Q10 もし、海でバカンスを楽しむなら?-1
約三時間後。遂に沖縄に到着した。
ちなみに、ジェット機から降りる時は事前に使用人が敷いたレッドカーペットの上を歩くのかと思っていたけど、さすがにそこまで派手な演出は行われなかった。
一度で良いから、ハリウッドスターの如く堂々と笑顔で手を振りながらレッドカーペットの上を歩いてみたいと思ったが、そこまでの演出を求めるのは強欲だろう。
リムジンのレンタカーを走らせる事、十五分。遂に、海に到着した。
「うわー!」
見えたのは、澄み切ったマリンブルーに染まった美しい海だった。透明感のある海が綺麗なグラデーションになっており、観光客の目を奪うには十分に魅力的である。
この海は人気の観光スポットと評判で、他の地域よりも気温が高い事もあり、まだ真夏でないにも関わらず、海に訪れている人が目立った。
「よーし、それじゃあ私も久しぶりに海で遊ぶかー!」
海を見て興奮した梨華は車内、しかも亘宏の目の前で、上着を脱ぎ始めた。
「あっ、ちょっと梨華さん。こんな所で服を脱ぐのは……」
突然の脱衣に、亘宏は耳まで真っ赤にして強く目を閉じながら手で目を覆うが、こっそりと目を開けて指の隙間から見えたのは、純白のビキニだった。
「あっ、そういう事か……」
あらかじめ服の下に水着を着ていた事が分かって安堵した反面、何だか切ない気持ちになった。
早速、こちらも事前に使用人が用意してくれた青のトランクスに着替えて、砂浜に降り立った。
真夏の日差しと初夏の割に暑い気温に圧倒される。だが、向こうには美しい海が見えていた。
その後ろで、使用人達は事前に持参してきたリクライニングチェアとビニールシート、ビーチパラソル、ピクニックテーブルを砂浜にセットして、浜辺で待機する。こんな場所でも、はしゃぐ事なく後ろで静かに待機するとは、まさにプロ意識と感心する。
「梨華様、亘宏様。海に入る前に日焼け止めを塗りましょう」
加奈に言われて、二人はそれぞれビニールシートでうつ伏せになって寝そべると、使用人が二人の背中に日焼け止めのクリームを塗って行く。
そんな時、亘宏はふと隣の梨華へ視線を向けた。
梨華は、加奈の手によってビキニのトップスのホックを外されて、横乳が露になっていた。意外とボリュームのある乳房に、つい目線がいってしまうが、他の人に気付かれて変態のレッテルを貼られてしまうとマズイので、すぐさま顔を伏せながら心頭滅却させる事にした。
塗り終えた後、いよいよ海で遊ぶ事にした。早速海に入ると、足元の海水がひんやりとして気持ち良い。
「そういえば、亘宏君って泳げるの?」
それを聞かれて、亘宏の額から冷や汗が流れた。それは、暑さで流れる汗ではなかった。
だが、変に見栄を張る訳にもいかないので、申し訳なさそうに答えた。
「い、いえ……泳ぐのはちょっと苦手で……」
身体に脂肪をたっぷりと蓄えているので、水に浮く事は出来るかもしれないが、手足を動かしてもなかなか進まないのである。
「それなら……これをあげるわ」
梨華が用意したのは、浮き輪だった。カラフルな色遣いでサイズも大きく、太った亘宏でも使えそうである。
「これを使うのですか?」
「うん、それなら泳げなくても安心でしょ」
それを見て、亘宏は早速浮き輪に乗る事にした。
浮き輪にぷかぷかと浮かびながら海を眺めた。これなら、海を見ながらのんびりとくつろげる。
「亘宏君」
後ろから梨華の声がした。
「はい?」
亘宏が後ろを振り向いた瞬間、いきなり海水が飛んできた。
「ちょっと、何するんですか!?」
びしょ濡れになった亘宏は、梨華に不満をぶつけた。
「あははははは……」
梨華はその後も亘宏に向かって、両手で海水を吹っ掛けて来た。
「うわっ! 冷たい!」
ひんやりとした海水が身体に当たり、亘宏は思わずたじろいだ。
「ほーら、もっと行くわよー」
「ちょっと、やめてくださいよー」
傍から見れば、まるでカップルが無邪気にはしゃいでいる様に見える。
そんな状況下でも、使用人達は二人を微笑ましく見守っている様子も無く、整列して無表情でこちらを見ている。一斉に見られると、せっかくの海で無邪気に遊ぶ事が出来ない。しかも、木水はカメラを構えて撮影している。
「あの、梨華さん。ちょっと良いですか?」
「どうしたの?」
亘宏は使用人達を指差しながら訊いた。
「あの……使用人さん達が僕達を一斉にこっちを見ているんですけど。しかも木水さんはカメラまで構えちゃっているし。これじゃ、まるで監視されているみたいですよ。何とかしてもらえませんか?」
恐らく、彼らは自分が梨華に手を出さないかと見張っているのではないかと思った。万一、梨華の前で粗相をはたらいたら、即座に深い海の底に沈められてしまいそうだ。
心配する亘宏の言葉に、梨華は「何だ、そういう事か」と笑いながら告げた。
「それはね、せっかくの旅行だから、私が動画を撮影する様にお願いしたのよ。今まで旅行で良い思い出が無かったのだから、亘宏君が後でこの動画を見た時に『あの時の旅行は、とても良い思い出だったなー』って思い出しながら笑ってくれると良いなと思って。やっぱり、こういうのはダメ?」
「い、いや……そんな事はありません。寧ろ、嬉しいです」
意外と気前が良い事をしてくれる。
「だったら、気にせず最後まで遊びましょう。終わったら、DVDにしてあげるから」
そこまでしてくれるなら、寧ろ大歓迎である。それなら、使用人達からの視線を気にせず、思い切り楽しんだ方が良いに決まっている。
そう考えた亘宏は、その後も海で梨華とたくさんはしゃいだのであった。
海から上がって一休みした後、梨華が誘ってきた。
「じゃあ、亘宏君。海でたっぷり遊んだ事だし、今度は私とゲームでもしてみよっか?」
「良いですけど、何をするんですか?」
すると、梨華は赤くて小さな旗を取り出した。
「ビーチフラッグス」
それを聞いて、亘宏は渋い表情になった。足が遅いので勝てる自信が全く無いからである。女子にも劣る運動神経なので彼女に負けて、軽蔑されたくなかった。それを察したのか、梨華は更なる提案をした。
「もし、私に勝ったらトロピカルジュースを一緒に飲んであげるから」
勝者の特典を聞いて、亘宏の耳は大きくなった。そんなに素晴らしい特典がもらえるなら、負ける訳にはいかない。
「分かりました。その勝負、受けます」
百m先の地点に、旗を刺して、後ろ向きにうつ伏せになる。
「位置について、よーい……」
木水がホイッスルを吹くと同時に、亘宏は旗に向かって一気に走り出した。砂浜に足を取られそうになる。そこへ、後ろから梨華が現れて自分を追い抜いて行くのが見えた。それでも必死に砂浜を蹴って旗だけを視界に入れて突き進み、滑り込む勢いで旗に手を伸ばした。
砂埃が舞い上がる中、亘宏の右手に何か感触があった。そこには、何と赤い旗だった。
「……マジで?」
梨華に負けたと思ったのに、自分が旗を手に取るなんて。
「惜しいなー、もうちょっとだったのに、あと一歩手が届かなかったわね」
梨華は残念そうに指を鳴らした。
「でも、負けちゃったのだからしょうがないわね。約束通り、一緒にトロピカルジュースを飲んであげる」