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Q8 もし、幸せな生活に不信感を持ったら?-2

 昼食になって、温かくてプリップリの海老と濃厚なホワイトソースが掛かったドリアが出された。本来なら、ここで嬉しそうに食べるべきなのだが、不安を抱え込んでいるせいで、イマイチ食欲が湧かなかった。

「どうしたの。何か考え事をしているの?」

 梨華が心配そうに尋ねて来て、ハッと我に返った。不安な様子が顔に出ていた様だ。

「あっ、大丈夫です。心配しなくて良いです」

 亘宏はどうにか誤魔化して、すぐさまスプーンでドリアをすくって食べた。だが、口の中で火傷してしまい、ドリアを机の上にこぼしてしまった。

「本当に大丈夫なの? 今朝から様子がおかしいわ。隠さずに言って」

 やっぱり、彼女に隠し事は出来なかった。仮に誤魔化したところで見抜かれてしまう。真剣な眼差しで見つめる梨華に、亘宏は覚悟を決めて打ち明けた。

「あの、こんな事を言ってしまうと、失礼かもしれませんけど、何だか皆さんの様子がおかしい気がするんです」

 それを聞いて、梨華は悲痛な表情に変わった。

「どうして? この前の隠しカメラがあったから、まだ不安が残っているの?」

「いえ、そういう意味ではないです」

 と言って宥めるが、ぎこちない笑みは消せなかった。

「じゃあ、何が不安なの?」

 心配そうに尋ねる梨華に亘宏は口を開いた。

「時々不安になるんですよ。この屋敷に来た時は少し戸惑ったけど、今まで出来なかった贅沢をたくさん体験して楽しんできました。けど、ここで暮らしているうちに本当にこれで良いのかな? って、思ってしまうんです。屋敷に入る前は路頭に迷っていた僕が、皆から王様の様にもてはやされて……そういうのって、とても気味が悪いんですよ」

 それを聞いて、梨華は悲痛な表情になった。

「亘宏君は、私の事が信用出来ないの?」

「いや、そういう訳じゃないです。もちろん、梨華さんや使用人達から色々と優しくしてもらえるのは嬉しいです。でも、大した経歴も取柄も無くて、全く働いていない僕が梨華さんに拾われて、豪華な家に住んで、使用人達に囲まれて贅沢三昧をするという展開が起きるなんて、普通は有り得ないんじゃないかって、思ってしまうんです」

 梨華をどうにかフォローするも、自分が抱える不安を口にすると、梨華は真剣に頷いた。そして、彼女は驚くべき事を口にした。

「そこまで言うんだったら、私があなたの願いを叶えてあげても良いわよ」

「えぇっ?!」

 梨華の発言に、亘宏は驚きの声を上げた。

 加奈からも同様の発言をされた時は、梨華への裏切りになる事を防ぐ為、語尾に「にゃん」を付けるという命令だけで止めたが、今回は梨華本人がそんな発言をしてくれるなんて。

「そ、それ……本当に叶えてくれるの?」

「そうよ。出来る限りの事なら、何でもしてあげるから。それなら、信用してくれるでしょ」

 そこまで強気に言われると、多少無茶なお願いをしても聞いてくれそうな気がする。だったら、どんなお願いをしようか。

 亘宏は少し考えた後、試しに自分が以前から願っていた事を一つ頼んでみようと思った。

「じゃあ、旅行に行きたい」

「旅行?」

 言葉を口にしたら、今まで笑顔だった梨華の目が点になった。

「どうして、旅行なの?」

 梨華の質問に、亘宏は真面目に答えた。

「実は僕、旅行で良い思い出が出来た事が一度も無いんですよ」

 亘宏の家は貧しかったが故に、家族と旅行に行った事が無かった。その為、夏休みなど長期休暇で旅行の思い出を楽しく語るクラスメイトを見ると、恨めしく感じていた。

 修学旅行の時も、グループで自分だけがハブられて一人ぼっちで行く破目になり、自分だけ電車に乗り遅れて集合時間に遅れてしまって、大勢の生徒がいる前で学年主任の教師に怒られて生徒から嘲笑の的にされた事もあった。あれは、まさに公開処刑だった。

 その為、旅行には良い思い出が何一つなかった。

 これは家にいた方が良いという運命なのかもしれないと思ったけど、それでも一度は未知の世界に行ってみたいという憧れを捨てる事は出来なかった。

 だから、この機会に一度で良いから旅行に行きたいと考えたのである。

 理由を説明すると、梨華は深く頷いた。

「じゃあ、どこに行きたいの?」

 それを言われて、亘宏は人差し指を顎に当てながら考えた。

「そうだなぁ、やっぱり海外が良いかなー」

「海外?」

「うん。やっぱり国内じゃつまらないから、海外が良いかなー。行くとしたら、やっぱりアメリカに行きたいよなー。自由の女神は定番だし。でも、パリのエッフェル塔も捨てがたいよなー。あと中国で中華料理を食べるのもアリかな……」

 海外旅行への願望をあれこれ語る亘宏に、梨華は恐ろしく冷静な口調で尋ねてきた。

「ねぇ、亘宏君。あなたパスポートは持っているの?」

 それを訊かれて、亘宏は口を閉ざさずにはいられなかった。海外旅行に必須のパスポートなんてものは、当然持っていなかった。

「そうですよね……パスポートが無いのに海外旅行へ行きたいだなんて、幾ら何でも無理ですよね……」

 さすがに、パスポートを持たない人間を海外に連れて行くのは梨華の力をもってしても、不可能である。

 肝心な事を完全に忘れていた亘宏は、机にがっくりとひれ伏した。声からして、半ば涙声になっていた。

「じゃあ、国内旅行は、どうですか?」

「国内?」

「うん。例えば、沖縄の海に行くとか大阪で美味しいものをたくさん食べるとか北海道の牛乳を飲むとか、どれにしようか迷っちゃうなー」

 海外とまではいかないけど、色々と楽しい事でいっぱいになった。

「分かったわ、それなら別に問題ないわ」

 梨華は笑顔で同意してくれた。

「本当ですか?」

 亘宏は目を輝かせながら尋ねた。

「うん、今度一緒に沖縄へ行きましょう」

「沖縄か……」

 亘宏は、沖縄の輝く海を思い浮かべた。


 太陽の光が降り注ぎ、常夏の青い海が輝く沖縄。

 そこではしゃぐ水着姿の美女達。開放的なビキニで、ビーチバレーをしながら楽しんでいる。太陽の様に煌めく笑顔、たわわに揺れる胸――見ているだけでも、目の保養として十分だ。

「あのー、すみません」

 美女達が手を振って自分に声を掛けた。

「私達と一緒に遊びましょうよ」

 まさかの逆ナンである。

「えぇっ?! 本当に僕で良いのー?」

「うん、人数が一人足りないから」

 美女からのお誘いを受けて、亘宏は早速美女達とビーチバレーに参加する。

 向こうのコートがビーチボールを受け取り、ボールを高く上げるとアタックでこちらにボールを返してきた。しかし、他の女の子が滑り込む様にレシーブをして回避した。高く上がったボールがこちらに向かってきた。

 それを見て、亘宏は強烈なアタックを叩き込んだ。その一撃はコートの砂浜に直撃した。

 それを見た審判がホイッスルを鳴らした。亘宏達のチームに得点が入った。

「キャー、今のアタック凄かった!」

「あなたって、才能があるのね」

「超カッコ良かったわよ」

 まぐれとはいえ、先程のアタックで美女達のハートまでも撃ち抜いてしまった。美女から寄ってたかって来るので、思わず顔がにやついてしまう。だが、そう都合良くはいかなかった。

「ちょっと、亘宏君。他の女の子と何イチャイチャしているのよ」

 そんな時、後ろから背筋が凍り付きそうな恐ろしい声が聞こえた。恐る恐る後ろを振り返る。

「ハッ……り、梨華さん!」

 そこにいたのは嫉妬で怒りを露にする梨華だった。ゴージャス&セクシーなワインレッドの三角ビキニと控えめながらもくっきりと目立つ谷間、ほっそりとしたウエストと脚が目を惹きつけるが、今は見惚れている場合ではない。

「亘宏君、この私を無視して他の女の子に見惚れちゃって、そんなに私って魅力が無いんだー」

「ご、誤解だよ、梨華さん。僕はあくまで梨華さん一筋ですから」

 亘宏は必死に釈明するも、梨華は聴く耳を持たなかった。

「あなたみたいなエロ豚は、もう家に帰って来なくて良いから、そこで女の子達と一生イチャイチャしていなさい!」

 梨華は捨て台詞を吐いて、上着を羽織ると使用人と共にビーチを去って行った。

「あああああ。待ってよ、梨華さーん。僕を置いて行かないでー」

 亘宏は梨華を追いかけるのであったが、大勢の美女達の群れが邪魔をして、なかなか追いつけなかった。梨華との距離がどんどんと離れていく。

「うわーん、梨華さーん!」

 亘宏は梨華に手を伸ばすが、彼女はそのままリムジンに乗って行ってしまったが、その後も美女達は亘宏に群がっていったのであった。


「……って、帰れなくなったら意味ないじゃん!」

 亘宏は思わず妄想の中で言葉を口に出した。

「どうしたの? そんな慌てた顔して」

 梨華に話しかけられて、ハッと我に返った亘宏は、「いや、こっちの話です」と濁した。

「ところで、いつ行くのですか?」

「そうね。今度の日曜日が開いているからその日にしましょう」

 今度の日曜日が待ち遠しくなった。亘宏は心の中で歓喜の雄叫びを上げた。

「その代わり、私は明日仕事があるから日帰りになるけどね」

 それを聞いて、一週間旅行を期待していた亘宏はがっくりと肩を落とした。どうせなら、一泊だけでも良いからホテルにも泊まりたかった。

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