込んでいるところに、後ろから女性の声がした。振り返ると、そこには紫色をしたシルクのロングドレスに身を包み、アップスタイルでまとめた焦茶色の髪の女性がいた。エレガントな雰囲気で、いかにも大人の女性を感じさせる。

「ちょっと、辛い事がありまして……」

 亘宏はどうにか言葉を濁したが、

「辛い事って一体何があったの? もしかして、失恋しちゃったとか?」

 いきなり正解を言い当てられて、亘宏は心の傷を更に抉られた気がした。

 もちろん、向こうには決して悪気は無いのは分かってはいるが、それでも見られたくない内面を当てられるのは、ダメージが大きかった。

 そんなところまで読まれていたのか。だとしたら、きっと、自分の背中が寂しげだったからかもしれない。

「それは……ほっといてくださいよ……」

 亘宏は、ソッポを向けた。だが、女性は強引に亘宏の手を取った。

「どうしてそんな冷たい事を言うの? あなたにとって、とても辛い事があったのでしょ。人が手を差し伸べているのに、最初から拒絶なんてしないで! 私に出来る事なら、幾らでもしてあげるから!」

 それを聞いて、亘宏は思わず赤面してしまった。これだけ真剣に迫られるとは思わなかった。

 それを聞いて、亘宏は「ご、ごめんなさい」と詫びた後、ここに至るまでの経緯を全て話した。


「そんな事があったんだ。せっかく親切にしてもらえたのに、フラれてしまって残念だったわね」

 恩人にフラれた事を吐き出すのは、せっかく心に封印していたものを掘り起こすかの様で、凄く嫌な気持ちになったが、それでも女性は亘宏の話を最後まで親身になって聴いてくれた。そのおかげで、ほんの少しだけだが、心の傷が癒えた気がする。

「でも、落ち込む必要は無いわ。あなたには、もっと素敵な女性が現れるから」

「そんな……今までモテるどころか、女の子と付き合うどころか優しくされた事すら無かったのに。あんな女性、二度と現れませんよ……!」

 非モテな自分は、梨華と出会うまで女性から優しくされた事なんて、一度も無かった。母親ですら、あそこまで面倒は見てくれなかった。あんな女性と巡り合う事なんて、二度と来ないと思った。

 だが、女性はそんな思いを吹き飛ばす台詞を口にした。

「もし、あなたさえ良ければ、私がその人の代わりになってあげても良いけど」

「えっ?」

 亘宏は、女性の顔を見た。まさかこの女性が、“素敵な女性”だとでも、言いたいのか。

「そ、そんな……冗談は良してくださいよ。僕みたいなブサイクに話し掛ける人なんていませんよ。だ、騙されませんからね、そういうのは!」

 童貞・ニート・中卒・ブサイク・デブと、まさに典型的な底辺男をそのまま絵にした様な男に告白する女がいるのだろうか。

 いや、そんな物好きがいる訳が無い。もし、いるとしたら、ドッキリか罰ゲームで来たに違いない。

 優しい言葉に頑なな態度を崩さない亘宏。だが、女性は亘宏に近付いて、彼の頬に触れた。

「これでも?」

 と告げると、女性は亘宏に口付けをした。口の中に、甘い蜜の様な味が広がって行く。しかも、身体が痺れてその場から動けなかった。まるで、甘い毒を口移しで飲まされた様な気分である。

「これでも、私の言葉が冗談だと言うのかしら?」

 唇を離されて、改めて問われると、亘宏は顔を真っ赤にしたまま、俯いてしまった。童貞に、いきなりのキスは刺激が強すぎた。下手をすれば、その場で卒倒していたかもしれない。

「……じゃあ、どうして僕なんかに話しかけてくれたのですか?」

 亘宏は、怯えながらも尋ねた。冗談ではないと分かったけど、何故自分なんかに話しかけてキスまでしてくれたのかが分からなかった。

「私も、かつてはあなたと同じだったからよ」

「えっ、どういう事なんですか?」

 すると、女性は意外な過去を打ち明けた。

「信じてくれないかもしれないけど……実を言うと私も、昔はあなたみたいにデブでブサイクだったの」

 それを聴いて亘宏は目を大きくした。

「そういう風には全く見えませんけど」

「まぁ、同級生と久々に会った時も驚かれていたからね。でも、あの時は、あなたが女装した様な見た目でね、周りからもよく『ブタ』ってからかわれていたわ」

 本人は笑いながら話しているけど、当時は凄く辛い思いをしていた事は、容易に想像出来た。

「でもね、このままじゃいけない。周りを見返してやりたいと思って、一生懸命にダイエットをしたり、メイクやファッションの研究をしたりして、頑張ったの。おかげで、この前街で同級生と久しぶりに会った時は、別人と間違われちゃったわ」

 その話を聞いて亘宏は感銘を受けた。あんな人でも、裏では必死に頑張っていたんだ。それて見事結果を出したから、辛い過去も笑い飛ばす事が出来るんだ。

「そうだったんですか、凄いな……」

 亘宏は、すっかりこの女に心酔していた。この感じ、梨華と初めて出会った時と同じ気持ちである。

「僕もそう思って色々と頑張ったんですけど、なかなか上手くいかなくて、学校でも虐められて、面白半分で殴られたりお気に入りだった漫画をカツアゲされたりして、先生に相談しても相手にされなくて散々でした。でも、中学の時に両親が僕の怪我に気付いて病院で診てもらった時にお医者さんが警察に通報してくれました。でも、その事が向こうにも知られちゃって、放課後、校舎裏に呼び出されました」

「もしかして、そこで酷い目に遭わされたの?」

「はい。そこにいたヤンキーの集団から逆ギレされてボコボコにされました。でも、このままじゃ殺されると思って、殴り返して一人気絶させてやったんです」

「そうなんだ。でも、どうやってそんな事をしたの?」

「いわゆる火事場の馬鹿力ってやつですかね。殴ったのがグループのリーダーだったので、それを見た周りの奴らはビビッて一斉に逃げ出しましたけど、この事が決定打となって僕を虐めていた奴らは全員逮捕されて僕は正当防衛とみなされて不起訴となって、地元のマスコミにも報じられました」

「それなら、良かったじゃないの。もう虐められる事はなくなったのでしょ」

 でも、亘宏は「それで終われば良かったのですけどね」と告げた。

「最初は僕も虐められる事は無いと思っていました。でも、教室に入った途端、一瞬ですけど皆が一斉に僕を睨みつけて来たんですよ」

「その時はどう思ったの?」

「当時は何が起きたか全く分かりませんでした。でも、こちらから話しかけても無視されるし他のクラスや違う学年の人からもシカトされました。先生に相談しても、全然相手にされなくて。それでも、今までと比べたら大分マシだと思って、我慢しました。でも、ある日校長室に呼び出されたんです。そこには僕の両親と学年主任の先生、校長先生がいました。全員、神妙な顔だった事は今でも覚えています」

「そこで、何があったの?」

 チホは心配そうに尋ねた。

「校長先生から言われたんですよ。『これ以上ウチの学校で花村君の面倒を見る事は出来ないから、転校してくれ』って」

「どうしてなの? あなたは何も悪い事はしていないでしょ」

「最初は僕も反発しましたよ。でも、マスコミ沙汰になった事が原因で他の生徒まで風評被害に遭っているとか、担任の先生がノイローゼになって休職したとか、他の生徒も僕と関わるのが嫌で学校に来なくなったりして、学校崩壊が起きたって言うんです」

「それで、結局どうなったの?」

「頭に来たので、そこで暴れちゃってその時に校長先生を殴りました。その結果、後から来た先生達に取り押さえられて、体育の先生に殴られて気絶させられました。おかげで僕は転校した先でも生徒指導の先生から監視されて、生徒からも白い目で見られて卒業まで肩身の狭い思いをして、高校受験にも失敗して近所からも陰口を叩かれて、あれ以来外に出るのが怖くなってしばらく引き篭もったんです」

 亘宏はこれまでの生い立ちを話した。こんな過去は梨華にも話していなかったのだが、自分と同じ過去を持った人に出会えた事で心が開けて、過去の生い立ちも話す事が出来た。

「そういえば、名前はまだ聞いてなかったですよね。何て言うんですか?」

 亘宏に尋ねられて、女性は微笑みながら唇を動かした。

垣内(かきうち)チホ」

「チホさんですか……」

 亘宏は、女性の名前を呟いた。そうしていると、何だか胸がときめいてくる。

「僕は花村亘宏と言います」

「亘宏君って言うんだ。良い名前ね」

 チホも笑って答えた。

「ねぇ、亘宏君。今晩は、私に抱かれてみる?」

 チホは、蠱惑的に囁いて来る。

「良いですけど、大丈夫ですか? 外でやるのも恥ずかしいし。こんな事を言うのもなんですけど、僕、童貞なんですよ」

 良い歳をして童貞だと打ち明けると、相手から引かれてもおかしくないが、チホは軽蔑する事無く、白い歯を見せながら笑った。

「大丈夫よ、私がちゃんとリードしてあげるし、イケば周りの事なんてどうでも良くなるから」

 その言葉に、亘宏はとうとう陥落した。

 こうして、花村亘宏は夜空の下でそのまま垣内チホに抱かれ、二十一歳して遂に童貞を卒業したのであった。

実際に亘宏みたいないじめに遭ったら、きちんと警察に相談・通報しましょう。

たとえ、後から逆恨みされても学校から追い出されても腫物扱いされても、あなたは決して悪くない!

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