Q9 もし、自家用ジェットに乗ったら?
迎えた沖縄旅行当日。
亘宏は気持ち良く目覚め、服に着替えると、意気揚々としながら食堂に向かった。
朝食の後、すぐに飛行機に乗ると聞いているので、とても待ち遠しいのである。
ハムサンドとグリーンサラダを物凄いスピードで食べる。
「そんなに早く飛行機に乗りたいのね」
梨華は微笑ましく亘宏に話しかける。
「はい。ところで、チケットはあるのですか?」
「チケット? そんなの、必要ないわよ」
「えぇっ?!」
梨華のトンデモ発言に、亘宏は仰天した。
「チケットがいらないって……じゃあ、どうやって行くんですか?」
すると、梨華は窓を指差した。
席を立ち、窓を覗き込むと、そこに見えたのは白い飛行機だった。空港に置いてあるものと比べたら小ぶりだが、それでも十分なインパクトはある。もちろん、飛行機の先には滑走路が付いている。
「梨華さん、これってもしかして……」
亘宏は冷や汗を滲ませて飛行機を指差しながら梨華に尋ねた。
「あぁ、これ? 自家用ジェットよ」
サラッと彼女の口から出て来た言葉に、亘宏は驚きのあまり飛び上がった。飛び上がり過ぎて、天井に頭をぶつけてしまいそうな勢いだった。
セレブの中でもごく一部の人間しか持たないであろう自家用ジェット機まであるなんて。チャーターするだけでも、高額な値段がするに違いない。
「じ、自家用ジェット、ですか……」
「そうよ。普段は仕事で使う事が多いけど、今回は特別だから」
それを聞いて、亘宏は何だか申し訳ない気分になった。
「あ、あの……お気持ちは嬉しいのですけど、よりによってジェット機なんてものは用意しなくても良いですよ。そこは空港で予約すればよろしいのではないでしょうか?」
わざわざ自分の為に自家用ジェットを用意してくれるのはありがたいが、ここまでサービスしてされてしまうと、やはり抵抗があった。
過剰なおもてなしは、かえって躊躇してしまう。
「空港は予約でいっぱいになったり遅刻して乗り遅れたりやハイジャック犯に襲われたりする事があるじゃない。その点、自家用ジェットならその心配は全く無いでしょ。時間に縛られる事も無いし。那覇空港にも事前に連絡しておいたから、降りる時も大丈夫よ」
それを聞いて亘宏はなるほどと感心したが、彼女の行動には度肝を抜かされる。
金持ちが考える事は、一般庶民の自分には到底理解出来ない。
ジェット機に搭乗すると、すぐさまエンジンが掛かり飛行機は滑走路を走った。そして、勢いが付いて来ると、地上を離れ大空に飛び立って行った。
飛行機が飛び立つ様子を亘宏は呆然としながら遠く離れていく路面を窓から眺めていた。中学校の修学旅行で初めて飛行機に乗った時も衝撃があったけど、自家用ジェットとなると、その衝撃は当時のものと比べ物にならなかった。
屋敷が急速に小さくなって見えなくなり、ジェット機が雲を通り抜けた後、後ろを振り返ると、そこにはシートに座る梨華、そして彼女の後ろに使用人が数名整列している。
飛行機の中は、十人くらいは入れる広さであるが、大型テレビとテーブル、台所やバスルーム、ベッドも付いていて、まるで豪華なワンルームである。
そんな中、梨華は黙々と本を読んでいる。表紙に書かれた英語の題名からして外国の小説を読んでいると思われるが、どんな内容かはよく分からなかった。多分、英語で文章が書かれているのだと思う。
ジェット機が飛行しているにも関わらず、まるでリビングで寛いでいるかの様である。やっぱり、何度もジェット機に搭乗しているから既に慣れているのだろう。
しかし、自家用ジェットに乗った事が無い亘宏は、未知の空間にぽかんと口を開けるだけだった。
「……あ、あの、梨華さん」
慣れない空気に未だ圧倒されている亘宏は、どうにか気持ちを落ち着かせて梨華に尋ねた。
「何、亘宏君」
梨華は本を読みながら尋ねた。
「あ、あの……お気持ちは嬉しいのですけど、やっぱりこういうのって、一般庶民の僕にはちょっと……」
「そうかしら? 空港で乗る飛行機と比べたら結構快適よ」
それは自分の持ち物だから言えるのであって、そうでない者からすれば、戸惑ってしまう。まだ、ファーストクラスの飛行機に乗った方が落ち着く。
「でも、こういうのってお金とかめちゃくちゃ掛からないですか? 維持費とか購入費とか」
亘宏の疑問に、梨華は少し考えたが、
「まぁ、確かに維持費は掛かるけど、そんなに大した金額ではないわよ。私の給料一ケ月分にも満たないから」
その給料一ケ月分がどれだけの金額か気になった。彼女の感覚からすれば、維持費なんてお小遣い程度なのかもしれないが、庶民からすれば相当な金額なのは間違いない。多分、数十万は掛かるだろう。
「それに、仕事でも使っているから」
「仕事って?」
「海外とのビジネスに使うのよ。ほら、ウチの会社は海外にも支社があるし、顧客もいるから」
それで、わざわざ自家用ジェット機を購入したという訳か。チャーターを使えば良いのではないかと思ったけど、仕事でも頻繁に使うとなるとチャーターでは費用がかさばる。それなら、いっそ購入した方が良いだろう。
「それに、操縦士だって高橋が兼任しているし」
それを聞いて、亘宏は以前車を運転していた美青年を思い出した。あの人、車だけではなくて飛行機も操縦出来たのか。
「あと、他にも船舶免許も持っているわよ」
「そんなものまで?!」
空・陸・海、全ての乗り物をコンプリートしているのか。運転免許証すら持っていない自分と違って、かなりのエキスパートである。どれだけ凄いんだ、この人は。
この人なら、電車やF1やロケットもその気になれば乗りこなせそうな気がしてきた。
「でも、日本じゃ自家用ジェット機って、なかなか見掛けないですよね」
「そんな事は無いわよ。プライベートで使っている人もいるし、皆でお金を出し合ってシェアリングしている人もいるから。安いジェット機でも、二~三億円で済むわよ」
億単位の金をはした金であるかの様に語っているが、一般庶民の自分からすれば、二~三億円でも十分に破格の値段である。金持ちの金銭感覚が全く分からなかった。
梨華の様に仕事でも使うならともかく、プライベートでこんなものを使っている人は、きっと見栄を張りたい為に購入したに違いない。
「確かに、日本では自家用ジェット機を持っている人は少ないけど、お金を出しあって購入した人もいるからね。いつか日本でも自家用ジェット機を利用する人達が増えると思うわ」
本人は楽観的な事を語っているが、そんな日が来るとは思えなかった。少なくとも、自分の様な底辺の人間は一生頑張っても手が届かないだろう。
最近はレンタルを使っている人がいるみたいですよ。