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Q10 もし、海でバカンスを楽しむなら?-2

 ちょうどお昼になったので、ピクニックチェアに座って、シェフが事前に準備したトマトと生ハム、大葉冷製サラダのランチで一休みする事にした。

 そして、ご褒美であるトロピカルジュースが目の前に置かれた。で一休みする事にした。グラスに注がれたブルーハワイのジュースとそこに飾られたオレンジの輪切りとハイビスカスの花が、いかにも常夏のイメージを強く感じさせる。

 もちろん、グラスにはストローが二本刺さっている。

 目の前のグラスを見て、亘宏はゴクリと唾を飲んだ。

 これを梨華と一緒に飲むのか。若いカップルしか出来なかった事を……。

 梨華は早速、口にストローを加え、それを飲む。飲んでいるだけなのに、凄く色っぽく見えてしまう。

「どうしたの? 一緒に飲まないの?」

「あっ……うん、飲みます」

 梨華に言われて、亘宏もジュースを飲む事にした。

 一口飲むと、口の中に炭酸が染み渡り、火照った身体を冷やしてくれる。

 途中、亘宏は梨華の顔をチラッと見た。間近に見て気味悪がられるかと思ったが、そんな素振りを見せる事無く、美味しそうにジュースを飲んでいた。彼女の顔が意外と近く、もう少し顔を近付けたら睫毛の数を数えられるかもしれない。ジュースよりも、梨華の事が気になって仕方なかった。

 そんな時、梨華が亘宏を誘ってきた。

「そうだ、亘宏君。せっかく海に来たのだから、クルージングもやってみる?」

 それを聞いて、亘宏は耳を疑った。

「クルージングって、あの豪華な船に乗って旅をするアレ?」

 海で楽しんだ後、今度はクルージングをするなんて。まさか、豪華客船に乗って優雅にクルーズをするとでも言うのか。実際、自家用ジェット機でその財力は把握しているので、本当に持っていてもおかしくなさそうな気はするが……。

「そっちじゃなくって、ヨットに乗って海を渡るのよ」

 それを聞いて、亘宏は何だと肩を下ろした。どうやら、自分は盛大な勘違いをしていた様である。

 港にやって来ると、赤い無地の帆に黄色いラインが目立つデザインのヨットが置かれてあった。自分達が乗るヨットは、これの様だ。青い空と海の中で一際目立つ。

「これも、もしかして買ったのですか?」

「ううん、そこはチャーターにしたわ。購入したところで海の無い場所までは行けないから」

 やはりそうなるか。さすがに、自家用船を自宅から沖縄まで持っていくのは不可能だ。行けたとしても、飛行機以上に時間が掛かるし、止める場所に困るだろう。実際、屋敷の周辺には海は無かった。

 亘宏達がヨットに乗ると、里山家のお抱え運転手・高橋が号令を掛けた。

「それでは、出発進行です」

 高橋がエンジンを掛けると、ヨットは波を立てながら進行した。

 ゆったりとしたスピードで海岸を離れ、帆が潮風を受けながら海へ進んでいくヨット。もちろん、使用人達も一緒に同乗している。

 港がどんどん離れて行き、小さくなっていくのが分かる。港を見送った後、亘宏はヨットの進路方向に視線を向けた。

 目の前には水平線が見える。

「ところで、このヨットはどこに行くのですか?」

「セーリングするだけよ」

「せーりんぐ?」

「帆走っていう意味よ。島や港に行かず、ただ海を渡るの。潮風を浴びたり海を走ったりしたい人には打ってつけね」

 そんなものがあるとは知らなかった。どこかに出掛ける訳ではなく、ただ潮風を浴びたり海を眺めていたれたりするのも悪くは無いだろう。純粋にヨットを楽しみたい人には、ちょうど良いかもしれない。

 潮風が当たって気持ち良く、太陽の日差しでバテそうになっていた身体が癒されていく気がした。

 そして、向こうには雲一つ無い空と陸地が見えない海がグラデーションになっていて、空と海の境界線の奥に吸い込まれてしまいそうだった。

「綺麗でしょ」

 梨華が亘宏の隣にやって来て告げた。

「うん、いつまでも眺めていたいよ」

「それは無理よねぇ……」

 梨華は苦笑した。

「でも、梨華さんと一緒に来て、こんな風景を見られるなんて思わなかった」

「そうね。こんな風景はいつでも見られるものじゃないからね」

 その通りだ。滅多と見られない光景ではないけど、見ようと思えばいつでも見られるものではない。だからこそ、惹きつけられるのかもしれない。

「また、来れると良いわね」

 絵画の様な不思議な光景を見ながら、亘宏はいつの間にか梨華の肩を抱き寄せて眺めていたのであった。


 夢の様な日帰り旅行が終わり、亘宏達は自家用ジェット機に乗って沖縄を発った。

 梨華が亘宏に感想を尋ねた。

「どうだった? 沖縄は」

「うん、とっても楽しかった。良い思い出がたくさん出来て良かったです」

「そう言ってくれると、私も嬉しいわ。それと、はい」

 梨華は亘宏にDVDを渡した。

「一体なんですか、これ?」

「これはね、今日撮影した映像をこのDVDに保存したの。ダイジェエストとして、まとめてあるわ」

 つまり、今日の出来事のダイジェストがこのDVD一枚に収められているという事か。世界に一枚しかないDVDを手にして、亘宏の手が震えた。

 だが、その後亘宏の表情は少し俯き加減になった。

「でも、こんなに幸せだと何だかとても怖いんですよね」

「どうして?」

「何というか……後で恐ろしい事が起こりそうな気がして……」

 確かにこれまでの生活はとても楽しかった。しかし、今までどん底を味わってきた亘宏にとって、幸せでいる事には戸惑いがあった。

 良い事の後には悪い事が起きると言われているが、ここまで幸せすぎるとかえって恐怖を感じるのである。今回の旅行で当初抱えていた不信感は拭えたが、今度は幸せを失う事に恐怖を感じていた。この幸せがいつまで続くのか。またどこかで不幸になってしまうのではないか。

 それを口にすると、梨華は心配そうに尋ねて来た。

「亘宏君は、幸せになる事がそんなに怖いの?」

「幸せになるのが怖いというより……何というか……これだけ幸せな事があると、その後に物凄く嫌な事が起こりそうな気がして……」

 実際、世の中には良い事の後には悪い事が起こるという言葉がある。例えば、宝くじで高額当選した人が交通事故に遭ったという話は、よく耳にする。

 その言葉を口にすると、梨華は心配そうな顔で更に深く突っ込んで来た。

 その言葉を聞いて、梨華はニッコリと笑いながら返してきた。

「そんなに心配する事なんてないわよ」

「えっ?」

「だって、あなたは私と出会うまで、十分不幸だったじゃない。周りから見捨てられて、親からも家を追い出されて、路頭に迷って、ホームレス狩りに絡まれそうになって、そこを私が偶然助けたのよ。それとも、ホームレスになった自分は、このままやられて死んだ方が良かったんじゃないかと思っているの?」

 それを聞いて、亘宏はハッとした。

「そ、そんな事は、無いです」

 さすがに、ホームレス狩りに絡まれてやられてしまうのは勘弁である。そんな目に遭うくらいなら、幸せでいるのが怖いからと言って、わざわざ不幸でいる事を望んでいる訳ではない。

「そうでしょ。そもそも、どうして幸せである事に怯えるの? 幸せになる事がそんなに悪い事なの? どうしてこれ以上、自分を不幸に追いやるの? 今のあなたには、この幸せを受け入れる権利が十分にあるのよ。もう不幸に怯える必要なんて無いのよ」

 それを聞いて、亘宏の中で抱えていた不安がスッと消えた。

「そっか……ごめんなさい。何か心配させてしまって」

 亘宏は、困った様な笑顔で謝った。

「分かってくれたなら嬉しいわ。幸せに怯えないで、この幸せを思いっきり楽しめば良いのよ」

「そうなんですか?」

「そうよ。亘宏君が望む事なら、何でも叶えてあげるから」

 梨華の蠱惑的な言葉を聞いて、亘宏はゴクリと唾を飲んだ。彼女なら、本当に自分の願いを叶えてくれそうな気がする。

「それじゃあ、今度は梨華さんと二人きりで美味しいレストランに行きたいなぁ」

「そっか。じゃあ、今度また良い所を探してあげる」

 沈みゆく夕陽が二人の仲を温かく見守ったのであった。


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