8ページ目 空気読める子読めない子
状況は分かってる。
でも意味はわからない。
俺はいま、ここにいて。
今は黒炎サカテだけど、ほんとは"コタニ サイタ"で。
それなのに目の前の男は、コタニ サイタを名乗った。
たまたま同じ名前とか、そんなんじゃない。
あの男は、紛れもなく俺。
覚えがあるんだ。
俺は確かに、あんな格好で、ここにいた。
赤黒い髪を左目が隠れるくらいに伸ばし、ケガをしてもないのに腕や首を包帯でグルグル巻きにして、赤いマントを風になびかせ、ずっと一人で、ここにいたんだ。
今の俺とは別人だ。でも、確かにあれは、俺なんだ。
コイツは、俺であって俺ではない。俺ではなくて、俺なんだ。
………………さて、ヘタックソなポエムもどきも終わったところで。
「ヒィィィィィメェェェェェラァァァァァちゃああああああん?」
「ひっ…………!」
俺はありったけの殺気を込めてクソ天使に向き直る。これにはたまらずヒメラも頬に冷や汗をつたらせながら、一歩二歩と後ずさる。
「これは一体どういうことかな? ん? 何で目の前に俺がもう一人いるのかなあ!? んん!? お兄ちゃんなぁぁぁんにも聞かされてないんだけどなああ!? んんんんん!?」
「むぐー! むぐぐぐぐー!!」
そのままその真っ白な頬を鷲掴みにして、全身全霊の力を右手に込める。
目に涙を浮かべて必死に抵抗を続けるヒメラを見ても、同情なんてゼロ。
「むぐぐぐぐー!! じゃねえだろクソアマごらぁ!! こんな大事なことを何で一文字たりとも伝えてこないの!? ドタマ腐ってるの!?」
「ぷはっ!! べ、別に忘れてたワケじゃないし。タイミング見計らってただけだし。これから伝えようとしてたもん」
「これからじゃ遅えっつってんだろ十円ハゲ!! 移怪の情報とか贄薙ぎのこともそりゃ重要だけどよぉ!! このことを最優先で説明するべきだろってんだろバーコード!! 何であんなに話す機会あったのに黙ってたんだよツルッパゲ!!」
「頭皮の領土拡大が著しい……。でっ、でもでも、私が『この世界にコタニ サイタがもう一人いる』って言ったって、アンタどうせ『何だそりゃでケロワン?寝言は寝て言えでケロワン』って言ってたでしょ」
「そんなイヌとカエルのハーフみたいなしゃべり方するかぁ!! いやイヌとカエルのハーフがこんな語尾になるかは分からないけど! いいからさっさと説明しろや!!」
一つの世界に同じ人物が二人……いくら考えてもワケが分からない。ここはしっかりと解説してもらおう。
「オオオオオイイ!!! ボクたちのこと忘れてるだろオオオオオ!!! なんか山場のイベント起こってるっぽいから黙っててやったけどさすがにそろそろ喋るぞオオオオオ!! 敵を放っておいて勝手に盛り上がる余裕があるなんて…………えっと…………あっ、嫉妬が止まらないなアアアアア!!!」
そうだ、コイツらまだいたんだった。口グセを忘れるくらい放置してしまったのはさすがに罪悪感があるな。
「わりい、ちょっといま大事な話に入るところだから、もう少しだけ待っててくんない?」
「…………仕方ないなアアアアア。ボクらも無粋なヤツだと思われたくないから少しだけ待っててやるよオオオオオ」
なんかこの啼雲たちとは話し合いで解決するような気がしてきた。適当にあしらったつもりなのに物わかり良すぎだろ。
「それじゃあ、一から説明するよ。まず、死んだ人の魂は天国に行くっていうのはすでに話したよね。普通、死んだら全ての魂が体を抜け出して天国に向かう。だけど、それが起こらずに、魂の分離が発生してしまうケースがある」
「魂の分離? なんだよそれ?」
「えっとね……」
おそらく教室からパクって来たのであろう白チョークを取り出し、ヒメラはコンクリート地面にお絵描きを始める。
「いい? 普通の人は霊力が弱いから、死んだら魂が残らずスッポリ抜けきる。でもアンタは違う。アンタは生前、他の人と比べて莫大な霊力を持っていた。魂の濃さ、というか、強さが桁外れだったんだよ。だから死んでも魂が全部抜けきらず、体の中に残ってしまったの」
灰色のキャンパスに、魂を全部抜かれて目がバツになってる棒人間と、魂が体に半分残って半分出ていってる状態の男が描かれる。なるほど確かに分かりやすい。けっこう画力あるなコイツ。
「……とまあ説明すれば簡単だけど、これは非常に珍しい現象なんだよ」
「つまり、その残った魂で動いているのがあの赤いマントの青年ってことかアアアアア?」
「そういうこと。言わばここにいる二人は、両方とも『コタニサイタ』ってわけ」
ちょっと待って、何で啼雲さんも普通に話に参加してるの?
「『血を分けた兄弟』なーんて言い方があるけど、二人は『魂を分けた同一人物』ってことだね」
「でもさ、何で天国に来た俺は、コイツと違う格好だったんだ? 髪だって伸びてなかったし、マントもつけてなかったぞ? おまけに……ずっと気になってたけど、身長とか顔とか、声も微妙に違う。これはいったいどういうこった?」
「それはね……」
「おい、先刻から何を話しておるのだ? 何度か我の名前が出てきたが……。そして、その黒い靄のような物共はなんだ?」
ああもう良いところで俺が邪魔する!!空気読めや俺! つーかそのしゃべり方やめろ!!
「呆れた奴等だ。敵を前にして長話など……。話ならばこの異形たちを斬ってから、ゆるりと行えばいい。大事な内容ならば尚のこと」
ああもうほんっとコイツ空気読めねえ!!恥ずかしいから黙ってろって!!
「そうだ……何でボクがお前らが話し終わるまで待たなきゃいけないんだアアアアアアアア!!! 自分の愚かさが恨めしいなアアアアアア!!!」
「もう待ったはナシだアアア!! 全員殺してやるウウウウウウ!! アアアアアア恨めしいなアアアアアア!!!」
口グセ変わってますよ。